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空の上

 アスミィの腰のベルトから飛び出した風船によって、今もなお急上昇する視界を前に、彩芽は自分の身体をがっしりと捕まえているアスミィの腕を、恐怖から掴む事しか出来なかった。


 今、この腕を放されれば、地面に激突して確実に死ぬだろう。


 彩芽が不安な事を悟って、アスミィが足も巻きつけて、がっちりと彩芽の身体を密着して固定する。


 背中に当たるしなやかな筋肉の感触。

 アスミィの裸体からドレス越しに体温が伝わってくる。

 猫をさわったように少し熱く感じるが、種族の差で基礎体温が高いからであって、今はそれどころでは無い。


「巻き込んじゃって悪かったにゃ」


 アスミィが謝ってくるが、彩芽はそれどころでは無い。

 風の轟音で、まず殆どなにを言っているか分からない。


 その上、風船の強力な浮力で、ネヴェルの街も城も遥か下に遠のき、見張り塔の頂上で見た光景が霞むほどの高い視界に目がくらむ。

 上限の無い逆バンジーみたいなものだ。




「にゃっ! お迎えが来たにゃ!」


 アスミィが片手を放して、空を指さす。


 彩芽は、なに手を放しているの!?

 と、その手を慌てて自分に巻きつけ直す。


 アスミィが「さっきとは逆にゃ」と、城壁の上で抱きかかえられていたのを思い出し笑う。

 声は聞こえないが、背中で彩芽にも笑っているのが分かった。


 それから、アスミィが指さした方を見ると、星空に浮かぶ雲海の中に、何かが潜み近づいてくるのが見えた。




 遠く小さかったそれは、段々と大きくなり迫ってきて、彩芽にはまるで大空の雲の中を泳ぐ巨大なサメかワニが迫ってくる様な、絶望的な光景に見えた。


「紹介するにゃ、彼女がフィリシスちゃんにゃ」


 風の切れ目で、アスミィの声が少しだけ聞こえた。


「フィリシス?」


 雄大な姿で空を飛ぶその竜は、大きさはジェット機ほどもある。


 フィリシス、彼女は彩芽がこの世界に来た時に、遠くの空に見た竜であった。

 黒い身体が夜空の迷彩になり、雲を出ても月明りが無ければ、地上からは空の星が抜けて見えるだけだろう。


 フィリシスと呼ばれた竜は、上昇し続ける風船を目印に、アスミィと彩芽を手でキャッチすると、進路を変えて海の方へと飛んでいった。

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