デート
彩芽は、単純だなと思った。
馬車の上、ストラディゴスは初めてデートでもしているかのように鼻歌交じりで御者台の上。
彩芽は相変わらず荷台の上である。
五歳の時にキスをしたシチュエーションとしては、隣の席だったのだが、面倒なので今は伏せる事にした。
「ひめ~、劇ってさ、なんかあるの?」
「アヤメ、外で姫とか言うな」
(外じゃなければ良いんだ……)と彩芽は、御者台のストラディゴスの背中にじゃれ付く様に押す様な蹴りを入れる。
「闘技場に行こうと思ってるんだが、それで良いか?」
「人が死ぬのとか見たくないからね」
「死ぬ事なんか滅多に無いぞ。せいぜい五人か十人に一人」
「結構死んでるから! 他には無いの?」
「旅芸人が来てると思うが、そんなので良いのか? 闘技場には人以外にも、動物との戦いとか、動物同士の戦いもあるんだぞ? 戦い以外にも競争もある。剣闘以外の演目だけでも確認しないか」
どうやら、旅芸人の劇だか芸を見るよりは、ストラディゴス的には絶対に闘技場がおススメらしい。
彩芽は、戦い以外にも演目があると言うのも気になった。
「競争って?」
* * *
『これより! ヴェンガン伯爵主催! 賭けレースを執り行う!』
マイクや拡声器も無いのに、会場全体に響く司会者の声。
歓声に沸く闘技場。
二、三万人は収容可能であろう闘技場の観客席は埋まり、熱気であふれかえっている。
観客席から数メートル下の剣闘フィールドには中央に入れない様に柵が設けられ、簡単な周回レース場となっていた。
闘技場の最大直径は二百メートル程度。
一周数百メートルのフィールドを、様々な生物が一斉に走るフィデーリスの闘技場で剣闘の次に人気の一大イベントである。
エルムとやったカードの時と同じく、彩芽は賭けには苦手意識があり、賭け札は買わなかった。
だが、様々な異世界の生物を一堂に見物できると聞いてしまえば、それは見逃す事が出来ない。
そう思いながら一般席に座った彩芽は、レース場へと異世界生物が入場するのを待ちながら、主催者席の方を見た。
「ストラディゴス」
「ああ、あいつが伯爵だな」
そこには、主催者席で王の様に豪華な椅子に座る一人の男がいた。
フィデーリスの支配者、件のヴェンガン伯爵である。
彩芽は勝手にいけ好かない中年貴族を想像していたが、遠目に見るヴェンガンは、美しい青年に見えた。
エメラルドグリーンのセンスの良い服に身を包んだ、美しい金髪の青年。
その耳を見ると、鋭くとがっている。
ヴェンガン伯爵は、エルフであった。
「あの人がルカラを……」
彩芽は、ヴェンガン伯爵とその時、目があった様な気がした。
背筋が寒くなり、彩芽は思わず目をそらす。
「どうした?」
「伯爵と目が合ったかも」
「さすがに気のせいだろ。それより、ほら、入場してくるぞ」
彩芽がもう一度チラリとヴェンガンを見ても、椅子から立ち上がって入場してくる騎手と騎馬に拍手を送っているのみ。
特に気が付く変化はない。
気にするのをやめ、気を取り直すと彩芽は、ストラディゴスと共にレースを楽しむ事にした。
『英雄達の入場です!』
足が八本ある角の生えた馬がいると思えば、馬ほどの大きさの狼や、飾り羽の美しい屈強なダチョウの様な鳥もいる。
牙が四本生えたマンモスに、クロコダイルか恐竜かと言うオオトカゲに、極彩色のヘラジカの様な生物。
どんどん入場してくる生物と、生物に跨る騎士甲冑に身を包んだ騎手は見ているだけで面白かった。
彩芽の目には、競馬と言うよりはサーカスの出し物を見ている感覚に近い。
ストラディゴスの話では、ジョースト(馬上槍試合)の槍の様なランスで、後続の騎手は前の騎手を落馬させれば脱落させる事が出来ると言う話であった。
なんとも過激なレースである。
その時、最後に入場してきた騎馬を見るや否や、会場の歓声が一際大きくなった。
それは、全身に甲冑を着込んだティラノサウルスを小さくしたような角の生えた竜であった。
