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文化の差

 おさまらない笑いのままベッドから降りた彩芽は、ルカラが着替えた事にようやく気付いた。


「あれ、その服どうしたの?」

「俺が買ってきた」

「これストラディゴスが用意したの!?」

「ああ、お前と同じ様に扱えって言っただろ」


 彩芽はストラディゴスが早くも、彩芽の求めに応じようと、行動で示そうとしている事が嬉しかった。


 それと同時に小さな疑問が湧いてきた。

 中身を服の上から見てもピタリと当てられる巨人にしては、選んできた服が大きすぎるし、なぜ男物なのかである。


「これはこれでかわいいけど……もう少し小さい服って無かったの?」

「小さい? もしかして、小人族と言う意味か? この辺にはあまりいないから売って無かったが、確かにそれならピッタリだな。でも、さすがにそれは贅沢じゃないか?」

「え? そうじゃなくて、普通に子供が着るような……」

「子供が着る? すまん。良く言ってる意味が……もしかして、幼い時に合うサイズの服が無いか、と言いたいのか?」


 彩芽は、寝起きでいきなりストラディゴスとの会話が微妙に噛み合っていない事に違和感を覚えた。

 どうやら「子供」の概念が、何か少し違うらしい。


「これはアヤメにだ。その恰好で仕事は出来ないだろ」


 そう言うとストラディゴスはルカラの服よりは仕立の良さそうな、男装と言ってよい一般的な服を手渡してきた。


「ありがと……ストラディゴス、子供って意味わかるよね?」

「当たり前だろ」


 昨日、欲しがっていたばかりである。


 彩芽はその場でストラディゴスに背を向けて紐パンツ一枚の後ろ姿を晒し、渡された服に着替え始め、着替えながら話を続けた。


「ルカラって、子供だよね?」

「だろうな」

「……私は?」

「そりゃ、子供だろ」


 彩芽はブラジャーを着け終え、革のズボンに足を通しながら少し考えてから、こんな事を聞く。


「ストラディゴスは?」


 彩芽の、ストラディゴスは子供かと言う質問に対して、彩芽の方を見ないまま、だが、衣擦れと動きの音しっかりと同時に聞きながらストラディゴスは答える。


「そりゃお前、俺にだって親ぐらいいる」


 やはり「子供」の捉え方に違和感があった。


「子供って、もしかして、親がいて、親が生んだのが子供って、そう言う事?」

「そう言う事って、他に何があるんだ?」




 彩芽は冷静にシャツのボタンを留めながら思った。


 どうやら、この世界では「子供」と言っても「幼い子」を指す使い方はしないらしい。

 思わぬ文化的な違いに気付き、彩芽は質問を続ける。


「この国の成年と未成年の境界線って、何歳?」

「何歳? どういう意味だ?」

「私のいた国では、ちょっと前まで二十歳、今は十八歳で成人って決まってたんだけど」

「なんだってまた歳で?」


「そう言うルールだったから、かな?」

 言われてみれば深く考えた事など無かった。


 彩芽の国の事を聞き、ストラディゴスは不思議そうな顔をする。


「えらく変わった風習だな。なあ、それじゃあ、彩芽の種族はそのぐらいの歳の頃に、全員が一斉に子供を産めるようになるのか?」

「えっ? 違うけど……」


「なら、なんで二十歳とか十八歳なんだ?」

「う~ん、それぐらいになれば殆どの人が子供も作れるし、働けるようになってるからかな……この国ではどうなの?」


 服は着替え終わり、ベッドの上に胡坐をかいて座る彩芽が「もうこっち向いて良いよ」と伝えると、ストラディゴスは当たり前の事の様に、質問に対して世界の常識を彩芽に伝えた。


「子供が作れるなら一人前だろ?」


「……身体が、その、小さくても?」

「小さくてもって、どういう意味だ? 小人族とかドワーフは小さくても子供を作るだろう? 逆に、俺みたいな巨人族だと子供が作れない時期でも身体はそれなりに大きいぞ、アヤメの国では巨人族が戦場で戦えても一人前扱いはされないのか?」


 そう言えば、ストラディゴスは公衆浴場で彩芽の脇の毛が無いのを見て、まだ子供を生めないのでは無いかと心配していた事を思い出した。


「うう~ん、じゃあ、巨人族じゃなくて、私みたいなサイズの人で、身体が大きくても子供を作れなかったら?」

「身体が成熟してれば成人だろ、そりゃ」




 身体の大きさも、身体のつくりも、寿命までバラツキのある多種族の世界ゆえの、彩芽からすると信じられない当たり前がすぐそこにあった。


 ストラディゴスの説明では、身体の大きさや年齢に関係無く「初潮」か「精通」もしくは「産卵」が構造上ある種族なら、あった時点でこの世界では、成人とみなされてしまうらしい。


