世界の果て
「もちろんそれだけではありません、お客様を誰ももてなさないのでは、問題があると思いませんか?」
オルデンはニッコリと笑った。
「そんな、私なんかの為に領主様が」
正論。
だが、領主様が迷子の相手と言うのは、いくら何でもおかしい。
すると、オルデンは彩芽の心を読んでいる様に言葉を続ける。
「実は、親しい友人からあなたの事を聞きました。その事で、個人的にお話をしたくて」
「友人?」
「こちらに来てもらえますか? 静かな所で二人で話をしたい。お時間は取らせませんよ」
* * *
距離にして隣の部屋。
食堂の談笑が聞こえてくる。
人が払われた厨房の一角で、オルデンと彩芽は二人きりになる。
すると、オルデンから意外な人物の名前が出て来た。
「アコニー・キング、高級娼館の支配人と言えば分かりますよね。彼女とオルデン家は祖父の代からの付き合いがあります」
「アコニー、さん……昨日お世話になりました。けど、あの、話って言うのは?」
「実は……ストラディゴス・フォルサがあなたに、ハッキリ言えば酷い事をしていないか、彼女が気にしているのです」
「えっ」
「皆の噂によると、そのような事は無いようですが、噂を鵜呑みにするのは僕の主義に反します。アコニーに頼まれた手前、直接確かめたくこの様な場を設けさせてもらいました」
「あの、本当に大丈夫なので、とっても親切にして貰って、今日も私が二日酔いで倒れちゃったら一日中、付きっ切りで介抱してくれて」
「先ほど、彼があなたに食事を食べさせているのを見て、アコニーの考え過ぎだと思ったんですが、僕も彼の事を知っている手前、一応確かめようと。僕自身、フォルサの変わり様に、かなり驚いています。何も無いようならアコニーにはその様に伝えます。いらぬ不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ない」
「いえ、アコニーさんにありがとうと伝えください」
「実は、もう一つ」
オルデンは、こちらが本題という雰囲気で話を始めた。
「アコニーから気になる事を聞きました。あなたが別の世界から来たと」
「エルムさんにも……その事を相談しようと思っています。実は、帰り方が分からなくて」
「別の世界から来たと言う話、僕にも詳しく聞かせて貰えませんか?」
彩芽、地図を描く
彩芽は、オルデンに自分のいた世界の事を伝えようとする。
最初、何から話すか迷ったが、相手が何を知りたいか分からない為、抽象的でもわかりやすさを念頭に話そうと思案する。
「分かりやすさってのはね、言ってしまえば共通点よ。分かりやすさが一個も無い話は相手を疲れさせる」
とは、件の尊敬する先輩(女)が昔、彩芽に言った台詞。
仕事と言う場で、相手に説明したり説得を試みる時「共通点をいつでも入り口に置け」とも言われ、彩芽は目から鱗が落ちたものだ。
例えば、最初にプログラマーの仕事や、調子に乗って人工知能の様な話題をオルデン公にいきなり話し出すのは無能のする事だ。
それを理解する為の前提の知識が無いのは、容易に想像出来ているのだから。
それを伝えた方がオルデン公が喜ぶ事が予想されると彩芽が判断したのなら、この世界にありそうも無いそれらの事柄に似た物をこの世界で見つけてからの方が好ましい。
異世界生活も(ほとんどを食って、酔って、寝て、世話をされているうちに)丸一日が過ぎた。
アコニーとストラディゴスに説明した時の様なグズグズな事は、目の前にいる領主様相手にしたく無い。
厨房の一角、窓の外はすっかり暗くなり、窯とランプの明かりだけに照らされる中。
椅子に座って小さなテーブルを挟む二人。
彩芽は、話を始める。
魔法を誰も使えず、人種もこの世界に比べれば確実に限られ、生息する生物も違う世界。
と様子見に、とりあえず差異を伝える事にする。
そんな彩芽の世界の情報を聞いてオルデンは、「他には?」と自由に話す様に促してくる。
まずは、彩芽が話しやすい環境を整えようとしてくれているのだろう。
続けて彩芽は、世界の外堀を埋めようと思う。
「えっと、まず世界地図が完成しています」
一言目で、オルデンは嬉しそうに驚く。
「地図が、完成。 それは、どうやって作られたんだい? 各国の地図を寄せ集めた結果なのか?」
「えっと、いいえ。最初はそうやって出来て行ったと思います。けど、今では空から地面を鳥みたいに見下ろす事が出来て、あと、写真と言って景色を簡単に絵に出来る技術も進んで、そのうち大勢の人が空から全ての地面を絵にして、それを全部並べたんです。そうやって、全ての陸地がわかって、地図が完成しました」
「全ての地面を全て絵に? どうやって、その絵で世界が全てだと断言できる? やはり世界の果てを見つけたのか? 世界の果ては、どうなっているんだ?」




