王子の仲間
「それでは……おぬしは何者なのだ?」
「えっと」
オルデンに異世界から来た事は言わない方が良いと言われた事を想い出し、少し考える。
「木城彩芽っていいます。ポポッチ王子、様。私は……ネヴェル騎士団の副長さんの、その、飲み友達です」
「飲み友達? では、その服は何なのだ? それはオルデン家の紋章にも使われている蒼ではないのか? その色の服を着る事が許されているのは、マルギアス国内ではオルデン家の人間だけなのは我輩でも知っているぞ」
「オルデン公に、その、色々あって服を捨てられてしまって、代わりの服が手に入るまでと借りたんです」
「見え透いた嘘……いや、しかし、そうか、服を捨てられた。アスミィ、この……」
ポポッチは、服を捨てられる状況を想像するが「なるほどわからん」と置いておくことにした。
「あやめちゃんだにゃ」
「あやめを丁重に扱え。ネヴェルの完全降伏に使えるかもしれん。このドレスをネヴェル領主が許したと言う事は、それなりに価値がある筈だ」
「あの……」
彩芽は再び手を小さく上げる。
なんだろう。
敵、なのだが、喋りやすい。
「どうぞ」
と、兎耳の参謀が再び許可を出す。
「私を連れてきて、その、何が目的なんですか?」
「何が? これからマルギアスと戦争をするのだ。おぬしも、それぐらいは知っているだろう? ならば、開戦前に叩けば良かろう。ネヴェルはマルギアスの生命線。あそこを落とせば、挟み撃ちに出来るだけでなく、マルギアスは飢えて戦う事もままならなくなる。そうなるとどうなる?」
「カトラスが広くなるにゃ」
と、アスミィ。
「王子の王国内での評価が上がります」
兎耳の参謀も思っている事を口に出す。
「被害を抑えられます」
ダークエルフの女も口を出す。
ポポッチは、ダークエルフを見て「それだよそれ!」と嬉しそうに褒める。
彩芽は、目の前のポポッチやアスミィ達がただの変人集団では無いと、ようやく理解した。
当初の目的では彩芽ではなくオルデンを拉致して、交渉の材料に使おうとしていたのだ。
ネヴェル領主を押さえる事は、ネヴェルを落とす事に直結する。
そして、作戦に失敗しても首謀者の正体を明かす事なく彩芽の誘拐に成功し、エルムを相手に双方無傷で作戦を終えているのだから、アスミィはただ者ではない。
アスミィはあの追い詰められていた状況で、彩芽が最も楽に誘拐でき、同時に価値があると判断し、戦利品として持ち帰ると同時に、彩芽を弓兵への盾にして空へと安全に脱出しているのだ。
仮に、彩芽に交渉材料の価値が無くとも、ポポッチ達には損が何もない。
アスミィが犯人だとストラディゴスが知っていても、どこに逃げたのか分からなければ手の出しようは無いのである。
「さて、我輩達の目的を知って、おぬしはどうする。陸まで泳ぐのか?」
ポポッチが最高の決め顔で言うと、ノックも無く部屋の扉が開く。
そこに、アスミィと揃いの服を着た別の女が部屋に入ってきた。
「フィリシスちゃん、さっきは助かったのにゃ」
「アスミィも、お手柄みたいだな」
「ポポっちも褒めてくれたのにゃ」
フィリシスと呼ばれた女は、どうやらここまで彩芽とアスミィを連れて来た竜の様だ。
頭部には二本の角。
身長の二倍はある長い尻尾が腰から生え、四肢を覆う様に鱗があるが、背の高い人間の女にしか見えない。
ポポッチの瞳は燃えるような赤だったが、フィリシスの瞳は地の底を流れるマグマの様なオレンジがかった赤である。
膝まで伸びた長い黒髪に、日に焼けた様な浅黒い肌の美女。
この人が、ストラディゴスの元カノかと、彩芽はまじまじと見る。
「怪我は無いか?」
フィリシスに話しかけられ、彩芽は思わぬ気遣いに驚く。
「あやめちゃん、首けがしてるにゃ。いつ怪我したのかにゃ?」
「爪で……」
「ごめんなのにゃ! ハルハル、傷の手当にゃ!」
アスミィに話しかけられ、ダークエルフが見に来る。
すると、呼んでもいないのに兎耳の女も「大丈夫?」と寄ってきて、彩芽の傷の具合を見出した。
ポポッチが目を閉じて瞼をマッサージしながら彩芽達に「我輩の事無視するの、やめてくれる?」と呟くが、その言葉は誰の耳にも届いていなかった。




