宝物庫
「全ての地面を全て絵に? どうやって、その絵で世界が全てだと断言できる? やはり世界の果てを見つけたのか? 世界の果ては、どうなっているんだ?」
オルデンは、目の前の迷子によって天動説から地動説への脱皮に近い事を経験させられそうになっていた。
「世界に果ては無いんです。ずっと右に進むと、左から戻って来てしまうんですよ」
「それは、世界が筒になっていると言う事、いや、そうか!? 世界は球体なのか!?」
オルデンの物わかりの良さに、彩芽は驚く。
世界の端が滝になっている的な事を、今さっきまで信じていた人間とは思えない。
彩芽は説明を続ける。
地面があるのだから、そこに物を乗せれば良い。
陸地の上に住む人口は七十億人を超えていて、二百近い国がある事。
殆どの国には、ネヴェルの城よりも遥かに大きな高層建造物がゴロゴロあり、馬車は廃れて代わりに車・電車・飛行機といった巨大な道具で、お金さえ払えば誰でも遠くに素早く移動できる事。
すると、話を興味深そうに聞いていたオルデンは、彩芽を試す様にこんな質問をしてきた。
「あなたの暮らしていた国の名は?」
「日本です」
それを聞いてオルデンは、当たり前だが知らない反応をし、更に質問を続けた。
「二ホン……アレクサンドリアと言う都市に聞き覚えは?」
「う~ん、そんな名前の宝石があったような気はしますけど、外国かもしれないです」
「では、アヴァロンと言う地名は?」
「何か本のタイトルにあったような……」
「マケドニアと言う国は?」
「それは聞き覚えがあります。確かナッツが有名な」
それはマカダミアである。
(マケドニアは国だが、マカダミアは人名をベースにしているので地名では無い。ちなみに原産国はオーストラリアである)
「……少なくとも、どれも聞き覚えはあるんだね?」
そう言いつつも、オルデンは何かを確信している面持ちである。
「はい、って言っていいのか自信は無いですけど、でも、なんで領主様がそんな場所の名前を?」
「異世界の伝説や伝承は、世界各地にあるからね……君のいた世界の、世界地図を大まかにでも描けるかい?」
「はい。それなら」
彩芽がどこに描こうか少し考えると、食堂のテーブルに置きっぱなしのエルムの黒板を思い出す。
「少し待っててください、すぐに戻ります」
彩芽は小走りに食堂へ戻る。
まだストラディゴスもエルムも戻っていない。
テーブルに置かれた小さな黒板を見つける。
カードゲームでは全員一勝したので覚えるのは容易と、書いてある字を手でこすり消し、その場で大まかな地図を描いた。
中々に上手い。
それを持ってオルデンの所に戻って見せると、オルデンは珍しく涼しげな顔を少し曇らせ、判断に困る顔をする。
しかし、すぐに何かに気付いたのか黒板をひっくり返し、まるでずっと探していたパズルのピースを見つけた様な興奮を目に宿し輝かせ始めた。
「キジョウアヤメさん、あなたに見て貰いたい物があります」
* * *
彩芽がオルデンに連れてこられたのは、城の地下宝物庫。
普段は領主の持つ鍵が無いと開かない、金庫である。
エルムとストラディゴスが席に戻ってこない為、オルデンは近くにいたメイドに「二人が戻ったら、キジョウアヤメさんを少し借りているが、すぐに戻る」と伝言を頼んだ。
メイドは、オルデンに深く頭を下げて無言で返事をすると、頭をあげ、一瞬だけ彩芽の方を見た。
二人の目が合う。
だが、彩芽はオルデンを追いかけねばと歩き出したため、メイドの視線に気づいたが、すぐにどうでもよくなった。
宝物庫には、棚が並んでいて、そこには鍵のついた木箱が大量に置かれていた。
彩芽は最初、そこが城の宝物庫だと気付かなかった。
薄暗い倉庫にしか見えない、とても広い空間である。
オルデンが自ら持つランプのゆらゆらとした明かりを頼りに宝物庫の中を突っ切ると、奥に小さな部屋があった。
オルデンは宝物庫の鍵とは別に、首から下げていた鍵で扉を開け、中に入る。
彩芽も続いて部屋に入った。
そこで目に入って来た物を、彩芽は知っていた。




