ズボンが無い
「あの、私のズボンは?」
「申し訳ございません。洗濯係から受け取ったアヤメ様の服は、これで全てとなります」
「それって……」
彩芽とルイシーのやり取りを聞き、オルデンが話に入ってくる。
「なにか無いのかい?」
「あの、ズボンが無いみたいで」
「どんなズボンなのかな?」
「オルデン公のお洋服の色と近い青い色で、膝とか裾とかがビリビリに破れてて」
「…………本当に、申し訳ない」
「いえ、あの代わりに履くものがあれば、私はそれで」
オルデンは、何ともバツの悪そうな顔を間仕切りの向こうでしていた。
着替えの目隠しである間仕切りの向こうから聞こえるオルデンの声が、珍しく焦って聞こえた。
彩芽のズボンは、洗濯が終わった後にアイロンをかけられ、畳まれた。
その後、誰かが間違えて「オルデン公の青いズボンが使用人の服に混ざっている」と慌てて、オルデンの衣裳部屋へと運ばれる。
すると、オルデンに仕えているメイド達は、服を片付けていく中で、手触りが違うズボンに気付く。
それを広げてみると、ズボンの裾も膝もボロボロに破れ、繊維が飛び出しているでは無いか。
洗濯係に事情を聴いても、オルデンのズボンで破れなど、誰も知らない。
洗濯係は、ストラディゴスの客のズボンだと認識しているからだ。
いつボロボロになったか分からないズボンだが、オルデンの持ち物であるなら、勝手に捨てるわけにはいかず、といってすぐに補修できるダメージでは無い。
意を決してオルデンにお伺いを立てると、オルデンは笑顔で「それなら、捨ててくれ」とあっさり言う。
沢山持っている似た様な自分のズボンの一つがダメになって、いちいち確認する事は無い。
こうして彩芽のズボンは、あっさりと捨てられる事となったのだった。
なぜ、その様な詳細が分かるのかと言えば、その場にいるルイシーを除くメイド全員が、もろに関わってしまい、オルデンが自分が悪いと彩芽に謝罪するのを聞きながら、自分達が協力して捨てた事に気付いたからであった。
(ちょっと、あれだよね)
(あれだ……)
(やっちゃった……)
メイド達の顔には、嫌な汗がダラダラと流れていた。
アイコンタクトで事態を把握しあう七人のメイド達。
オルデンの賓客の物を間違って捨てたとあれば、下手をすると仕事ではなく、物理的に首が飛びかねないと皆が思う。
この場合、オルデン相手なら慈悲を期待出来る。
だが、良く知らない彩芽が被害者なのだ。
彩芽が、うっかり犯人捜しでも求めてしまったら、その時は大変な事になる。
彩芽が犯人に厳罰を求めれば、オルデンが止められるのかはメイド達には分からない。
領主にとって賓客と一介のメイドのどちらが大事かを考えれば、答えは分かりきっている。
「アヤメ、あのズボンは、その……もしかして、思い入れのある品、だったのかい?」
オルデンにこれ以上深く突っ込まないで、早く解決して欲しいと「この思い届け!」とメイド達は各々で念を送る。
あんなボロボロのズボンに思い入れも何も、ただの普段着であれと願うが、彩芽の答えは違った。
「えっと、そうですね」
オルデンに言われ、長年使い倒したと言う意味では、まあまあ愛着があったなと彩芽はぼんやりと思い答えた。
しかし、それを聞いていたメイド達からすると、危険度が増したようにしか思えなかった。




