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対面

 彩芽にとって、対比する存在がネヴェル城しかなかった。

 そこは、ネヴェルと比べてしまうと、あまりにも広く、あまりにも色が少なかった。




 フィデーリス城の応接間で、ヴェンガンを待つ彩芽とストラディゴス。


 来たくなど無かったが、迎えに来た男が連れていた騎士達に囲まれ、半ば無理やりの招待を受けざるを得なかったのだ。


 ヴェンガンの好きな色なのだろうか、落ち着いた緑で統一された豪華な室内の装飾の中に身を置かれ、敵の胃袋の中にいる様な気分になり落ち着かない。


 落ち着かないと言えば、そこら中に飾られているヴェンガンと、その妻の肖像画である。

 まるで常に見られている様で、気持ちが悪い。


 どこもかしこもヴェンガンの色で染まっていて、城の持ち主であるヴェンガンの性格がうかがい知れる。




「身に覚えは?」


「まったくない」




 落ち着かない二人は、椅子にも座らずに部屋の中の物を見て、行ったり来たりしながらコソコソと相談した。


 ここまで彩芽達を連行した従者の様な男は、ストラディゴスの名前しか知らなかった。

 ストラディゴスを呼んだ理由とは、何なのだろうと考えるが見当もつかない。




 扉が自動ドアのみたいに、ルカラの様に傷だらけの奴隷によって開けられた。


「君がストラディゴスか、近くで見ると大きいな」


 闘技場の主催者席にいた男が、部屋に入るなり馴れ馴れしく話しかけて来た。

 富と美貌を兼ね備えた完璧な男であると自負しているかの様な、過剰な自信が溢れている。


「伯爵殿、俺に何か用でも?」


 ストラディゴスは身に覚えがない素振りで応対する。

 相手の狙いが分からない以上、下手な探りも危険に思える。


「用が無くて、君の様な奴を私の城に招待する訳が無いだろう、下らない質問だな」


 ヴェンガンは当たり前の様に、馬鹿にする様に笑いながら言った。

 隠す素振りも無い高圧的な態度に彩芽はビビって、ストラディゴスの後ろに隠れる。

 権力者の中でも、どこまでも嫌なタイプの人間の様だ。


「用事と言うのは、簡単な事だ。私は、逃げ出した奴隷を探していてね。とても危険な奴隷なんだ。心当たりがあれば教えてくれないか?」


 二人は「危険」と言う表現が気になった。


「伯爵殿、良ろしければ、その奴隷の特徴は? この町には奴隷が多すぎる」


「これが手配書だ。この町にいれば、嫌でも見たことがあるだろうがね」


 ヴェンガンが傷だらけの奴隷に持ってこさせた手配書は、五年前のルカラ、七歳のカーラルアの物。


「私はね、自分の物には、必ず印をつけておくんだ。どこに逃げても、見つけられる様にね」


「印? 焼き印でも?」


 ルカラの身体はくまなく見たが、傷はあっても印などは何も無かった。


「魔法だよ。呪いと言っても良い」


「呪い?」


「そうだ。私の持ち物は、私以外には呪われた物。そろそろ気付いても、いいだろう? 君を、いや、君の後ろでコソコソと隠れているその女を呼んだ訳を。呪われているのさ。闘技場で見た時、一目でわかるほど、はっきりとね」


 彩芽とストラディゴスは背筋が寒くなった。

 呪われている実感は無いが、面識も無いのに呼び出されたと言う事は、呪われている事も印がある事も本当なのだろう。


「伯爵殿、誤解がある様だ。どこで呪いを貰ったのか、見当もつかない。それより、俺の名はどこで?」


「騎士達は皆、君を知っていたよ。城落とし、団長殺し、最近では竜殺しも加わったとか。もう十分呪われていそうな通り名ばかりだ、ストラディゴス君。私の魔法で呪われていると言う事は、絶対に会っている筈なのだが思い出せないか?」


「俺達は奴隷を持ったことも無い。それよりも、呪いを解いてはくれないか? 何でも礼はする」


「安心しろ、呪いと言っても、それだけでどうにかなる物じゃない。特に、私の物を絶対に盗んでいないと言うならね。何も恐れる必要は無い。そっちの頭からお花を咲かせた(頭の悪そうな)女も、同じ意見かね?」




