必死の説明
「それで、家から出たらここに来ていたと言うの?」
「そうなんです!」
にわかには信じがたい話。
高級娼館ブルローネの応接間に通された彩芽が、店主のアコニーと巨人ストラディゴスに、分かり得る自身の状況を全て話し終えた時だった。
「アヤメあなた、何か変な薬でも飲んでるの?」
「まさかぁ」
案の定、話を信じて貰えず、それどころか薬物中毒のジャンキーかと本気で疑われてしまう。
ほろ酔い汗だくの女が「自宅を出て気が付いたら、どこか別の場所に移動していた。それしか分からない」と初対面の人間に話せば、理由は何にしても「頭の方は大丈夫か?」と思うのが普通だろう。
ジャンキーにしても病気にしても、記憶障害があるとしか思えないのは、至極真っ当な反応であった。
だが同時に、アコニーとストラディゴスは彩芽の言う事を嘘と決めつける事も出来ない様であった。
まず異国の服装。
そして、持ち物である。
特に、動かないスマホとライターに、二人は興味を示し、アコニーはスマホの事を黒い鏡だと思ったらしく顔を映して不思議そうに眺めている。
さらに、やたらと精密な骨格が書かれている、二人からすると死を連想させる悪趣味な服である。
総合して見ると、ただのホラ吹きにしては、手が込み過ぎているし、そんな事をしている動機が分からない。
一方で、アコニーとストラディゴスに説明をされる事で彩芽の方で分かった事がいくつかあった。
まず、ここは日本では無い事だ。
それ自体は薄々分かっていたが、現地の住人に説明され、彩芽の中で推測が確信に変わった。
今いる町は、大陸最西端に位置する王政国家マルギアス、その中でも最西端にある商業都市ネヴェルである事が分かった。
この世界の地図を見せてもらったが、少なくともどこにも日本が無い事も一応だが確認した。
大陸の中には、いくつかの国があり、それらが長年の間に何度も吸収と分裂を繰り返しているらしく、決して平和な世界では無いらしい。
他に分かった事は、たとえば店主のアコニーの事だ。
彼女は少女ではなく、(正確な年齢は乙女の秘密とはぐらかされたが)既に数百歳を超えているエルフと小人族のハーフであり、少女の様な見た目をしているが、成人した子孫が何世代もいる立派な大人で、高級娼館ブルローネの全てを取り仕切る主人である事だ。
よく見るとアコニーの耳は先がとがっていた。
ここまで来ると、いよいよ地球じゃない事を実感するしかない。
彩芽のファンタジー知識は、映画ロードオブザリングで寝落ちする程度の物だったが、まさか自分がそんな世界に飛ばされるとは夢にも思わなかった。
こんな事なら、第一部ぐらいは全部見ておけばよかった等と、予習せずにテストをしているみたいな気分になったが、映画を見ていた所で状況が好転したとはとてもじゃないが言えない。
ちなみに、彩芽に声をかけ、ここまで担いできたセクハラ巨人、ブルローネの常連客ストラディゴスはと言うと、ネヴェルの自治をしている領主に仕える騎士団の副長と言う事だった。
それを聞いた時には、ファンタジーワールドにも慣れ始め、あまり驚かなくなっていた。