彩芽が見ても王者の風格を十分に感じる程に、圧倒的な存在感がある。
その背中には、竜と揃いの漆黒の甲冑に身を包んだ騎手の姿。
七頭の騎馬が騎手を乗せ、スタートラインに立った。
競馬の様なゲートは無く、代わりに地面の穴から出ている長い鎖が、騎馬の甲冑に固定されていて、鎖の長さ以上進めない様になっている。
騎馬同士は既に威嚇しあい、騎手がどうどうといさめているのを見ていると、あのまま騎馬同士で殺しあってしまったりしないのだろうかと彩芽は不安にしかならない。
太鼓の音が会場に響いた。
ドン、ドン、ドン。
すると、会場は静寂に包まれていく。
主催者席に注目が集まると、司会者が口上を述べる。
『ヴェンガン伯爵様より、お言葉である! 全ての勇者に悔い無き戦いを! 勝者に輝ける栄光を!』
ドン、ドン、ドン、ゴーン。
太鼓が一定の間隔で鳴ると、最後に銅鑼が鳴り響き、騎馬達を止めていた鎖が地下でリリースされ、こうしてレースの火ぶたが切って落とされた。
騎手たちは馬の腹を蹴り、人馬は一体となってフィールドを走り抜ける。
様々な種類の生物がいるので、スタート直後にはバラバラになり、竜と馬と狼と鳥が先頭集団になり、他の三頭は後方集団となり置いて行かれる。
十周を完走するか、自分以外を脱落させれば勝者となる。
その為、後方集団先頭を走っているオオトカゲの騎手は、ランスを後方に構え、それに合わせてマンモスとヘラジカに乗っている騎手もランスを後方へと構えた。
どうやら、後方集団は、先頭集団の壁になって邪魔をするのがセオリーらしい。
ダントツで最先頭を走る竜は、後方集団に追いつくと、ヘラジカの騎手を一突きにして落とし、さっさと後方集団を周回遅れにしてしまう。
オオトカゲの騎手は馬の騎手と前後でやり合い、そこに鳥の騎手が割って入る大乱戦が始まると会場のボルテージもあがっていった。
* * *
レースが終わり、時間は昼と夕方の間ぐらい。
闘技場の次の演目が剣闘だったので、足早に出た二人は、闘技場近くのレストラン、ポレガルに来ていた。
怪我人こそ出ていたが、人死には無く、彩芽も楽しそうだったとストラディゴスは手ごたえを感じていた。
巨人の計算では、あとは食事をして、帰りの馬車でキスをし、そうすればあとはトントン拍子で事が進む筈である。
ちなみに、さきほどのレースの優勝は竜で、他の騎馬は途中で落とされてゴールさえ出来ずにレースは終わった。
彩芽が、これで賭けとして成り立つのか聞くと、単勝は無く、三位までの順位を当てる必要があり、脱落した騎馬は走行距離順なので、逃げていた最後尾の騎馬が十周まわってしまう事もあり、賭けとしても成り立っていると言う話である。
「あ、そう言えば言ってたね」
まず最初にテーブルに運ばれて来たのは、赤ワインであった。
フィデーリスの名物である。
ストラディゴスは指先につまんだグラスに豪快に注ぐと、彩芽の前にグラスを置く。
「今日は、何に乾杯?」
「お前とのデートに」
「じゃあ、ひめとのデートに」
「姫はやめてくれって」
少し弱った顔をするストラディゴスも可愛い。
チンッとグラスが鳴り、二人は昼間から酒を飲みだす。
渋みの少ない甘口のワインで、飲みやすい。
「ふふっ、エドワルドさんに感謝だね」
「うん? まだ地図も貰ってないのにか?」
「手伝えって言ってたね。それじゃなくて、あそこで恋バナしなかったら、このデートも無かったでしょ? ストラディゴスは楽しかった?」
「当たり前だろ! お前と一緒にいるだけで俺は……楽しくない訳が無いだろ! それに、さっきのレース、あれは純粋に熱かった」
「なんか優勝した人、一人勝ちだったね」
「あいつは、相当の手練れだな」
ワインを一口飲む。
「ストラディゴスとどっちが強い?」
「それは、わからないな。エルムみたいな化物もいるからなぁ。まあ、戦場なら誰にも負ける気はしないけどよ、レースなら勝てないだろうな」
