悩ましい二人
長い馬車列に並び、ようやく城塞都市フィデーリスに着く。
オルデンから渡された彩芽の身分証明書であっさりと検問所を抜ける。
オルデンの計らいで貰った「マルギアス国内ではオルデン公爵家の友人として扱うべし」と言う内容の書状を出すまでも無く、特に嫌な思いもせずに入る事が出来た。
町に入ると二人は、まず高級娼館ブルローネ・フィデーリス支店へと向かった。
もちろん、姫と楽しむためでは無く、アコニーの書簡で宿代わりに部屋を借りる為である。
旅の資金は、彩芽の持っていた二千フォルト(カードで貰った賞金)以外に、オルデンに貰った一万フォルト、ストラディゴスが自分の物を友人達に売り、エルム以外に借金を返して残った三千フォルト、合わせて一万五千フォルトがあった。
一万五千フォルトと聞くと、当初一千フォルトで一ヵ月エルムとの使用人契約をしようとしていた彩芽からすれば大金だが、無駄遣いすれば、すぐになくなってしまう。
彩芽がここまで旅をしての貨幣価値イメージは、以下の様な感じである。
一フォルト、フォルト銅貨一枚=約百円。
五十フォルト、フォルト銀貨一枚=約五千円。
一千フォルト、フォルト金貨一枚=約十万円。
誤差や物価、価値観のズレはあるにしても、旅の資金は大体百五十万円程度であった。
馬車、馬、装備に食料と旅に出る前の準備だけでかなりの金がかかり、ここまでの旅で残った手持ちは七千フォルト程度。
大半を使いやすく信用度の高いフォルト銀貨にして、端数を銅貨で持っている状態なのだが、抑えられる出費は抑えなければならない。
部屋の鍵を受け取ると、ブルローネの一般部屋の大きなベッドで、彩芽は横になった。
ここまで、ほとんどの時間を馬車の荷台の上で景色を見るか転がっていただけなのだが、旅慣れをしていないので移動だけでかなり疲れていた。
ストラディゴスは部屋に貴重品や盗まれたくない物をせっせと運び込んでいる。
「ねぇ、ここでの予定とかって決まってるの?」
床に置いた荷を解くストラディゴスにベッドの上で仰向けのまま聞いた。
「いや。煙草だけ買ったら、後は必要な物を補充するだけだ」
「すぐに出る?」
「疲れてるだろ? 少し休んでおけ。休める時に休むのも旅の基本だ」
「うん」
そう言いつつも、ベッドの上でうつ伏せに姿勢を変える彩芽は目の前の巨人をジッと見る。
「なんだ?」
「ううん、なんでもない」
そう言って彩芽はロングブーツを脱いでベッドの下に投げ落とした。
蒸れた足に窓から入る風が当たり、気持ちが良い。
裸足になった足の指をワキワキと動かす。
ストラディゴスはと言うと、今まで誰かにやってもらっていた装備や道具の管理を久しぶりに自分でやり、少し楽しそうである。
そんな巨人を横目に、彩芽は上体を起こしモゾモゾとブラジャーを外し、楽な恰好になる。
カップから解放された大きな胸が服の下で自然な形に変わる。
ワンピースの前のボタンを開け、ブラジャーを器用に取り出すと、今度はストラディゴス目掛けて投げつけてみる。
巨人の腕に当たり、ブラジャーは床に落ちた。
彩芽が大きく伸びをすると、ボキボキッ、ゴキッと凝り固まっていた全身の骨が鳴った。
伸びた背筋の反対では、大きな胸がこれでもかと言うほどに強調される。
ストラディゴスは彩芽の方をチラリと見た。
そこにはボタンが閉じられず、前が空いたワンピース姿で、ストラディゴスの事を誘う様に、ベッドの上で見つめる彩芽の姿がある。
「わかったよ……」
ストラディゴスは、床に広げた道具もそのままに立ち上がると、彩芽のいるベッドへと近づいて行った。
ズシリとベッドがたわみ、彩芽は体の力を抜いてベッドに横たわった。
ストラディゴスの大きな手が、彩芽の背中に服の上から触れ、弄り始める。
ギシギシとベッドは音を立て、彩芽は恍惚の表情を隠す事なくストラディゴスに見せる。
「ああぁ、そこ……、ちょっといきすぎ、戻って、そこそこ……」
段々と、気持ち良さから眠りに落ち行く彩芽は、反応が無くなっていく。
ストラディゴスは反応が無くなっても、その凝り固まった身体を入念に揉み解し続けた。
* * *
どうすれば……
そう、彩芽は思っていた。
ネヴェル陥落事件の日、人気の無い滝で告白され、OKを出したつもりであった。
ところが、それ以降もストラディゴスは彩芽に対して、嫌らしい目線の一つも送ってこない。
二週間ぐらい前から付き合い始め、彩芽なりに色々と不器用なりにもアプローチをして来ていたつもりであった。
呼び方をさん付けから呼び捨てに変え、チャンスがあればペタペタと身体をさわり、肌を接触させたり、着替えている最中に乱入したり、狙ってされたりまでした。
疲れているからマッサージをして欲しいと頼むなんて事まで何回もしているのだが、ストラディゴスは何もしようとしない。
確かに、以前の自分から変わろうと努力しているのは知っているが、それにしても物事には限度とか加減と言う物がある。
そんな事を考えながらも、その大きな指に似合わぬ繊細なマッサージに眠気が襲い来ると、後で考えるか、とどうでも良くなってしまう。
これはもはや、マッサージが上手い事が罪なのでは無いかとさえ思えてくる。
こうして彩芽は、旅の疲れとマッサージの気持ち良さで、無防備にも寝コケてしまうのだった。
* * *
どうすれば良いのだろう。
そう、ストラディゴスは考えていた。
ネヴェル陥落事件の日、人気の無い滝で告白をし、OKを貰ったつもりであった。
ところが、関係の進展のさせ方が分からない。
付き合い始めてから十三日が経ち、ストラディゴスなりに手探りながらも関係を進展させてきたつもりではある。
プレゼントをしてみたり、口調を多少フランクに変えていったり、食事に誘ったりもすれば、喜びそうな所があれば遠回りしてでも連れて行ったりもした。
その甲斐もあってか、彩芽は宿では手足や背中のマッサージをせがみ、身体を預け、無邪気にも挑発的な格好で自分の前で眠る事も多くなった。
だが、今ここで手を出して、もし「その」タイミングでは無かったら。
拒否されてしまったら、積み重ねて来た信頼は全て水の泡である。
それどころか、何も変わってはいなかったと失望させる事になりかねない。
服越しに指から伝わる肌の熱、デコボコと芸術品の様な美しいおうとつを描く浮いた背骨と肋骨、少し力を入れれば壊れてしまいそうな華奢な身体、その身体に押しつぶされて形を変える大きな胸、蒸れた足の香り、涎を垂らして眠る寝顔。
そのどれもが自分の事を誘惑して思えるが、それは以前の自分が残した感覚、都合の良い解釈に思えてならない。
気が付けば最低な人間になっていた孤独な自分を変え、受け入れてくれた最愛の人。
この人が望まない事は出来る限りしたく無い。
だが、この人に自分を「もっと」受け入れてもらいたい気持ちもある。
そんなジレンマに身動きが取れなくなっていく。
「手、止まってるぅ……」
寝ぼけながらマッサージの催促をする彩芽を前にすると、このままの関係でも当分は良いかと思えてしまう。
これが愛なのかと思いながら、ストラディゴスはせっせとマッサージを続けるのであった。




