帰還?
「アヤメ殿、あの時助けられなかった事をお詫びしたい」
「ストラディゴスさん、頭をあげて下さい。ほら、私は大丈夫ですから」
ネヴェルの城の中庭、無事に戻った彩芽を前に、ストラディゴスは膝をつき、首を垂れた。
エルムの話では、脅迫状の場所へ行くと、そこには一人オルデンを待つ彩芽の姿があったと言う。
オルデンが手紙の指示通り一人で近づくと、周囲に潜んでいた傀儡人形の兵士が二人を取り囲み、オルデンを拘束しようとした。
すぐに、エルムと、ネヴェル騎士団の騎兵隊が駆け付け、二人を確保する事に成功する。
すると、傀儡人形を操っていたらしき人影がアスミィの時と同じ様に、高圧縮ガスで一気に膨らむ風船を使って空に逃げ延び、それ以上追う事は出来なかった。
人質になっていた彩芽を助け出した騎士団は、無理な深追いはせず、今朝方、城に凱旋したと言う事である。
無事に戻った彩芽によって、誘拐事件の首謀者がカトラス王国のズヴェズダー国王と判明し、ネヴェル城内は、今までの戦争は東で行われている事と言う、どこか対岸の火事だった雰囲気が、一気に戦争推進のムードで染まっていく。
わざと宣戦布告と開戦時期を指定して、油断した隙をついてのネヴェル領主誘拐計画。
卑怯な敵国へのヘイトは高まり、温和なオルデンでさえ彩芽を誘拐した事への報復が必要だと考え始めていた。
* * *
ストラディゴスは鎧で身を包むと、最後になるかもと思いながら、見張り塔へと向かった。
その場所は、ストラディゴスにとっては、洗礼を受けた教会の様に、特別な場所と化していた。
それは一つのゴールであり、同時に新たな始まりの場所でもあった。
見張り塔の頂上で、彩芽と共に見た景色を思い出す。
フィリシス達がカトラスの手先となって敵対するなら、戦わなければならない。
戦いの末、殺さなければならない様な事になるとしても、手を下すのは自分の手でやるべきだ。
その先は、罪を背負って生きなければならないが、どんなに重くても一人で背負うべき物。
幸せになる権利は、無自覚にも自分で捨てたのだ。
ストラディゴスも戦う覚悟を決めていた。
しかし、その覚悟は他の者達とは違う物であった。
アスミィは、あの時の続きだと言っていた。
切り捨ててしまいたい過去だが、過去は今更変えられないし、消す事も出来ない。
ストラディゴスが憎くて四人が敵国についたのなら、その責任を負うべきはストラディゴス以外にありえまい。
同時に、責任を果たせる者も、ストラディゴス以外にいる筈がないのだ。
* * *
彩芽と、最後に一度で良いから、話をしたいと思った。
どこまでも意志の弱い奴めと自分に思いながらも、ストラディゴスは彩芽の部屋を訪ねる。
しかし、部屋には誰もおらず、返事が無い。
オルデンの所にいるのかと思い、足を運ぶ。
すると、彩芽がオルデンの部屋から、丁度出て来た。
「アヤメ殿」
「どうしたのストラディゴスさん」
何を話せば良いのか、わからない。
ただ、声を聞きたかった。
何か話題は無いかと考え、あの日の夜を思い出す。
「時間は……ありますか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「約束を、果たさせて欲しい」
「約束?」
「あなたに、煙草を送りたい」




