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空回る決意

 オルデンの部屋に続く長い廊下。

 等間隔にある窓からは月明りが差し込み、廊下を照らすランプの明かりと共に独特のムードを生み出している。


 オルデンにエスコートされ彩芽が歩いていくと、部屋の扉の前に大きな影が見えた。


 窓から月を見上げてるストラディゴスが、彩芽とオルデンの到着に気付く。

 ストラディゴスは、彩芽を見て少し驚いた顔をした。


 着替えた彩芽は、オルデンと同じ色の深い蒼色のドレスに身を包み、見違える様に綺麗になっているのだ。

 その顔はメイクを施され、彩芽の唇が闇の中で深紅に浮いて見える。




「すまない、待たせてしまったね」


「美女のお色直しを待つのも、男の務めですよ」

 騎士の礼服でキッチリと身を包んだエルムが、膝をついて彩芽の手を取ると、手の甲に口づけをした。


「先ほどの無礼をお許しください」

「え、ええっ!?」


 彩芽が状況を飲み込めないで驚いていると、同じく分かっていないオルデンがエルムに聞く。


「コルカル、僕は確かにアヤメを賓客として扱えと言ったが、急にどうしたんだ?」

「これで相応しいと判断しましたが、問題でしょうか?」


 既に、エルムは彩芽がネヴェル領主の奥方候補のつもりで応対していた。

 そう言う意味では、正しい判断である。


 続けてエルムと同じ正装に身を包んだストラディゴスが、石の床に静かに力強く膝をつく。

 それでも目線が彩芽と同じぐらいだが、頭を下げている為にストラディゴスは少し上目遣いに彩芽を見た。

 その姿は、直前に驚いていた男とは思えない、強い意志を感じさせた。


「アヤメ殿、度重なる無礼をお許しください」


 彩芽の手を取り、エルムと同じ様に手の甲に口づけをするが、ストラディゴスの目は閉じられ、唇が手に触れる事は無かった。




 * * *




 結局、ストラディゴスは大食堂の一件の後、着替えもせずに見張り塔の頂上で一人月明りを見上げていた。

 掃除されたのか、屋根の上には何もない。


 頭を冷やし、一人悩み、悩みぬいた。

 酔いが醒め、心が凍える様に冷えていくのを感じながらも、昨日の夜を思い出し一つの答えを出す。


 彩芽がオルデンを選ぶのならば、騎士としても男としても自分には止められない。

 だが、同時に自分の想いを偽る事も出来ない。


 今まで、力で全てを手に入れて来たと自負し、自分は最後には全てを手に入れられると考え続けて来た男にとって、初めて経験する挫折であった。


 ルイシーの時だって、最後には救った。

 騎士団長の座をかけエルムに負けた時も、副長として成り上がれば、じきに騎士団長は約束されていると思ってきたし、その為の努力を欠かした事も無い。


 しかし、今度ばかりは違うと分かる。




 ならばせめて、男として好きになった一人の女性の幸せを願う事だけが出来る事では無いか?

 それぐらいは許されても良いのではないか?


 そう考え、成り上がりの騎士よりも、家柄も顔も性格も良い領主に見初められて幸せになった方が良いに決まっていると、割り切る事に決めた。


 そうすれば、もしかすれば、すぐ近くで騎士として仕える事が出来るかもしれない。

 一生、その手に届かなくても、彩芽の幸せに貢献出来るのなら、本望では無いか。

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