襲われる
ルカラと男達を、フィラフット市場の人ごみの中で見失ってしまった彩芽とストラディゴスは、手分けをして探していた。
ストラディゴスは、彩芽に一人で探しに行かせるのを嫌がったが、そんな事を言っている場合では無い。
彩芽はストラディゴスから小さなナイフ……と言っても彩芽からすると包丁程もある短剣を渡され腰に差す。
ルカラをもしも先に見つけても、危ない状況なら自分の身を最優先で考える事を約束させられる。
彩芽が先にルカラを見つけたらストラディゴスの名前を大声で叫べば、ストラディゴスは彩芽の声なら絶対に聞き逃さないと言って別れた。
なんとも心許ない計画だが、ストラディゴスなら市場にいればどこからでも簡単に見つけられるので、彩芽から探すのは簡単だろう。
今優先すべきはルカラの身の安全であり、その身に危険が迫っている事だけは間違いが無かった。
人込みに揉まれ、ルカラの名前を叫んでいると市場から外れた路地の方から物音が聞こえた。
薄暗い路地に勇気を出して彩芽が踏み込むと、そこには二人の武装した男に捕まったルカラの姿があった。
彩芽が市場に戻ってストラディゴスを呼ぼうと思った矢先。
「っ!?」
後ろから現れた知らない男に口を突然押えられ、抵抗する間もなく目の前に良く研がれたナイフをチラつかされていた。
「どしたあ」
ルカラを捕えた小柄な男が、彩芽を拘束した背の高い男に声をかけた。
「お前らの事を覗いていやがった。女だ」
「どうする?」
「女だあ?」
腰のナイフを抜いて、残り一人の大柄の男が言った。
グループのリーダーだろう。
それぞれ「大」「長」「小」と体格の特徴を表せる三人の男達。
エドワルドと似た様な盗賊の様な風体だったが、決定的に違うのはクスリとも笑っていない事である。
ナイフを携えた大男は、彩芽の顔を近づいてマジマジと見た。
「男の恰好をした異国の女か、うん? お前、前にも見たな……」
「なあ、そんな女なんか放っておいてよ、さっさとこいつを運んじまおうぜ」
ルカラを捕まえている小男は、彩芽の事などどうでも良い様であった。
「待てよ、どこで見たんだったか……ああ、そうだこいつ思い出したぞ」
剣を持った大男は、ゲスな笑いを受かべる。
「昨日、高級娼館から出て来るのを見た、なあ、そうだろ?」
そう言うと大男は彩芽の身体を見て、舌なめずりを始めた。
「なに、じゃあこの女は高級娼婦か? やべぇだろそれ」
小男が、手をあげたら不味いんじゃ無いかと不安そうに言うと、大男は唾を飲み込んだ。
「こんな格好だ、まだ娼婦のわけねぇ。町に流れて来たばかりのよそ者だ。いなくなっても誰も気にしねぇよ。いいか、騒ぐんじゃねぇぞ」
ドスの効いた低い声。
物を見る様な目で彩芽を見る、無法者の濁った瞳。
今朝、注意されたばかりだが、注意を受けているからこそ分かった。
下手に逆らえば、大男が手に持ったナイフは、威嚇ではなく彩芽を本当に殺す為に使われる事が。
彩芽はあまりの恐怖で、さっきから震えが止まらない。
小男に捕まっているルカラは、彩芽の事を気付いてこそいるが声の一つもかけては来ない。
お互いが知り合いである事を悟らせない様にとしているのだろう。
背の高い男が彩芽が腰に差していた短剣に気付き、奪い取った。
「おい、こんなの持ってるぜ」
「護身用にしちゃデカい柄物だな」
大男は彩芽のシャツを掴むと、力任せに服の前を引き開けた。
ボタンが弾け、地面にカランと幾つか落ちる。
黒いブラジャーが露になると、大男は持っていたナイフをしまうと、彩芽の持っていた短剣を抜き、その刃が舐める様に彩芽の肌を這う。
「こいつの使い方を教えてやるよ」
冷たい金属の感触に彩芽の心臓の鼓動は早くなり、身体の震えをいくら押さえようとしても自分ではどうする事も出来ない。
ブラジャーのカップを繋ぐ紐と肌の間に短剣の切っ先が滑り込む。
「お前ら、その辺にした方が良いぞ。まだ怪我だけで済む」
男達に話しかける声に、その場の全員が声の主の方を注目した。
