領主
「へぇ、君が噂の」
耳に心地よい声が聞こえた。
明らかに自分に向けられている事が分かり、彩芽が目で探す。
そこには、景観の中にいても浮き上がって見える存在感がある。
黒髪パッツンのおかっぱ頭に、ファッション誌で見るトップモデルの様に美形の顔立ち。
深い蒼色の細身の服を着ていて、服をよく見ると細かい刺繍が施されていて、手がかかっているのが分かる。
彩芽がエルムにストラディゴスとの出会いを厚めのオブラートで包んで話していると、なんの前触れも無く声をかけて来たのは、一人の青年だった。
見た所、彩芽と同じか少し若い程度。
行って十代後半から二十代前半に見えた。
だが、アコニーの件がある為、彩芽はこの世界では特に見た目で人を判断しない様にはしているので、あくまでも見た目だけの話である。
涼しい表情で、まるで店頭に置いてあるマネキンを見つけて品定めする様にマジマジと彩芽に視線を送っている。
なのに、不思議と嫌らしさを感じさせず、不快さを相手に与えないのは、美形だからではない。
上品な所作と、そもそも目が、そう言った対象を見る目では無い為だ。
「ねぇ、誰?」と、彩芽が近いと言う理由でエルムに声をかけると、エルムは同じトーンの小声になって「オルデン公爵、つまりここの領主様だ」と返事をした。
「紹介をありがとう、コルカル。フォルサ、君は見違えたよ」
「オルデン公、ありがとうございます」
ストラディゴスの顔は、彩芽が今まで見た事の無い騎士の顔になっていた。
「フォルサ、彼女を僕に紹介してくれないか」
「こちらはキジョウ・アヤメ殿です。異国から来た所を、昨日偶然俺と出会い、ネヴェルの魔法使いに相談したい事があったので、俺が連れてきました」
「キジョウアヤメさん、とお呼びすればいいかな。ネヴェルへようこそ」
オルデンの爽やかな笑顔と声に、彩芽は思わず「うわぁ」と思う。
この「うわぁ」は、引いているのではなく「イケメンで領主って反則だろ」という、一周回って引いている、プラスの意味での引きである。
彩芽に骨Tシャツをプレゼントした友人ならば「存在が尊い」とでも言うだろうと彩芽は思った。
「コルカルに相談は出来たのかな」
「あ、いえ、まだです。エルムさんとのゲームに勝てたら無料で相談に乗ってくれると言うので、お言葉に甘えてゲームを……」
「そうか、コルカルの遊びに付き合ってくれて感謝するよ。勝負には勝てたのかな?」
「まだ途中で、夕食の後にまたやります」
「それなら、僕も見物させてもらおうかな。いいだろコルカル?」
「ええ、かまいませんとも」
「では、夕食の後で、キジョウアヤメ」
オルデンは、大食堂の最奥にある自分の席に歩いて行ってしまった。
「緊張した~」
彩芽が隣にいるエルムに弱音を漏らす。
「ははは、オルデン公は人間が出来ている。どこぞの王みたいにいきなり気分で切り捨てたりしないから安心していいぞ」
彩芽は、むしろエルムの言葉で不安になった。
そんな王様がいる世界なのかと肝に銘じる事にし、気分を切り替えてストラディゴスを見た。
机を挟んで向かい側に座る巨人は、まだ騎士の顔をしていた。