 だから、第二次性徴で体付きが変化して体毛が生え揃うのは、大半の種族にとって大人になった事をアピール出来る証であり、この世界で生きる一般的な人々は一人前と見なしてもらう為にも、少なくとも若い頃に体毛を剃ったり抜いたりと言った事はしないという話であった。


 身体が一人前になると、所属する集団の中で一人前の基準となる通過儀礼が行われる場合もあるが、それは貴族や王族の様な力ある者だけの事である。




 さらに驚いたのは「未成年」を彩芽の元いた世界の様に「子供」と認識しておらず、幼い個体を未成熟としか見ていないという事であった。


 言い方を変えると「未成熟(赤子や、初潮、精通、産卵前)な人間」か「成熟(子孫を残す事が出来るか、身体が成熟しきっている)した人間」しかこの世界にはいないのだ。


 年齢で分けず、生物を植物の果実の様に見ているのである。


 青ければ未熟で、赤ければ熟しているとリンゴを見て思う様な物。

 リンゴの果実を見て、子供と大人と言う分け方をしないのと同じなのだ。




 輪をかけて驚いたのは、結婚や性交に関しての年齢制限が、法律としてどの国にも無い事であった。

 つまり、する者がいないだけで、未成熟でも可能ではあるというのだ。


 なぜそれが可能でも、一般的には行われないのか。

 理由は実に単純である。

 未成熟な個体は、それだけで死亡率が高いからだ。

 妊娠や出産のリスク以前に、成熟前に死ぬ可能性があるからと言う現実的な理由であった。


 戦場の掟と同じく、この世界の現実によって定義されていった暗黙の了解から出来上がった理で、この世界は成り立っていたのだ。


 同じ理由で、未成熟期にしか着る事が出来ない小さな服への需要は、金持ちにしか無いという。

 一般的には大人になっても着られる服を幼少期から着るのが当たり前であり、ストラディゴスがルカラに大人の服を渡したのは、そもそも一般的な子供用の服が存在していない為である。




 今回、二人に男物の服を選んだのは、働く上で動きやすさを確保すると同時に、暴漢に襲われる様なリスクを少しでも下げる事を考えてのセレクトであった。


 もっとも、彩芽の場合は体型を隠すのが難しいので、得られる効果は動きやすさだけである。


 ちなみに、奴隷の服が布一枚で縫製されずに腰巻で固定しているのも、身体が成長しても着られるからと言う現実的な理由からだった。




 これらの話を寝起きで聞かされた彩芽は、ハード過ぎる異世界の現実に、クラクラと眩暈がするのを感じた。


 一方で、彩芽の世界の事を聞いたストラディゴスは、面白い風習だと真面目に聞きながらも、それならば知っておかなければ危険だと思い、彩芽に常識の追い打ちをかけた。




 ストラディゴスの話では、小国家が乱立して勃興を繰り返すこの世界では、広範囲に長期間、確かな影響力のあった法律が殆ど存在しないらしい。

 ネヴェルが平和なのは、ここ数年の話で、住民によって領主の作った法律が守られていたのは、ネヴェル騎士団が治安組織としても機能していた為であった。


 大半の国では、自国の法律を律義に順守する人間はおらず、外国に行ってその地の法律を守る人間も、またいない。

 そうなると、当然隣国を守る法律も存在しなければ、自国の民を守る法律も無い。


 そんな自己責任と個人主義が支配する世界で皆が守っているのは、「人を殺すと復讐される」「物を奪うと復讐される」と言う誰にでも分かる根本的、本能的な暗黙のルール。


 それと、自身の生活圏に存在する常識と、支配者の敷いたルールには従わなければ殺されるのが常識と言う、どこまでも「常識だけ」であった。


 奴隷制度さえ、マルギアスの法律とフィデーリスの法律があるにはあるが、皆が守っているのはフィデーリスを支配する常識である。


 ストラディゴスがフィリシスを奴隷から解放したのに、ルカラをそのまま奴隷扱いしていたのも、そう言う常識に当然従っていたからである。




 二人の話を聞いていたルカラは、彩芽の常識の無さに驚きを通り越して、心配になっていた。

 彩芽のこの先も心配だが、それ以上に「やはり、ただの変人かもしれない」と。




 こうして朝一でカルチャーショックを受けて情報の処理に戸惑う彩芽の事を、ストラディゴスは可笑しそうに意地悪く笑いながらも見守るのであった。

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