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ベルゼルの酒場

「おおぉ、これがさっき言ってた……」

「そう! こいつがネヴェル名物、怪物魚の姿焼きだ」


 丸テーブルを一皿で占有する巨大な魚の丸焼きが置かれる。

 怪物魚と言っていたが、思ったよりは大きくない。

 せいぜい一メートルが良い所だ。

 そんな彩芽の考えを読んだのか、お約束なのか、ストラディゴスは店の天井から吊るされた五メートルはある同じ種類の魚の骨を指さす。

 確かに、あのサイズなら海では絶対に遭いたくない怪物魚と呼ばれるのもうなずける。

 形は、鋭い牙を持つ巨大なハゼに見える。


「ほら、熱いうちに食ってみな」


 ストラディゴスが豪快にナイフで魚を切り分けていく。

 皮を切り開くと内側から一気に湯気が立ち、魚の身と油の濃厚な匂いが周囲を包み込む。

 彩芽に気を使っているのだろう、わざわざ取り皿に乗るサイズにまで身をほぐし、大皿の端に寄せてくれる。


「ありがと。いただきま~す!」

 目の前には初めて目にする異世界の魚。

 大きさや形こそ少し違うが、食べるのに抵抗は感じない。

 手づかみで食べる料理らしく箸もフォークも無いので、郷に入っては郷に従え、少し冷まして素手で口に運ぶ。


 はむっ、と一口目を頬張る。


「!?」


 香草も胡椒も使わず、塩をかけて焼いただけのそれは、身は柔らかく、滴る透明な黄金の油があえて例えるならノドグロ等に似て繊細で、非常に癖になる味だった。

 早い話が、めちゃくちゃ美味なのだ。


 彩芽が気に入ったのに気付いたストラディゴスは、大きな木製のジョッキで果実酒を二つ頼む。

 初対面の時にほろ酔いだったのだ、酒が嫌いという事は無いと踏んだのだろう。

 すぐに獣人の店員がやってきて、ストラディゴスが片手で丁度いいサイズの巨大なジョッキに、白濁としたドロリ濃厚な果実酒を目いっぱい注いだ状態で二つ持ってくる。


「さあ、飲め飲め! 好きなだけ食え!」

「乾杯しよ! 乾杯!」

「何にだ?」

「それじゃあ、美味しい魚に!」

「そりゃいい、ここの料理は最高だろ?」

「うん!」

「ほら構えろ! 美味い魚に乾杯!」

「かんぱ~い!」


 彩芽の手とはサイズが違い持ちづらいが、哺乳瓶を両手で支える赤子の様な絵面になって両手でジョッキを持ってグビグビと喉に流し込む。

 あまりにも良い飲みっぷりに、周囲のテーブルからも注目が集まる。

 思いのほか辛い舌ざわりの酒だが、脂っこい魚料理と相性が良い。


「ぷはぁ!」

「驚いたな! また、えらく良い飲みっぷりだな!」

「まだまだこれから!」




 そこは、商業都市ネヴェルの裏路地にあるベルゼルの酒場。

 広い酒場の全体を見渡せる二階席。


 スッキリしてブルローネを後にしたストラディゴスに「せっかくだから、ネヴェルの夜の楽しみ方を教えてやる」と、案内されるままに連れてこられたのが酔っぱらいがたむろする路地裏の酒場で、彩芽は最初、何事かと思った。


 しかし、蓋を開けてみれば流石の地元民。

 案内人を褒めるしかない程に、酒も食事も美味いし、酒場の雰囲気も入ってしまえばこれはこれで良いものだ。


 迷子なのに、今だけ気分は海外旅行である。




 焼き色がついた厚い魚皮が見た目に美味そうで試しにかぶりつく。

 パリパリの厚い皮は干したスルメイカの様な強度で、中々食べられない。

 だが、皮の裏に残った境界の肉はプルプルで、歯でこそぐ様に食べるとこれも美味い。


 ストラディゴスを見ると、かなり大きな塊のまま切り分けた先から皮ごとガツガツと平らげている。

 彩芽の視線に気づくと、自分の食事を中断して次の部位を切り分ける。


「お、もう食ったのか、じゃあこいつも食え」


 そう言ってストラディゴスが切り分けたのは、エラと目玉だった。

 どちらも見た目は良くないが、珍味だと思ってとりあえず黙って食べる事にする。


 まずはエラにかじりつく。

 身とは全然違うコリコリとした歯応えと、少し血生臭い後味。

 単体で食べるとレバーにも似た癖があるが、これがまた酒に合う。


 続いて、彩芽の拳程の大きさもある目玉にナイフを入れる。

 ブニブニと弾力があるが、口に運ぶとホロホロと火が通った目玉の組織が崩れていき、最後には崩れ切らなかったカスが口の中に少し残る。

 濃厚なコラーゲンスープをゼラチンで固めた様な触感で、最初は塩味しかしないのだが、口の中に残るカスには僅かに渋みがあり、カスも噛むとドンドン崩れて食べる事が出来た。

 これも珍味と考えれば十分に美味かった。

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