その時、ようやく料理が運ばれてきた。
パスタの元型的な形状の小麦らしき粉をこねた練り物の、ホワイトソース和え。
ネヴェルの城で一度食べたカスカポテトとか言う異世界芋のパイ。
表面が爆ぜるまでこんがりと焼いた腸詰肉の盛り合わせと、球形の瓜を塩漬けにしたらしきピクルス。
どれも良い匂いがする。
「美味しそうな食事に」
「食事に」
二人は「ふふふ」と笑い合いながら再び乾杯をすると、食事を口に運びだす。
モチモチとした粉物にホワイトソースが絡まったパスタ的な物は、小さなピリ辛のウイロウとでも表現できる食感と味。
塩味の効いたホワイトソースがよく合い、なかなか美味い。
「デートって感じ」
彩芽の楽しそうな笑顔に、にストラディゴスは照れながら首を縦に振って答え、黙って食事を続ける。
ポテトのパイは城で食べた物よりも味が濃く、どうやら塩漬けにした肉を混ぜ込んである様で少し辛すぎて感じた。
彩芽はワインで流し込もうとするが、ワインを口に含んで味の調和が取れたことに気付く。
どうやら、この店の料理は、ワインと共に楽しむ事で本領を発揮するらしい。
腸詰肉は火が通っているからか、パリパリになった腸がこんがりと焼き色を付けてアクセントになり、ワインと交互に食べると酒は進むし止まらなくなる。
口が飽きる毎にピクルスを挟み、また腸詰を食べる。
「ルカラに何買っていく?」
「ワインと、燻製で良いんじゃないか?」
ルカラにお酒と思ったが、ワインは別口の国も元の世界にもあるし、この世界で未成年への禁酒がある訳が無いかと納得する。
「野菜が食べたいな。うん、ルカラも野菜が足りない筈だよ」
「野菜? キャベツの塩漬けみたいな物で良いか?」
「トマトとかレタスとか、サラダ的な」
ストラディゴスが頼むと、すぐにサラダが持ってこられた。
レタスは千切られていて見た目にも変わりは分からないが、トマトが異世界仕様らしく、黄色いヘチマかズッキーニみたいなのを輪切りにしたら中身がトマトと言う変わった形状をしていた。
試しに食べると、味は普通のトマトと違いが分からない。
塩がサラダにまぶされており、塩味で甘さが引き立っていて結構おいしい。
「これ、市場で売ってるかな?」
「どこにでも売ってるぞ。多少値は張るが」
「そうだ……葡萄って高い?」
「ピンきりだけど、ルカラにか?」
「好きって言ってたじゃん」
「そうだな。帰りに買って帰るか」
「デートの埋め合わせに」「散歩の礼に……っ!?」
二人の言葉が重なった。
ストラディゴスは、酒でほろ酔いのために出たうっかりだったのだろう。
本心が漏れてしまい、吐き出した言葉を飲み込み直す事が出来るなら、是非にでもそうしたい顔をしていた。
「…………埋め合わせに、な」
小さな声で言いなおす。
言葉が重なっていた事で、彩芽が聞き逃している事を願っているのが丸わかりであった。
「ああ、いや、デート。広い意味で散歩っぽいような……」
彩芽は意地悪な顔で楽しそうに笑うと、こんな事を言ったのだった。
「ふふふ……もういいから。でも、ルカラを散歩させるかは、これからにかかってるかなぁ」
これからにかかっている。
と言う事は、可能性はゼロではなく、事実上の合意であるとストラディゴスは受け取った。
これからと言う事は、残されているイベントはキスである。
雰囲気もへったくれも無い、スケジュールに組み込まれた「キスをする」と言うイベントで、帰りつくまでの馬車の上で、いかに彩芽を満足させるかに全てがかかっていると言っても過言ではなかった。
ストラディゴスは、思った。
キスをする事を最初の目的にした事で、ムードを盛り上げる事のハードルが上がっている事に。
本来なら、馬車の上で雰囲気やムードが盛り上がった末に、自然とする筈の恋人同士の接吻。
こうしてストラディゴスは、数時間前の嫉妬して欲しいとか甘えた事を言っていた自分を、早くも恨めしく思うのであった。




