戦争の理由
カチカチカチ……
カトラス船団の旗艦。
その中にある小さな客室で軟禁される事になった彩芽は、簡素なベッドの上にドレスのまま寝っ転がり、天井を見つめていた。
誘拐されるのは、初めての経験である。
彩芽の身柄はオルデンとの交渉の材料に使うと言っていたが、自分に人質としてそれ程の価値があるとは思えない。
そうなると、ここで黙って捕まっていて状況が好転する事は無いと考えて、自ら行動を選択せねばならない。
価値が無い人質が最後にどうなるのかは、ポポッチ達を見ていても予想もできないが、希望的観測で動くのは良くない。
「常に、最悪の事態に備えてこそ、いざと言う時に道が開ける」
とは、件の先輩(女)の言葉であり、彩芽が長らくおざなりにしてきた言葉でもあった。
リスクマネジメントなんて難しい話ではなく「保険は、常にかけておけ、備えよ常に」と言う事だ。
必要に迫られ、忠告の意味が初めて分かる時もある。
カチカチカチ……
窓の外を見ると水平線の向こうを見ても陸地は見えず、半径数キロ圏内に島が無い事が分かる。
泳いで逃げるのは不可能だし、何よりも怪物魚がいる海を泳ぐのは避けたい。
ボートを奪ったとしても、素人が手漕ぎで陸地に辿り着けるかは疑問が残るし、相手には空を飛べる竜人がいるので、逃げ切れるとは思えない。
そうなると、自力での脱出は、ほぼ不可能と考えて良いだろう。
となると、別の生存戦略が必要となる。
それはつまり、味方に居場所を知らせるか、味方を作ると言う事である。
自分の位置を知らせる事は部屋から出られない以上出来ないが、味方を作る事なら相手がいれば出来るかもしれない。
最も可能性がありそうなアスミィは、彩芽の事を気に入っていたようだが、あまりにも行動が読めず、下手をすると悪気なくポポッチに報告してしまいそうな危うさを感じるので最後の手段だ。
他に三人いた彼女達なら、攻略のヒントがあるのでは無いか。
船室の扉がノックされ、彩芽は「どうぞ」と返事をした。
そこに訪ねて来たのは、ダークエルフのハルコスだった。
「居心地はどう? 不便は無い?」
「平気です、けど……」
「もしよろしければ、少しお話をしませんか?」
ハルコスは、彩芽がベッドの淵に座ると、向かい合う様にして椅子に座った。
「アスミィが連れてきてしまって、本当にごめんなさい」
「それなら、とりあえずネヴェルに戻りたいんですけど」
「すぐに、と言う訳にはいかないわ。でも必ず無事に帰してあげるから」
ハルコスの常識的対応に、彩芽は目を丸くした。
カトラス王国の面々の中で一番まともなのは、間違いなくハルコスだろうと思う。
「あの、聞いても良いですか?」
「何でも聞いて」
「どうしてマルギアス王国とカトラス王国は戦争をするんですか?」
「あなた、マルギアスに来て日は浅いの?」
「一昨日来たばかりです」
彩芽の答えに、ハルコスはなんて不運な人がこの世にいるのだろうという目で彩芽を見た。
「それは災難だったわね。そうね、マルギアスとカトラスは昔からとても仲が悪いから、と言うのが主な理由ね。ほら、この地図を見て、二つの国の間に大きな空白があるでしょ? 何百年も前から、お互い奪い合っている土地で、戦争の最初の理由なんて誰も覚えていないわ。でも、ここを奪い合ううちに次の争いの理由が出来て、それを繰り返して今がある、これで伝わるかしら?」
「今回の戦争も?」
「そうね、もう少し詳しく言うと、どちらの国もあまり中央の内政が上手く行っていないの。だから、王家以外に敵を作って、隣から奪うのが今回の戦争の大きな理由よ。そう言う意味では、両方の王家で利害は一致しているわね」




