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 その頃ネヴェルでは、誘拐犯から伝書カラスで届いた脅迫状によって選択を迫られていた。


「アヤメを返して欲しければ、ネヴェル領主一人で来いだと!?」


 脅迫状には簡単な地図が描かれ、ネヴェルからは少し離れた場所にある入り江の砂浜が場所に指定されていた。

 指定の時間は明日の日の出とあり、大掛かりな準備にかける時間は無い。


「罠ですオルデン公」

「わかっている。だが、無視をする訳にもいかない」

「あなたが捕えられでもすれば、アヤメを取り戻せてもネヴェルが落ちます」


 エルムに進言されずとも、そんな事はわかっている。


「エルム、すぐに支度をするんだ」

「どうされるのですか」

「アヤメを取り戻し、犯人も捕まえる。すぐに斥候を出して入り江周辺を調べさせろ。それから、船の準備もしておくんだ」




 * * *




 その頃、ストラディゴスは自室謹慎を言い渡されていた。

 アスミィ達の狙いの一つがストラディゴスにあるのなら、矢面に立たせるのは馬鹿げている。


 彩芽と出会い、一睡もせずにここまで過ごしていたストラディゴスは、自分のベッドで横になる。


 助けに行きたいのに行くと邪魔になりかねないジレンマ。

 どこまでも不甲斐ない自分に嫌気がさす。


 すると、慌ただしい城内のテンポとは少しずれたノックが扉から聞こえてくる。

 眠ろうと思っていたが、オルデンやエルムなら出ない訳にはいかない。

 もしかしたら、やっぱり彩芽の救出作戦に参加して欲しいと言う話かもしれない。




 ストラディゴスが扉を開けると、そこにいたのはルイシーであった。


「……どうした」

「入れて」


 ルイシーを部屋に入れ、扉を閉じる。


「なんだ。お前まで俺を責めるのか?」

「ううん違う。ただ、ずっと話をしていなかったから」


「疲れているんだ。すまん。今は勘弁してくれ」

「そうね、ごめんなさい。ならせめて、あなたと一緒にいさせて」


 ベッドに横になるストラディゴスの隣に座るルイシーは、目を閉じる巨人の頭を優しく撫でた。

 過剰な疲れからストラディゴスは、すぐに深い眠りへと落ちていく。




 巨人は夢を見た。

 それは、ベルゼルの酒場で見た、妄想の続きだった。


 自身の子を腹に宿した彩芽が、笑いかけてくれる、幸せな夢。


 夢は切り替わり、先に進む。

 赤子を抱いた彩芽。

 やがて子供が大きくなっていき、親子三人で囲む食卓。


 彩芽と会わなければ、思いつきもしなかった平凡だが幸せな未来。




 夢の中の家の扉がノックされる。

 扉を開けると、ルイシーがいた。


 ルイシーを彩芽に紹介する。

 彩芽は、笑顔で迎え入れてくれる。


 再び、扉がノックされる。

 傭兵団時代の仲間達が訪ねて来た。

 彩芽は、やはり迎え入れてくれた。


 再び、扉がノックされた。

 オルデンとエルムが訪ねて来た。

 久しぶりにカードでもやらないかとエルムに言われ、子供も混ぜてテーブルで遊ぶ。


 再び、扉がノックされた。

 そこには、過去に抱いてきた無数の女達がいた。


 気が付くと、家の中には自分以外の人影が消え去っている。


 悪夢。

 その時、やっとストラディゴスは求めていた夢を手にする権利は、とっくの昔に失われていた事に気付く。




 夢の中で女達はストラディゴスに群がり、快感を貪り始める。

 その女達の目に映っている巨人は、やはり快感に顔を歪めている。


 ストラディゴスにとって、女とは鏡であった。


 一番最初、ルイシーの目に自分を見た時から。

 それから先も、他の女の時もずっとそうだった。


 では、もう失ってしまった彩芽の目に映った自分は何者だったのだろう。




「たすけてくれ……」


 誰にでも無く助けを求めると、誰かに手を握られているのに気が付いた。

 群がっていた女達も消え、手の先には、ついさっき消えた筈の彩芽がいる。


 その黒いつぶらな瞳を覗き込む。


 そこにいたのは、彩芽であった。

 ストラディゴスは、彩芽を通して、自分の中の彩芽を見ていた。


 鏡に映る自分ではなく、ありのままの相手を見ようとしていたのだった。




 目が覚める。

 流れる涙がベッドのシーツを濡らしていた。


 気が付くと、朝になっている。


 ベッドに顔をうずめ、朝日を遮る。

 すると、彩芽の匂いが感じられた。

 それはそうである。

 ついこの前に彩芽がここで眠ってから、誰もこのベッドの上で寝ていないのだ。


 部屋を見ると、寝る前にいたルイシーは帰ったようで姿が見えない。


 部屋の外が騒がしい。

 何があったのか、窓から外を見る。

 そこには、ネヴェル騎士団が城に戻ってくるのが見えた。

 オルデンの乗る馬には、共に蒼いドレスに身を包んだ彩芽の姿があった。


 ストラディゴスは、部屋の壁に頭を押し付け、ただ彩芽の無事をこの世の全ての物に感謝した。

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