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逃げる

 ストラディゴスがルカラを迎え行って、体感だが五分も経たずにエドワルドが帰ってきた。


「エドワルドさん助けてくださいっ!」


「ん? 誰かと思えば、ストラディゴスの。明日まで待てなかったのか? それともあいつと、あの後喧嘩でもしたのか? それなら悪かったが、聞いてくれよ、俺はあんたのおかげで、コレとかなり良い感じだぜ」


「あぁ、その話も凄く聞きたいんですけど、私いま呪われちゃってて、それどころじゃ!」


「呪われ、た?」




 エドワルドに事情を話した彩芽は、気を落とした。

 エドワルドの仲間には呪いを解ける者はおらず、誰一人ヴェンガンの呪いについて知っている者はいなかったのだ。


 その上、地下通路のマッピングに必要な道具は昼間の間にエドワルドの仲間が市場で買い集めてくれたらしいが、地下通路の格子は補修工事を装ってやるつもりで、まだ手付かずだと言う。

 その辺の根回しこそ出来ているが、ヴェンガン側に悟られずにやるには、明日まで待つしかない。


 深夜に下手に動けば、計画はバレてしまうだろう。

 大掛かりな計画は、公的な事業者を装って、昼間にこっそりとする方が、人の目があって、逆にバレないと言う。

 誰もが見ていれば、そこには誰も注意を払わないからだ。




「朝までは俺達でかくまってやるからよ、そんな顔するな。ここは安全だ。朝になれば、地図作りながら、町から逃げちまえば、後は余裕さ。さすがに馬車は持っていけねぇけどよ、荷物だけはアイツがいれば殆んど運べるだろ」


「ううぅ、お世話になります」


「あいつはすぐ帰ってくるんだろ? なら、帰って来てから計画を詰めるから、酒でも飲んで落ち着けって」


「……いただきます。あの、計画って?」


「この先の突き当りに、潰れた浴場があるんだが、知ってるか? まあ、とにかくあるんだ。そこだけ、昼間のうちに格子が外せるか試して、もう仲間が外してある。通路がどこまで通れるか分からないが、外までは数キロって所だ。早朝のうちに仲間を潜らせるつもりだが、もし行けそうならそこから外を目指してもらう事になるだろうな」


 彩芽は気になって立ち上がると、酒場の入り口から外を見た。

 突き当りには、確かに浴場らしき大きな建物が建っている。


 彩芽は落ち着かなく思いながら、そう言えばストラディゴスがエドワルドにと煙草を買っていた事を思い出した。

 確か、馬車にあったなと彩芽は馬車へと近づいていく。

 一服すれば、少なくとも恐怖から来る手の震えは止まる筈だ。

 一本分ぐらい許してもらおう。


「おい、ストラディゴスの、どこに行く気だ?」


「ちょっと、タバコ吸いたくて」


「煙草ねぇ。あんなののどこが美味いのか、俺は分からないね。見える所にいてくれよ」




「……ん? あの、エドワルドさん、煙草吸わないんですか?」


「俺は酒も煙草も女もやらないぞ。せいぜい賭け事ぐらいのもんだ。そうだ、あいつが戻るまでカードやろうぜ」


「すぐに戻ります」


 彩芽は馬車に到着すると、アモルホッブで満たされた袋をすぐに見つける。

 彩芽は思った。

(なんだストラディゴス、やっぱり私に買ったんじゃん)と。


 一枚、乾燥した葉を取り出すと、両手の中で擦る様にパリパリと細かく砕き、茶色い巻紙に慣れた手つきで乗せ、巻紙の一片をべ~っと舐めて煙草を巻く。

 口に煙草をくわえると、ポケットからジッポライターを取り出し、蓋を開けた。


 シュボッ!