 * * *




 驚くほど何もなく、フィデーリス城から解放された。


 ドッと疲れた二人は、帰り道の馬車の上で、揺れるままに揺られている。




 改めて分かった事は、一つ。


 ルカラはヴェンガンに追われていて、呪われていると言う事。

 一か八か城門を超えようとしなかったのは正解であった。

 他の奴隷ならいざ知らず、ヴェンガンの奴隷だけは、絶対に城壁の外には出られない。


 呪いは、恐らくルカラと接触した印が、分かる者には見て分かる。

 そう言った物なのだろう。

 彩芽だけが呪われていた理由は分からない。


「呪い、どうしよう」


 ヴェンガンは、盗んでいないのなら恐れる必要は無いと言っていた。

 しかし、彩芽はルカラをヴェンガンから盗み出そうとしているのは事実である。


「効果が分からない以上、一度ネヴェルに戻ってエルムに解いて貰うしかない」


「呪い解けるんだ」


「かも、だ。エルムだって万能じゃない。ヴェンガンが何をしかけてるか分からない。これじゃあ対策のしようも無いし、解き方も俺達じゃわからないからな……一度このままエドワルドの所に行くぞ」




 ストラディゴスはルカラのいる場所に戻っては、ルカラが危険だと判断してエドワルドの仲間がいるであろう、いつもの酒場へと馬車を進めた。




 日はすっかり落ちてしまい、道が狭くなってくると、月明りも届かなくなり、辺りは窓から漏れる明かりで照らされているだけ。

 彩芽はストラディゴスに頭から布で、フードの様にして顔と身体を隠され、荷台で小さくなる。


「はぁ……」


 彩芽から大きな溜息が出る。


 呪われていると言うのも気持ちが悪いし、帰りが遅い自分達をルカラが心配しているのでは無いかと、それも気になった。

 こういう時に電話が使えればと、心底不便に思う。


「アヤメ」


 ストラディゴスが御者台で振り向きもせずに、独り言の様に彩芽に話しかけた。


「……なに?」


「俺のせいで、すまなかった」


「どういう事?」


「俺がデートなんて、したいなんて言わなければ……」


 ストラディゴスも落ち込んでいた。

 自分のせいだと。


「覚えて無いの? デートに誘ったのは、私だよ、ひめ」


「でもよ……」


「グダグダ言わない。呪われてるなんて誰も気づかなかったんだから。それに、デート楽しかったじゃん」


「……お前の呪いは、絶対に解く。伯爵を脅してでも、解かせるからな」


「脅すのはどうかと思うけど、頼りにしてるから」

 彩芽がストラディゴスの背中をポンポンと叩くと、巨人の手が彩芽の手を優しく握った。




 * * *




 酒場に着くと、そこにエドワルドはいなかったが、エドワルドとカードをしていた人相の悪い男がテーブルにいた。

 ストラディゴスは一直線に、男の方へと歩いて行く。

 男は、エドワルドを訪ねて来た巨人と言う認識があるらしく、視線を寄こした。


 男の視線がストラディゴスの肩に向かう。

 彩芽は布でフードの様に全身を隠したまま、ストラディゴスの肩の上に座っていた。


「ボスなら仕事だ」


 男は面倒臭そうに酒をあおった。


「決行はいつだ?」


「そんな事を聞きに来たのか? 明日迎えをやる。言付けなら聞くが、無いなら帰りな」


「……計画を早められないか?」


「ボスに聞かない事には、俺は何も出来んよ。ボスが全てを仕切っている」


「どこにいる?」


「ボスも忙しいんだ。俺も居場所は知らない。急ぎなら、ここで待ちな」




 ストラディゴスは彩芽を肩から下ろすと椅子に座らせ、自分も二つの椅子を並べてそこに座った。


「待たせてもらう」


「どうぞご勝手に」


 ストラディゴスが蒸留酒を二杯頼むと、酒が運ばれてくる。

 ウィスキーの様な匂いがする、強めの酒である。


 飲みたい訳では無く、居座るからには何か頼めと店主に目で圧をかけられたためだ。


「アヤメ、ここでエドワルドを待って、事情を話せるか? 呪いの事も相談するんだ。あいつの仲間に知っている奴がいるかもしれない」


「えっ、ちょっと、ここで一人にする気!?」


「俺はルカラを迎えに行く。馬車は置いていくが、すぐに戻る」


 ルカラと接触がある事を、ヴェンガンは確信していた。

 それなのに呪われている彩芽を帰したと言う事は、ルカラの所へと案内させるのが狙いかもしれない。


 呪いの条件が分からない以上、彩芽とルカラの接触は控えた方が良い。


 分かっていても、彩芽は不安な顔をする。

 立ち上がるストラディゴスを不安な顔で見送る事しか出来ない。


 ストラディゴスは片膝をつくと、彩芽に顔を近づけた。


「そんな顔をするなよ。本当に、すぐに戻るから」


 ストラディゴスは、彩芽の額にキスをした。

 あまりにも自然なキスだった。

 まるで、お守りにキスをする様な。


「……うん」


 彩芽は、巨人に大きな勇気をもらったような気がした。

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