「獲物を追ってきてみりゃ、なんだ、お前ら死にたいのか?」
そこに立っていたのは、エドワルドであった。
「なんだてめぇ、この女の知り合いか?」
「知り合いの知り合いだ。その女には、お前らみたいな薄汚いのは、関わらない方がいいぜ」
状況を無視したようにヘラヘラと笑うエドワルド。
大男はエドワルドが一人で、腰には幅広の長剣が一本ささっているだけなのを見た。
勝てると思ったのか、大男が短剣を手前に引くと彩芽のブラジャーが切れて大きな胸が露になった。
しかし彩芽は恐怖から、されるがままで、胸を隠す事も出来ない。
大男からの、エドワルドへの挑発。
だが、エドワルドは可哀そうなモノを見る様な目をして大男達を見ると、腰の剣を抜いて肩に担ぐ。
「警告はしたぜ」
交渉決裂なら戦うほかにない。
先に挑発をしたのは大男だと、大男達へエドワルドは挑発を返す。
「やっすい命でもよ、そう死に急ぐもんじゃねぇぞ。ほら、な?」
エドワルドは三人の男がセットで書かれた人相書きを三人に見せた。
『盗賊:生け捕り一人につき二千フォルト、殺害一人につき一千フォルト(生け捕り二十万円、殺害十万円)』
手配書を見ると盗賊達が雑魚に見えるが実際に刃物で脅されている彩芽には報酬額が安すぎて思えた。
盗賊達は、自分達をお尋ね者だと知った上でエドワルドが近づいてきたのを知ると、警戒を強め全員が剣を抜く。
「があああああ!? いてぇえ!!」
その時、小男の叫び声が路地裏に響き渡った。
見るとルカラが小男の隙をついて、小男の腰からナイフを抜き取り、小男の太腿に突き刺していた。
仲間の血を見た盗賊達は、殺す相手が増えた事に苛立ちを見せる。
血のついたナイフを震える両手で構え、盗賊達を威嚇するルカラ。
彩芽と目が合うとルカラは彩芽の事をエドワルドに任せるように、逃げていってしまう。
エドワルドがいる事でルカラを追う事をすぐに諦めた盗賊達は、殺意を向けてエドワルドの方に向き直る。
彩芽が涙目で男達を見ても、その中には慈悲の心は一かけらもあるようには見えない。
彩芽の呼吸が一段と早まる。
口で息をしたいが、背の高い盗賊に押さえられたままなので、かなり苦しかった。
背の高い男がエドワルドに対して人質になるだろうと、抜いた剣を彩芽の顔に向けた。
「くそっ、漏らしやがったぞこいつ」
ストレスの限界に達した彩芽の内股を失禁した尿が流れ、地面に水たまりを作った。
背の高い男が水たまりを避けると、口が解放される。
彩芽はそのまま恐怖に腰が抜け、水たまりにへたり込んでしまう。
「どうしたストラディゴスの。安心しな。なにしろ俺は、まあまあ強い」
はぁ、はぁ……
二対一で対峙しているとは思えないエドワルドの態度に調子が狂うが、彩芽は呼吸が正常になっていく。
まあまあではダメだろうと彩芽は不安になった。
「てめぇふざけてるのか!」
「俺の目を見ろ。見ているな? でっかい声でお迎えを呼んでみろ。あいつは、女の声だけは隣の大陸からでも聞き分ける。俺をあいつから聞いてないか? 俺を信じられないなら、あいつを信じて思いっきり呼べ。俺としちゃ、あんたがそうしていると仕事がしづらいんだ。俺は、何しろ今からこいつらを生け捕りにしなきゃならん。出来るか?」
「一人で何言ってやがる、ぶっ殺すぞ!」
盗賊の怒声に、彩芽の身がすくむ。
エドワルドの言葉を、全て信じた訳では無かった。
それでも、呼べば来てくれると彩芽は信じたかった。
すぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー……
「ストラディゴス来てええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
彩芽は全力で叫んだ。
「呼べって言ったけどよ、そこは助けてじゃないのかよ」
エドワルドは驚いたように、お道化て笑った。
「うるせぇクソ女!」
怒鳴る大男の剣が、彩芽の頭へと重く振り下ろされた。




