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私は異世界で百合の花園(ハーレム)を創ることにした。  作者: 虹蓮華
第2章「異世界生活を快適にしよう」
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本編2-16「嗚呼、無上なり我が家の光景」

 その後は些細な問題も一切無く、私の心に平穏が訪れぬまま無事にエングリンドまで到着。

 協会の方には、早馬で既に詳細を伝えてあるので、簡単な完了報告を済ませればこれにて解散だ。


 回りで俄かにお疲れ様会が囁かれ出す中、ベルカさんが真っ先にお誘いを掛けてくれたので、丁重にお断りする。

 自分達より上位の者が断られた手前、下位の自分達が誘うのは憚られたのか、私達に向けられていた視線に遠慮が混じる。その機を逃さず、そそくさと速やかに死地から退散した。


 寄り道もせずに、真っ直ぐに我が家へと戻る。門の内側では何時からなのか、シアが直立不動で待機していてくれた。私達が近付くと、最適な距離で門扉が開かれる。


「お帰りなさいませ。クスハお嬢様、ティアお嬢様。エマ様も。お疲れでしょうから、先ずは居間でお寛ぎ下さいませ」


 深いお辞儀から姿勢を正し、先導しようとした彼女を正面から抱き締める。


「ただいま。留守の間、良く家を守って居てくれたわね。ありがとう」

「勿体無い御言葉に御座います」


 彼女は素直に、私に全てを委ねてくれる。控えめに笑ったいじらしさに、もっと大きな感謝を伝えたくなった。彼女の唇に触れるか触れないかの近さで、チュッと軽く口角に口付けを落とす。


 お互いの顔は直ぐに見合う位置に戻り、『あら、まあ……。クスハお嬢様ったら……』なんて妖しげに微笑んだ後、


「お戯れを……。ですが、有難う御座います」


 そう言って、するりと私の腕の中から抜け出した。彼女も『いつもの事』と慣れたもので、卒の無い対応を返してくれる。

 ティアもこれには何も言わず、エマちゃんは未だに慣れないのか、指の大きく開いた手で顔を隠していた。


 シアへの直接的な魔力補充を済ませたので、改めて彼女を先頭に、玄関まで続く舗装された外庭を歩く。

 元々それなりの大貴族が所有していたお屋敷なだけあって、直線にして五十メートル近くもある。

 貴族の豪邸と呼ぶには短いが、庶民の感覚からしたら家何件分だろうという広さ。何となくで歩く分には大した事無いけれど、一々出迎えで赴くにはやや億劫になる、微妙にして絶妙な距離感。


「ねえ、シア。門番って、何が良いと思う? やっぱり、ゴーレムかなぁ……」


 前を歩く、侍従にして仲間でもある女性へと、尋ねる。


「門番、という括りに拘りますれば、シィサが宜しいかと存じます」


 首だけで振り返りながら、歩みを止める事無く答える。


「シィサか……。成程、確かに門や家を衛るのが目的なら、これが適任ね。役目に必要な強度を考えるなら、創る素材はゴーレムよりかは上等な物が良いかも知れないわね。上質な金属か……」


 考えを転がしている間に、玄関に到着してしまった。シアが開けてくれた扉を潜り、靴を脱いでスリッパに履き替える。

 この世界での地人族の生活圏では、室内でも土足を履いて生活するのが基本となっている。それに対し、森人族は、家の中では靴を脱いで生活するのが当たり前。

 言わずもがな、裸足。靴下すら無い世界なので、それは仕方が無いね。


 それで、ティアの家では楽出来ていたのだけど、この街に来てからはずっと履きっぱなしの毎日。脱ぐ時と言えば、湯浴みの時と寝る時だけときたもんだ。


 元から、家に居る時は素足を好んでいた私としては、これは非常に辛かった。ティアも、何か思う所があったようだ。

 そこで、この家では土足厳禁とした。逆に、エマちゃんやシアが最初の頃は戸惑っていたけど、慣れて貰う為に妥協案も兼ねて、スリッパを用意した。

 大きなお屋敷の中を裸足で歩き回るのも、それはそれでどうかと思ったしね。そのお陰もあってか、2人も直ぐに馴染んでくれた様で何より。


 今では、全員がスリッパと素足がほぼ半々の状態で生活を送っている。まぁ、結構な頻度で、ティアは裸足で移動してたりするんだけれども……。

 シアはシアで、侍従としての矜持なのか、殆どをスリッパ着用で従事してくれる訳だけれども……。私も気分で、履いたり履かなかったり、だ……。

 、

 話がずれた。居間へと移動する。


 屋敷内では堅苦しい主従の縛りは気に食わなかったので、最小限。シアが一々先回りをして、扉を開く必要は無い。

 彼女が先行するまでもなく、自分の手足で行動するのがこの家の基本だ。シア本人は、侍女としての本分か世話を焼きたがるのだけれど、そこはそれで彼女の自由意志に任せている。


