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待機する

 カチカチカチ……


 高級娼館ブルローネのロビーにあるソファで砂時計が落ちるのを待っている彩芽は、考えていた。


 今晩の宿を提供してくれたストラディゴスが、上の階でブルローネの姫を味わっているのを大人しく待っている為、一人の時間が出来たのだ。


 と言うのも「一時間だけ! 一時間だけだから!」とさっき会ったばかりのストラディゴスに、まあまあ必死目に頼まれたのだ。


 それにはアコニーも大いに呆れていたが、対して彩芽はエロオヤジめとは特に思わず「どうぞごゆっくり」と、気持ち良く、にこやかに送り出した。


 彩芽が気にしないなら、店に金が落ちるアコニーが無理やり止める道理は無い。




 こう言った事に関して彩芽は、かなり寛容な考えを持っていた。


 そもそも三大欲求に数えられていて、それ以前に生物繁栄の為に必要な行為と言う前提の考えが彩芽の中では強い。

 もちろん、上品下品やモラル、TPOがある事は分かっているし、それを恥ずかしいと思う人の気持ちも十分に分かる。

 彩芽だって、普通に恥ずかしい。

 それでも、その全てを隠したり見ないフリをするよりは、知った上で制御する方が、まだ生産的な考えだと思うのだ。


「何事も前提の条件が整えば、必ず肯定される」

 と、仕事でプログラムを教えてくれた尊敬していた先輩(女)が言っていたのが、彩芽の中では大事な考え方の一つになっているのも理由の一つだろう。




 それに、彼氏でも旦那でもない男が、どこの誰と何をしようが、そんな事を気にしてどうすると言うのだ。

 ワイドショーの不倫報道ぐらいどうでも良い。


 これから泊めてもらう家主のストレス発散か楽しみかは知らないが、それを急ぎの予定もないのに邪魔して、まだ良く知らない相手の機嫌を損ねるのも得策には思えない。

 何よりも、欲求不満の巨人の近くで一晩眠るのは、中々に勇気が必要に思えた。




「……以外と小さいのかな」

 ボソリと失礼な事をつぶやく。


 巨人と人間とで交わされる、いわゆる愛しあう行為。

 上で実際に何かが行われている以上、やって出来ない事は無いのだろう。

 だが、色々と大変そうである。


 彩芽は、特に赤面するでもなく真面目に気になって想像してみる。


 カチカチカチ……


 まるで哲学者が思考実験でもしているような、迫真の真面目な顔。

 彩芽がそんな事を想像しているとは露知らず、アコニーが気を使って自らお茶を出してくれる。


「あっ、ありがとうございます」

「ごめんなさいね。待たせてしまって」

「いえいえ、お構いなく」

「一応、今はお得意様の連れですからね」

「さっき知り合ったばかりなのに、なんか悪いですけど」


 喉が渇いていた彩芽は、出されたお茶を美味そうに喉を鳴らして一気に飲み干す。

 飲み慣れない味だが、マンゴーに似た南国フルーツの様な甘い香りが鼻に抜け、後味はスッキリしている。


「ごちそうさま。さっきは本当に助かりました」

「最初っから勘違いだったみたいだし、うちにはうちのルールがあるからね……あら、もうすぐ時間ね。ねえ、もし魔法使い様方に聞いても帰り方が分からなかったら、ここの姫になる気はない?」

「えっ?」


 思わぬ申し出に彩芽は驚く。


「あなた、顔は悪くないし、肌がえらく綺麗。手も荒れていないから、実は結構良い家の子でしょ? 胸もお尻も十分合格だし、少しやせ過ぎだけど、ウチに来ればお腹いっぱい食べられるわ。それに一人、もう上客もついてるみたいだし、どう? 悪い話では無いと思うのだけれど」


 アコニーは悪戯をする子供の様な目で、ギシギシとリズミカルに揺れる上の階に視線を送って手で口を隠してクスクスと笑った。


「それは、ちょっと……」と彩芽は苦笑い。


 娼婦と聞くと、あまり良いイメージが湧かない。

 彩芽のイメージでは、ストリートに立って身体を売る様な娼婦像しかなく、単純に危険な仕事だと思っていた。

 その為、ブルローネの絢爛豪華な建物で行われている商売とはギャップがありすぎて、正直実態が掴めていなかった。


 彩芽の反応を見て、アコニーの勧誘は続く。

 アコニーの目から見れば、説得の余地は十分にあるのだろう。


「真面目な話、ストラディゴス様は置いておいても、姫(高級)娼婦なんて誰でもそう簡単になれるものじゃないわよ。一度でも外で客を取っていても、顔が悪くてもなれない。身体に目立つ傷があってもダメ。来るお客は金持ちばかりだし、働く前に一から百まで全部、礼儀も技術も仕込むし、玉の輿も珍しくないわ。何人も王族の愛妾になった子もいる。何より、働けば、かなりのお金になる。ここの子達、そこら辺の騎士様よりよっぽど稼いでいるのよ」


「へぇ~」


 と彩芽は話に感心する。

 愛妾の意味だけは聞いていて分からなかったが、愛人とかそう言う事だろう。


 目の前で自分の勧誘をする高級娼館の主、アコニー。

 見た所、姫達には恐れつつも慕われている様だった。

 つまり、金と権力を持つ国の男達への影響力が最もあるのは、目の前の小さな女王なのだ。


 なのだが、彩芽はそんな事には欠片も思い至っておらず、もしかしたら悪くない転職先なのかもしれないと早くも少しずつ心がグラついていた。


 砂時計の砂が綺麗に全て落ちるのを見ると、アコニーは階段に向かいながら、

「無理強いはしないわ。家に帰れる事は祈ってるけど、こっちも前向きに考えてね、アヤメ」

 と言って投げキスをし、二階へと消えていった。

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