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気持ち悪い感覚

 そんな決意を固め、まだ彩芽がオルデンを選ぶと決まった訳でもないのに、巨人は一人涙を流した。

 こんな事は、戦場で長年連れ添った仲間を失って以来に思えた。


 自分にはルイシーがいてくれるし、他にも女は星の数ほどいる。

 そうでも思わないと、この苦しみには耐えられない。


 そう思おうとしても、涙は止まらず、なんて自分は女々しいのだろうとストラディゴスは悔しくなる。

 昨日会ったばかりの女相手に、なぜこんな気持ちになる。


 しかし、共にすごした時間の長さなど関係無いと、自分でも分かるのだ。

 ずっと探していた自分の半身を永遠に失う感覚は、長年抱えていた孤独感を更に強くする。




 目の前で蒼いドレスに身を包んだ彩芽を見た時は、胸が張り裂けて、それを必死に封じ込めるので精いっぱいだった。

 それでも、ストラディゴスは、自分を犠牲にしてでも彩芽を優先させようと心に決めたのだった。




 * * *




 いつの間にやら、まさかそんな事になっているとは知らない彩芽は、騎士としての正しい対応をしようとするエルムとストラディゴスを見て「気持ち悪い」と感じた。


 二人とも彩芽の性格は、既に知っている筈である。

 ストラディゴスには、異世界から来た迷子である事も伝えてある。

 つまり今、二人が跪いているのは、彩芽にではなく、領主の賓客と言う事だ。


 権力を持つ男が自分を大事にし、持ち上げてくれる状況。

 これが嬉しい女性が沢山いる事はわかるし、気持ちも分かる。


 だが、彩芽にとって心地の良い、求めている空間は、その先には無い。


 求めていたのは、昨日の酒場であり、思い出せない城までの夜道であり、やはり思い出せない今朝の見張り塔の頂上であり、今日の大食堂でカードをし、食事を囲む空間、そう言うなんて事の無い日常なのだ。




 結局、オルデンの部屋で催されたカードゲームは、終始、彩芽への接待の様な空気が流れてしまい、味気ないものになってしまった。


 結果は、彩芽が勝利して終わったが、それが運による勝利なのか、三人の男達が手引きした勝利なのかは分からない。


 カードをプレイ中の会話も、オルデンと彩芽に気遣う形で、エルムが軽妙に、当たり障りなく、優等生的に場をまわし、場をまとめてくれた。

 その場では楽しかった記憶はあっても、過ぎてみると内容が思い出せなくなる。

 まるで、どうでも良い夢を見た朝、夢の記憶が失われていくような感覚しか残らなかった。




 明日、エルムが魔法使いとして真面目に相談に乗ってくれると言う事になり、ストラディゴスとオルデンから、それぞれ一千フォルト分の金貨が入った小さな袋を手渡されたが、少しも嬉しく無かった。


 三人に対する彩芽の願いを一つ聞きたくなる魔法とやらも、エルムが杖を構えて何やら難しい呪文を唱え、ストラディゴス、オルデン、自身の順で杖についた青い宝石の様な石で頭にさわると、その顔に刺青の様な模様が浮かびあがり、肌に溶け込むように消えて派手な事も無く終わった。

 あとは、本人の前で「ただ一つ、願いを叶えよ」と目を見て宣言してから命令すると、その一回だけ、相手は逆らうのが難しくなると言う話だ。


 しかし今の彩芽には、三人に対して願う事など思い浮かばなかった。

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