連れ込まれる
大男と目が合うと、驚きのあまり口からタバコが零れ落ちた。
「見ない顔だが、どこの出身だ? かなり俺好みだぜ。よその町から来たのか? なあ、いくらだ?」
「な、な、な……」
彩芽は男の影の中で、逆光の中の顔を見上げながら考えた。
目の前に大きな人、つまり巨人がいる。
巨人症等で身長が大きいのでは無い事が、貴族の様な仕立ての良い服を着ていても骨格で分かる。
その巨人が、自分に何かの値段を聞いてきている。
何の値段を聞いているのか予想出来ない程、バカでも子供でもない。
となると、もはや取るべき行動は一つである。
彩芽が何にも言わずに巨人から逃げようと駆けだした途端、石畳の上ですり減ったサンダルが滑り、無様な格好で転倒する。
「うわっ!?」
しかし、地面につこうとした手は地面に届かず、身体が寸での所で支えられている。
気が付くと、大きな手が彩芽のシャツに描かれた背骨の柄をむんずと掴み取っていた。
「なんだいきなり、大丈夫か」
巨人の手に捕まりながら、そんな事を言われる。
「あ、ありがと」
思わず素直に礼を言ってしまう。
「気をつけな」
そんな事を言って聞かせる巨人。
顔つきは堀が深く、イメージの中のフラメンコダンサーを連想させる色気と濃さがある。
よく見れば、長い髪と髭を細かく編み込んでいて、髪を後頭部でまとめており、かなりオシャレでもあった。
薄汚れてはいるが素人が見ても権威を感じさせる仕立ての良い上下の洋服、その上には黒いベストを着ていて、腰からは彩芽の身長と同じぐらいの長さがある大きな剣が下げられている。
「あの、それで、おろしてもえらえると、嬉しいんですけど」
もしかしたら、話せばわかってくれるかもしれない。
清潔感こそ無いが、ただの無法者と言う訳でもなさそうだ。
そう思って聞いたのだが、素敵な答えが返ってくる。
「う~ん、これは、助けた礼でサービスしてもらわないとな~」
「ちょっと待った! タイム! タイムッ! ストーーーーップ!!」
「キャー!」と叫ぶタイプでは無いにしても、まるで意味のある抵抗が出来ない自分の非力さにパニックを起こす。
こんな状況、生まれて初めてだし、一生経験する事は無いと思っていた。
と言うより巨人って何だよ!?
と、現実感の無さと異常なリアリティにパニックが重なっていく。
「おいおい、客だぜ? 逃げるなって、俺の事知らないのか? あんたみたいな美人ならこれからもひいきにするぜ」
「知らないってば! はなしてぇ! 強姦反対!」
「おいおい、強姦なんて人聞きが悪いぜ、ちゃんと金は払うんだ」
巨人は彩芽の事を、まるで飼い猫を抱える様に肩に担ぐと、彩芽の尻をポンポンと叩き「ふへへ」と助平な笑いを浮かべた。
そのまま、すぐそこにある扉を片手で開けて中に入って行く。
扉には看板があり「ブルローネ本店」とだけ知らない文字で書かれていた。