デートのお誘い
「だから……ちゃんと男の人と付き合ったのは、初めてだって」
彩芽が、ストラディゴスが初めてちゃんと付き合っている異性だと伝えても、ストラディゴスは納得しない。
ストラディゴスは、一日で骨抜きにされたのだ。
何も無いわけがない。
それに、ストラディゴスが自分の過去を彩芽に聞かれた事は、確かにダメージがあった。
だが、それ以上にストラディゴスの心を傷つけていたのは、彩芽の態度である。
彩芽がストラディゴスの女性遍歴をエドワルドやルカラと面白く聞いていた事。
もっと言うと、面白く聞いていた事自体よりも、自分の男が別の女と過去に数多の関係を持っている事に対して、フィリシス達との事があったとしても、不快に思っていなかった事が引っ掛かった。
それは端的に言えば、彩芽に少しでも良いから「嫉妬」して欲しいと思っていたのである。
「い~や、告白された事ぐらいあるだろ」
だから、彩芽が嫉妬してくれないのなら、自分が手本として「嫉妬」するしかない。
彩芽の元彼に嫉妬をするストラディゴスを見れば、彩芽ならストラディゴスの気持ちに気付いてくれる筈だ。
たとえ彩芽が言う様にちゃんとは付き合っていなくても、過去の男達が彩芽にした事は、全てしてあげたいとストラディゴスは考える。
過去の誰かは、してくれたのにストラディゴスはしてくれなかった。
そんな事を、愛する者に欠片でも思われる事が許せない。
彩芽の愛情は、少なくとも今は独占している筈である。
だが、慎重に事を進め過ぎた事で、ストラディゴスの中には、彩芽が自分のモノである事を、自分だけの恋人である事を、それこそ他の女達の様に刻み付ける事が出来ていない。
ストラディゴスにとってそれは、一度関を切れば不安がとめどなく溢れ出す大問題であった。
そこには、代替行動が必要となる。
ストラディゴスが考え、尽くし、愛する以外。
発想の外側にある彩芽が喜ぶ事を、しつくさなければ気が済まない。
ところが、思惑とは上手く行かないものである。
「あるけど、五歳とか十歳の時だよ? そんなの聞きたい?」
ルカラより若い時。
ストラディゴスでも、何も無かった事は分かった。
それでも、今は、それでさえも聞きたかった。
「……キスは、したのか?」
「ええぇ、本当に聞きたいの? ……五歳の時に、一度したよ」
ストラディゴスは、自分でも驚いた。
五歳の時に彩芽の唇を奪ったと言う誰かに、自分はしっかりと嫉妬していたのだ。
彩芽も、ストラディゴスが自ら夜這いをかけた女達に対して、自分の様に嫉妬してくれても良いのにと、自分は違えてないと確信する。
「相手は? 場所は?」
「同い年の男の子だったかな。確か、幼稚園バスって、まあ、なんだろ、馬車みたいな奴の上で」
「そいつの名前は?」
「もう覚えて無いよ」
「じゃあ、十歳の時の方は、どこまでいったんだ? 場所は? 名前は?」
「どこまでって……手紙で告白されて付き合うってなったけど、何にも無かったよ。映画に行ったぐらい。名前は、何だったかな、ごめんちょっと、一瞬過ぎて思い出せない。確か他のクラスの子だったと思うんだけど……」
「クラス? 映画?」
「ええと、クラスは、勉強する学校の教室分けの。映画は劇みたいなやつ」
ストラディゴスは、名前も顔も知らない嫉妬の対象にモヤモヤしながらも、彩芽は劇が好きなのかと考える。
「……わかった、今から馬車で劇を見に行くぞ」
「ええぇ、急に何で!? エドワルドさんは!?」
「準備でどうせ明日までかかる。それよりも、俺はお前の元彼が誰だろうと負けたくない。俺が一番お前を幸せにしたいんだ。今すぐお前の見たい劇とやらを見てよ、帰りに飯食って、馬車の上で……」
「キスするの?」
「そうだ……」
ルカラはストラディゴスが急に、彩芽の事を口説き出してビックリした。
と言うよりは、一緒に風呂に入って、一緒に寝ているのに、まだキスごときで躊躇している事に驚いた。
女性遍歴を聞かされた時は、当然彩芽とも肉体関係にあって、今はルカラがいるので何もしないだけかと思っていたからだ。
食事の時に、彩芽が腸詰を食べる姿を見ていた時のストラディゴスの目は、いやらしい事を考えている男の物であった事はルカラも気付いていた。
「そんな、小さい頃の話で張り合わないでよ。まさか嫉妬してるの?」
「そうだ。だって、そうだろ。俺がまだアヤメにしてあげられてない事を、そいつらはしてるんだぞ」
「…………もしかして、だけど…………さっきの話、私にも嫉妬して欲しかったの?」
ストラディゴスは思いが伝わった事の嬉しさに、連想ゲームが伝わった少年の様に首を縦に大きく振った。
彩芽は、ストラディゴスが不貞腐れていた理由が分かり、また可笑しくなってしまう。
「何が可笑しいんだよ……」
「だって、ストラディゴス、かわいくって」
彩芽が「ふふふふふ」と笑いながら言うと、ストラディゴスは目を丸くした。
かわいいなんて言われた事は、一度も無かった。
それも、嫉妬をする姿をかわいいと形容されるとは、思いもよらない。
その横で、ルカラは面倒臭い人だなとストラディゴスを見ながらも、やはり可愛く見えていた。
「でも、私がストラディゴスにして無い事ってさ、多すぎない?」
「それはそうだけど……」
「わかった。機嫌がなおるんなら、行こう。デート」
「いいのか?」
「私も、さっきのは茶化してごめん、そんな落ち込むとは思わなくて。嫉妬もさ、して欲しいのは分かったけど、やっぱり出来ないよ」
「俺には、そこまで魅力が無い……のか?」
「あはははは、ストラディゴスの事は好きだよ。この世界で、ううん、私の知る世界の中で一番好き。ちゃんと考えてみてよ。嫉妬するなら私じゃなくて、逆じゃない?」
彩芽に指摘され、ストラディゴスは思った。
全くその通りであった。
ストラディゴスに最も大事にされている事を自覚している彩芽に、嫉妬をする理由など無かった。
ストラディゴスは、彩芽の元彼に嫉妬している自分が、彩芽に愛されている実感が嫉妬で良いから欲しかっただけだと気付く。
自分も、無理をして嫉妬する必要など無かった。
不貞腐れる必要も、もうない。
「それでは、デートに行きませんか? 私のかわいいお姫様♡」
テーブルの上に立った彩芽に、高い目線から、まるで白馬の王子様のようにデートに誘われたストラディゴスは、キュン死にしそうになった。
思わず彩芽の差し出す手を取ってしまい、胸の高まりが止まらない。
「ルカラ、埋め合わせはするから、少しだけ出てきていい?」
「どうぞご自由に、なんなら、戻って来たら散歩にでも出ますんで」
「……ルカラって、その、そう言うのって、知ってる?」
「そう言うの?」
「子供の、作り方とか……」
「まあ、普通に。見た事ぐらいはありますよ。と言うか、さっきストラディゴスさん散々言ってたじゃないですか」
「あ、うん。知ってるなら、いいから。ありがと……」
彩芽は、恐々とストラディゴスの顔を見た。
そこには、純粋すぎる無垢な期待に胸を躍らせる、まるで本当に王子様の誘いを受けた少女の様な眼差しがある。
それを見て彩芽は、巨人の事をやはり可愛いと思うのであった。