 と火をつけようとするが、油が切れていた。


 ライターをバラシ、馬車に積まれている油をライターの綿に染み込ませると、ちょっと多すぎて溢れ出す。

 油を払って、ライターを戻し、再び火をつけようとした時だった。


「ストラディゴスの、帰ってきたみたいだぞ」


 彩芽は顔を喜びと安堵に輝かせ、通りを見た。


 通りの向こうに、確かに大きな影が見えた。

 フードをかぶった、大きな影が闇の中を、こちらに向かって進んでくる。


 暗くて良くは見えないが、それがかなり速い速度で近づいて来ているのが、たなびくマントで分かった。


 彩芽は目を凝らし、見ると、それはストラディゴスには見えなかった。

 ルカラを連れていなければ、それには足も無く、宙に浮いている為に大きく見えていたのだ。


「中に入れ! 急げ!」


 エドワルドの声に彩芽は我に返ると、酒場の中へと慌てて駆け込む。


「なんなんだコイツは!?」


 エドワルドの部下が大声で聞くが、それの正体を正確に知っている者は、そこには一人もいなかった。


 フードの奥に光る赤い目、めくれるマントの下には、骸骨の肋骨が見え隠れしていた。

 骨の腕には、首切り斧が握られている。


 酒場の外まで来た、それは、彩芽の事を見ていた。


「リーパーだ! 逃げろ!」


 エドワルドの部下の声に、酒場にいた全員が蜘蛛の子を散らしたように逃げ出し、エドワルドも彩芽の手を引いて裏口へと駆け出していた。


「なんなのあれ!?」


 エドワルドに手を引かれながら、なんとかついて行く彩芽が聞くが、エドワルドは答えられない。


 酒場を首切り斧で、見せしめの様に滅茶苦茶に破壊して、リーパーが彩芽達を追ってくる。

 二人が外へと飛び出すと、リーパーは首切り斧で壁を打ち砕いて、そのまま追ってきた。


 エドワルドは、細い路地を使ってリーパーを避けようとするが、身体が骨で出来ているので見た目に反して体積が少なく、身体を横にして追って来てしまう。


 必死に走るエドワルドと、さらに必死で泣きながら走る彩芽の、すぐ後ろに迫るリーパーの斧が迫る。


 エドワルドはポケットから小瓶を取り出すと地面に叩きつけた。

 小瓶から煙が溢れ出し、周囲を煙幕が覆って視界が無くなる。

 彩芽は真っ暗の中、真っ白い煙の中をエドワルドに連れられて走りながら、エドワルドが潰れた浴場へと向かっている事に気付いた。


 地下通路に逃げ込んで、まいてしまえば、確かに逃げられるかもしれない。

 二人は浴場へと駆け込むと、そのまま地下通路へと続く階段を下りて行く。


 その途中で、天井を破壊して、リーパーがすぐ上へとまわりこんできた。

 すぐ先には、格子が無く水路には何も流れていない通路へと続く道があるのに。


「ちっ!?」


 エドワルドは咄嗟に剣を抜くと、リーパーの首切り斧を壁へと逸らし、構わずに通路へと駆け抜ける。


「っあ、いってぇ!?」


 二人が逃げる事を優先したのをリーパーは見逃さす、彩芽の手を引いていたエドワルドの左腕が斧の一振りで切断されてしまった。

 薄暗闇の中、溢れる鮮血が彩芽の腕にかかった。

 彩芽の腕を握ったままのエドワルドの腕を見て、彩芽はこれが現実である事を信じたくなかった。


 エドワルドは残りの腕で今度はリーパーの斧の一撃をそらすと、地下通路の入り口でリーパーを相手に、一人立ち塞がったのだった。


「アヤメ、下っていけ。運が良ければ、それで出られる」


「エドワルド!?」


「俺の左腕、捨てないで後で返せよ。ほら、早く行け! 走れっ!!」


 エドワルドは剣で、リーパーが通れない壁をそこに作った。

 これ以上追うのなら、エドワルドを殺さなければ壊せない壁を。


 彩芽が通路を走る後ろでは、しばらく剣が斧を受け流す音が響いていた。




 それが、離れ過ぎたからか、それともどちらかが倒れたのか、彩芽には分からなかった。


 当てもなく地下通路を走った結果、彩芽は迷っていた。


 リーパーは追ってこないが、体力が尽きると彩芽は走るのをやめ、ボロボロと泣きながらエドワルドの腕に手を握り締められたまま地下通路を彷徨い歩く事しか出来なかった。

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