涙
どこまでも、ルカラをルカラとして扱ってくる。
奴隷や泥棒と思ってくれれば、自分はそう言う低俗なグループの人間だと思い込んで逃げられるのに、彩芽はルカラを一人の人間としか見てくれない。
生まれも育ちも、犯した罪も関係無い。
そんな目で見られたら、奴隷だから汚く、泥棒だから卑怯だと、自分を守る事が出来ない。
彩芽の持つ残酷なまでの公平さは、伯爵に引き渡されて死ぬ事によって早く楽になりたいと、一度でも思ってしまったルカラには、最後に残った裸の自尊心を砕こうと襲い来る行為にさえ映った。
「変ですよ。私が、また泥棒するって思わないんですか?」
泥棒として扱って欲しい。
責めて欲しいと思った。
それでも、彩芽は言葉で溝を埋めようとする。
「してもいいよ。したければ、すればいいよ。泥棒するのだってさ、理由があるでしょ。私がルカラと一緒にいたくないぐらい嫌いになるとしたらさ、泥棒した時でも、嘘をついた時でも無いよ。ルカラが悪い事をする理由を、私が許せなくなった時だけ。だからさ、悪い事してもいいし、やっちゃったら、その時は話を聞かせて。その時は、ちゃんと怒るから。だから言ってよ」
彩芽は、ルカラの罪を事実として受け入れ、その上でルカラを受け入れていた。
ルカラの行動は、彩芽の持つモラルに反するには、まだ足りないと言ってのけたのだ。
自分が被害者になった窃盗事件で、加害者を面と向かって肯定したのだ。
彩芽に嫌われたければ、本当に極悪人になれと言われても、嫌われたくてルカラは彩芽に訴えているのではない。
彩芽に対して自分で納得出来る償いをする事で、少しでも、彩芽に嫌わないで欲しいだけである。
悲惨な経験をしてきたとしても、まだ十二歳の少女なのだ。
要は、好きになってしまった相手に「許してもらったと言う実感」それが欲しかっただけである。
だが、彩芽の言葉を聞いて分かった。
確かめようも無いルカラの話を信じてくれた。
彩芽はルカラを許すどころか、罪を告白しても、最初から責めてさえいないのだ。
ただ、真実を求め、納得を求めていたに過ぎない。
それがルカラの自尊心のすぐ近くにあって、ルカラは勝手に怖がっていただけなのだ。
「だから、無理に嫌われようとしないで……ルカラの言葉で、気持ちを話して」
「アヤメさん、変ですよ。泥棒しても良いなんて」
「昔から、よく言われる。あ、でもね、するなら私にして。あと、出来れば、する前に相談して欲しいな」
「まだ、私なんかが一緒にいても、そんな事、許されるんですか?」
「許すも何も、私は一緒にいたいよ」
ルカラは、許しを得るまでも無く自分が既に受け入れられていた事実を、彩芽のルカラを大切な人だと本気で考えていなければ出来ない、包み込む様に優しい笑みを見て悟った。
ルカラは、自分の瞳に涙が溜まっていくのを感じる。
涙は苦しい時、痛い時、悲しい時に流れる物だと、ずっと思っていた。
それ以外で使った事は、一度として無い。
初めて手に入れた。
奴隷では無く、ルカラとしての居場所を。
その事に、ただ熱い涙が溢れて止まらない。
「変ですよ……」
「さっきも、ストラディゴスを呼んでくれなかったら、私死んでたかもしれないんだよ。ルカラは命の恩人だよ」
「それを言うなら、あの時、来てくれなかったら……私の命の恩人です……」
「ほら、だから一番得するって言ったでしょ」
思い出したように少しだけ得意げに彩芽は言うと、ルカラを愛おしそうに抱きしめてストラディゴスの上着を涙と鼻水でぐじゅぐじゅに汚した。
ルカラは、彩芽の「一番得をする」と言う言葉が、誰か一人では無く、約束で繋がれた全員である事に思い至らなかった今までの自分を思い出し、ちっぽけな自分が恥ずかしくなった。
ずっと裁かれる事ばかりを無意識に願っていた自分は、根っからの奴隷であり、犯罪者であった。
そんなルカラと根気強く頑固にも向き合い、救い上げてくれた彩芽は、主人でも正義の味方でも無く、ただの人間だった。
ヴェンガン伯爵によって身も心も奴隷にされた。
生きる為に、自ら犯罪者になった。
そんなルカラは、彩芽と出会い、今ようやく「ただの人間」に戻してもらえたのだ。
「まだ話し合っても無駄って思う?」
ルカラは彩芽の胸に顔を押し当て、首を左右に振る。
そうして、しばらく声を殺し、生まれたばかりの赤子の様に号泣したのであった。




