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それが恋

 酔い覚ましを取りに行く道程、日が差し込む長い廊下。

 ストラディゴスは徹夜の疲れからフラフラと歩きながら、ある事を考えていた。


「良い人」なんて、そんな事は言われた事が無かった。


「最低、自己中、無責任」なんて罵られた事なら何度でもある。

 戦場では敵に恐れられ、仲間内でさえストラディゴスの事を好いてくれる者がいても、良い人間と思っている者はいないだろう。


 女子供に手をあげる事は無くとも、自分が見せてきた優しさの裏には、いつだって確実な見返りか、守るべき世間体が先にあった。

 そんな事実を思い出し、彩芽の事を考える。




 きっと昨日までのストラディゴスなら、彩芽にベッドを譲る事は無かった。


 服をゲロで汚されれば、弁償を求めて然るべきと考えただろうし、町で拾った酔っぱらいの身体をわざわざメイドに洗う様に頼む事も無い。


 どうせ後腐れが無いと割り切り、当たり前の様に夜這いをかけて、きっと無理やりにでも抱いていた筈である。


 二日酔いだろうが関係無く、さっさと魔法使いに会わせて、数日後には忘れていたに違いない。




 しかし、今はどうだろう。




 なぜ昨日会ったばかりの女の服を頼まれても無いのに選び揃えるのが、こんなにも楽しく、時間がかかったのだろうか。


 どうして昨日まで気にならなかった風呂に入っていなかった自分の体臭が、急に気になりだしたのか。


 当たり前に見慣れている女の裸体の筈なのに、間違いなく見たい筈なのに、裸で寝ている彩芽が寝ている自分の部屋を訪ねる事が、なぜ出来なかったのか。


 なぜ大部屋で寝たなんて、いらない嘘をついたのか。


 なぜ、高い金を出して昨日味わったブルローネの姫の味よりも、いや、今まで抱いてきた一番良い女よりも……朝、人知れず彩芽を想像して自分を慰めていた時の方が、切なさと共に、遥かに大きな快感を感じたのか……




 * * *




「馬鹿か? お前、それが恋だろ」


 ストラディゴスに酔い覚ましを調合して手渡す、無精髭を生やした細身で長身の男。

 男はストラディゴスの話を聞いて、かな~り引き気味に言った。


 青いマントを羽織って紺色のローブを着込んだこの男こそが、城の知恵袋、件の魔法使いの一人、エルムである。


「いやいやいや、エルムさんよぉ、俺がそんな」


 とストラディゴスは否定する。

 だが、エルムは馬鹿にするように言葉を続けた。


「引くわぁ、自分大好き性欲魔人のお前が、まさかの初恋が昨日とはな。お前いくつだ? 俺より確か八歳ぐらい下だから、三十五? 六か? ほんっと引くわぁ、お前、経験豊富に見えて恋愛童貞だったのな、ははははは」


 酷い言い様だが、二人の間ではこれが普通らしく会話が滞る事は無い。


「だから、そんなんじゃないんだ。アヤメは何と言うか、そう、特別なんだ」

「特別っ! うわぁうわぁ、マジで重症だなお前」

「はんっ、なんとでも言え。お前だって会えば分かる」

「あ~はいはい。あとで連れてくるんだろ? 会った時に自分で確かめるから。お前がいると部屋が狭くなる。さっさと帰れ」


 ストラディゴスはエルムの部屋を後にする時、扉を閉じる直前に悔しそうにエルムに言葉をかけた。


「酔い覚まし、助かった」


 扉が閉じられていく間、それを聞いたエルムは信じられないものを聞いた顔を作って挑発しながらストラディゴスを見送った。


「あのストラディゴスが、俺に礼を言っただと?」


 それは、長年友人として彼を見て来たエルムには、到底信じがたい事だった。


「あのバカが一晩でここまで変わるとは……これは、面白くなってきたな」


 エルムは、ニヤリと人の悪い顔をし、何やら準備を始めた。

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