賓客
地下宝物庫と大食堂の往復だけで、かなりの時間がかかってしまった。
さすがにストラディゴスとエルムは席に戻っているだろうと思いながら、オルデンと共に彩芽は戻ってくる。
着いた大食堂の中を見てみると、席に戻った二人の姿が目に入った。
ろくに会話もせずに黙々と食事をしている様である。
「ただいま~、何かあったの?」
彩芽が自分の座っていた席に戻る。
「いや、別に。オルデン公、アヤメを連れてどこまで?」
くくくっ、とエルムがおかしそうにストラディゴスを煽り笑いながらオルデンに聞いた。
ストラディゴスは、面白くなさそうにエルムを見る。
事情が分からない彩芽は、皿に取っておいたパイをモグモグと食べ始める。
「キジョウアヤメさん、僕もアヤメと呼んでいいかな?」
「ふぁい、もひろん」
オルデンからの嬉しい申し出。
彩芽は、口を手で隠し、口の中のパイをどうにか処理しようとしながら返事をする。
「ほら、これを飲め」
ストラディゴスが彩芽のコップに白ワインをつぐ。
「ありがと」
と言いながら、白ワインで租借したパイを喉の奥に流し込む彩芽。
「ふぅ」と一息つき、もう一口白ワインを飲もうとする。
そんな彩芽を見守りながら、オルデンはこんな事を言い出した。
「アヤメは、僕の賓客として迎える事にした。二人とも、今後はそのつもりで応対して欲しい」
その言葉を聞き、ストラディゴスとエルムが、同時に飲んでいた白ワインを盛大に吹き出した。
彩芽も驚いて思わず吹き出す。
領主の言葉と、騎士団団長と副長、そしてその客人がワインを吹き出す事態に、周囲でさっきまで聞こえていた談笑がピタリと止む。
注目が集まってしまったと、オルデンは話を続ける。
「はぁ、言っている傍から……皆も! 今、この時より、彼女は僕の客だ。そのつもりで頼む! さあ、アヤメ、着替えに行こう。その恰好では風邪をひいてしまう」
「オルデン公!? きゅ、急にどうしたのですか!?」
エルムに驚き聞かれ、オルデンはいつもの笑顔で答える。
「何か、君の不都合でもあるのかな、コルカル?」
彩芽は、白ワインまみれになりながらも、エルムとオルデンの話の雰囲気に入って行けず「私はどうしたら」と戸惑う事しか出来ない。
宝物庫での事で、気に入られたのは容易に想像がつく。
しかし、正直オルデンの賓客と言う待遇の凄さが、エルムとストラディゴスの驚き方でしか分からない。
更に、宝物庫を出る時にあった事だ。
オルデンには、あまり公けの場で異世界から来た事は言わない方が良いと言われたばかりで、何をこの場で言えば良いのか、すぐには思い浮かばなかった。
「いえ、そんなつもりでは、ですがアヤメ、いえ、アヤメさんとは、その……食後のカードも控えた方が?」
「その食後のカードの話だが、勝てれば無料で相談にのると言うのだろ?」
「え、ええ、あ、まあ、その、他にも一千フォルトとか、言う事をきくとか……」
それを聞き、オルデンは少し考え、こんな事を言い出す。
「ならばそのゲーム、僕も混ざろう。いいかな? アヤメ」
「私は、全然かまいませんけど」
「コルカル、フォルサ、どうなんだ?」
「も、もちろん構いませんが、なあ?」
エルムの言葉に、ストラディゴスが首を動かして同意を表す。
「オルデン公、本当に急にどうしたのですか?」
「大切なお客様をもてなすのは、城主の務め。そうだろう?」
この一連の流れの中で、ストラディゴスは彩芽とエルムの顔にワインを噴き出し、うなずくだけ。
ずっと驚いた顔で固定されたまま、開いた口も塞がらずに話を聞いていた。
ちなみにストラディゴスも彩芽とエルムが吹いたワインで服がびしょ濡れである。
「僕はアヤメを着替えさせてくる。二人も着替えたら、そうだな。僕の部屋に来てくれ。そこで誰にも邪魔をされずにアヤメをもてなしたい」
「わかりました。我々は、いつ頃うかがえば?」
「そうだな。赤月が大月と重なる頃に来てくれ。さあアヤメ、行こう」
そう言うと、オルデンはアヤメの椅子を引き、慣れた手つきでエスコートしだす。
彩芽も、あまりにも紳士的で優雅な所作に誘導されてしまい、身体が勝手に動いてしまう。
「えっと、あとでね」
と彩芽はストラディゴスとエルムに言って、その場を離れるのを少し寂しそうにしながら大食堂を後にした。




