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事故

 翌朝。


 ルカラは広くなったベッドの上で、息苦しさに目を覚ました。

 どうやら彩芽に抱き枕の様にされている様であった。

 かなり鬱陶しい。


 ストラディゴスは一足早く起きたのか、身支度を済ませていて彩芽の寝顔を見ている。


「おはようございます、ストラディゴス様」


 ルカラは久しぶりに熟睡してしまった自分に驚きながらも、ストラディゴスに挨拶をした。


「俺の事も、様はやめろ」


 眠る彩芽の腕から抜け出すルカラに対してストラディゴスが言った。

 彩芽に対して様付けで無いのなら、ストラディゴスが様をいつまでもつけて呼ばれるのは具合が悪い。


「では、何とお呼びすれば? ご主人と?」


「呼び捨てで構わない」

「呼び捨て、ですか。アヤメさんと同じ様に、さんではダメでしょうか?」

「好きにしろ」


 ルカラは自分が彩芽の骨Tシャツを借りている事を思い出し、着替えを探す。

 だが、畳んで置いておいた床の上には見当たらない。


「あの、私の服は?」

「それならそこだ」


 ストラディゴスが顎で出窓を示す。


 出窓からは向かいの窓にかけられた物干し紐があり、そこにルカラの服と腰布、それと一反木綿の様にまっすぐにのばされた下着が干され、旗のように風でたなびいていた。


 ちなみにルカラは骨Tシャツをワンピースの様に着て太腿まで隠しているが、今着ているのはそれ一枚である。


「あ、洗っていただいたのですか!?」

「汚かったからな」

「大変、申し訳ありませんでした」

「もう少し声を落とせ、アヤメが起きる」


 ルカラは、どう礼を言えば足りるのか分からなかった。


 昨日の夜、雇うと言ってくれた主人の一人に、本来なら自分で洗うべき物を代わりに洗われてしまったなんて経験は、一度として無い。


 ルカラが出窓に向かい下着を掴むと、まだかなり濡れているのが分かった。

 乾いていなくても、これしか着る物が無いので仕方が無いと物干し紐から取ろうとすると、近くに来たストラディゴスの大きな手がルカラの肩に置かれる。


 やはり何か怒られるのではとルカラが身構えると、ストラディゴスは市場で買ってきたのか、ルカラには大きすぎる服を差し出してきた。


「あの、これは?」

「お前の服だ、さっさと着替えろ。仕事を教える」


 ルカラはどうして良いのか分からないまま、言われるままに渡された服を着ていく。

 渡されたのは動きやすい男物の服で、サイズこそ大きいが袖口を折ったり絞ったりすればルカラでも問題無く着る事が出来た。

 彩芽が着ているワンピースの様に生地を染めている訳では無い、革や布の素材そのまま、素朴な色合いの服である。




「……おはよ」


 ベッドに一人寝っ転がったまま、下着が見えそうになるまでスカートがはだけた状態の彩芽が二人に声をかけて来た。


「おはよう」「おはようございます」


 ストラディゴスとルカラが挨拶を返すと、彩芽は腕で目を隠し、動きを止めてしまう。

 どうやらまだ目が覚め切っていないらしい。


 眠そうな彩芽は、こんな事を言い出し、二人を困らせる。


「だめぇ……一人じゃベッドから出られないから、足、引っ張って」


 足を掴めとパタパタと動かす彩芽。


 ルカラは、昨日の彩芽しか知らず、どう扱えば良いのか分からない顔でストラディゴスを見た。


 ストラディゴスはと言うと、仕方が無いと彩芽に近づく。

 はだけたスカートをちゃんと整えてから彩芽の両足首を優しく掴み、オーダー通りにベッドの端まで引きずり出そうとする。




 その時、事故が起きた。


 彩芽の太腿の下ではだけたままの服が、彩芽の身体とベッドの間でクルクルと丸まると、そのままベッドシーツを巻き込んでその場に固定されてしまったのだ。

 それに気づかないストラディゴスがベッドから彩芽の足を軽く、一息に引っ張り出した瞬間であった。


 ワンピースが胸の上まで、一気にめくれあがってしまったのだった。

 紐パンはおろか、ブラジャーを外して寝ていた為に、その大きな胸も服の外に放り出されてしまう。


 めくれ上がったワンピースで万歳させられそうになった彩芽は、何が起きているのか一瞬遅く気付くと、一気に眠気も吹き飛んで、手で抵抗する様に服を戻して、恥ずかしそうに股下まで隠したのだった。




「……見た?」




 これまで、更衣室でさえ目をそらして見ないようにしてきた彩芽の生の乳房は、しっかりとストラディゴスの目に焼き付いていた。


「見えた、かもしれない……」


 彩芽以上に赤面するストラディゴス。


 ルカラは、序列的に見て、この場で一番上であろう人間に対して、とんでもない事をしてしまったストラディゴスが、どんな目に遭わされるのかを、巻き込まれない様に距離を保ったまま見守る事しか出来ない。


 ストラディゴスが「変態」とか「最低」といった類の誹りを覚悟して待っていると、彩芽は「プッ、クククク……」と可笑しそうに笑い始めたのだった。




 彩芽からすれば、恥ずかしい思いこそしても、自分が足を引っ張れと言って起きた、ただの事故であった。

 間違えて、たかが胸とパンツを見られたぐらいで、共に風呂に入った事もある相手に怒るわけが無い。


 それよりも、今まで何人もの女の裸を見て来たであろう目の前の巨人が、こんなラッキースケベ程度の事で、まるで子供の様に怒られる事を覚悟している絵が、可愛く、可笑しくてたまらなかったのだ。


「アハハハハッ!」


 なぜか大笑い始めた彩芽を前に、ストラディゴスも釣られて少し「フフフ……」と笑ってしまうのであった。

 仲の良い二人を見てルカラは驚くと共に、自分もいつかこの二人と共にいれば、こんな風になれるのではと密かに望むのであった。

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