 今は、私の前には誰もいない。自らの手で扉を開ける。


 庶民の家の敷地面積よりも広い空間の一部屋には、扉から入って手前に十人が一度に座れそうな長方形の机、

 その奥には十二畳もの大きさの絨毯が敷かれている。その横には、座面の深い布張りの凭れ椅子が縦と横に二脚据えられており、一つにつき3人座ってもまだ余裕がある。


 私はそれらの座具には目もくれず、絨毯の真ん中で丸まっている白いふわふわへと直行する。


「タマモ~。会いたかったよ~、寂しかったよ~~」


 駆け寄った勢いを維持したまま抱き抱え、正面の凭れ椅子に背中から飛び込む。


「んふー。うりうり~」


 頬擦りをしてもふもふを顔全体で堪能するも、直ぐさま腕の中から飛び出してしまった。

 抜け出したタマモは綺麗な放物線を描いて、丁度目の前に立っていたティアの胸へと着地する。


「あらあら……」と笑うティアに頭を撫でられ、とても気持ち良さそうだ。


「そんな! タマモもティアのおっぱいの方が、気持ちが良いって言うの!?」

「きゅいっ、きゅきゅいー!」


 私が絶望の声を上げると、逆に非難めいた視線と鳴き声を返されてしまった。


「そんな訳無いじゃないですか……。タマモはクスハと違って、色情狂いではありません。ただ、クスハのタマモに対する接し方が、過剰過ぎるだけです」

「がふっ……。色情狂い……。私はただ、全身を使って皆と親睦を深めたいだけなのに……」


 パタリ。隣に座ったティアの膝上へと、頭を委ねる。顔の横では尻尾がゆらゆらと揺れ、その度に頬を掠めるものだからむず痒さを感じてしまう。

 更にはタマモを抱く事で拉げた南半球が眼前へと迫り、中々にお目に掛れない絶景に本気で情欲が首を擡げる。


 ペシリッ。タマモの尻尾が一際強く私のこめかみ辺りを叩き、その後、もぞもぞとティアの腕の中で身動ぎしたと思ったら、私の顔を避けながらも私のお腹の上に移動して、丸まって寝そべった。


 あれ? これって、好きに愛でて良いってこと? 可愛いヤツめ。今度は優しく、背中の毛を梳く程度に留める。


「あの……、それで、クスハお嬢様? そろそろ色々と、説明して頂いても宜しいでしょうか?」


 凭れ椅子の横に控えたシアが、これ見よがしに大きな溜息を吐いた。それでも、同時にこの場でお茶を楽しむ時用にと設えた、小さな折り畳みちゃぶ台――通称、お茶台――を淀みなく準備する様は、流石は優秀な侍従長を務めた所作だった。


 3人分の紅茶が供されると、「シア、貴女の分も用意なさい」そう、指示をする。


「畏まりました」彼女はそれだけを告げて一礼すると、給仕台車から自分の分も同じ作りの茶器に紅茶を淹れ、絨毯の上、対面の位置に腰を降ろした。


 その時には既に、私は上体を起して座り直し、タマモを膝に抱え直す。


「ん……。何時も通り、とても美味しいわ」「有難う御座います」


 先ずは私が口を付け、次いで皆も其々口に含み、それを見届けたシアが一口飲んだところで、遠くの長机付近にいた新たな住人を呼び付けた。


「ハヤテ、此方まで来なさい」彼女が間近――と言っても絨毯の端っこの方だけれど――まで近付いたのを確認してから、


「シア、紹介するわ。この娘は、ハヤテ。依頼先で保護したグリフィスで、私の能力で獣人族に創り変えた女の子よ。隷属の配下……それとも、眷属と言った方が正しいかしら。成り立ちは貴女に似ているけれど、貴女は私達と同輩、この娘は私の隷下でしか無いから、変に気を回さなくても大丈夫よ」


 シアが自分の不安定な立ち位置に気後れしないよう、念を押しておく。


「それでね、この娘を貴女に預けようと思うの。侍従見習いってヤツね。世間一般では、従僕や下女って呼ばれるのかしら。貴女の部下って事になるわね。貴女が態々やる必要の無い、細々(こまごま)とした雑用は全部、彼女にやってもらう。その代わり、貴女は私達の身の回りの世話に専念して頂戴」

 最初は教育で大変だろうけど、これで貴女の負担が少しでも楽になるなら、それは私の望むところだわ。しっかりと鍛えてあげてね。ああそれと、今後も使用人は増やす予定だから、その積もりで――そう、付け加えた。


 彼女は暫くの間、何か考え事を巡らせていたのか逡巡した後、立ち上がり、


「お心遣い、感謝致します」


 深々と、それはもう、深々としたお辞儀で、返された。


 うーん。一応、僅かな勘違いや禍根も残さない為に、補足しておくか。


「シア。貴女が前生で死んだ時は、上位貴族家の侍女だったけれど、それでも元々は中位貴族家の娘。貴女には、一人の女の子としての幸せを享受し、全うして欲しいと考えてる。だから、侍従として家事を取り仕切ってくれるのは嬉しいし、助かってるし、その信念は汲むけれど、貴女はもう少し、自分に自由になって良い。分かった?」


「はい、勿論です。心得ておりますよ、クスハお嬢様」


 そう、微笑んだ彼女は、泣きそうだった。本人は悟られまいと精一杯の笑顔を作っていたけど、誤魔化しきれてないよ。そこには突っ込まずに、黙して一旦、喉を潤す。


「さて、そんな訳だから、これからは家事手伝い、小間使いとしてこの家で働いて貰う事になるわ。……何か質問は?」


 所在無さそうに立ち竦んでいた、ハヤテに向き直る。突然話を振られた彼女は、しかして、慌てて佇まいを直すと、


「か、畏まりました。ボクでよければ、精一杯お役に立てるよう、頑張りたいと思います。えっと……、クスハお嬢様」


 ぎこちない動作で、シアを真似するように腰を折り曲げた。それを見ていたシアが口を開きかけるも、片手でそれを遮って引っ込ませる。


「ああ、これも事前に説明しなきゃか。上司を見習う姿勢は結構。でもね、私達の呼び方に関してだけど、私やティアに『お嬢様』を付けて呼んで良いのは、同列のシアだけ。特別な意味合いがあるの。彼女はこの私にでは無く、この家に仕えるって言うね。でも、貴女は違う。貴女は私に仕える身であるのだから、私の事はご主人様とか、『主』を使った言葉で呼びなさい。他の皆には、様付けで。後、自分を指し示す言葉には、特に制限は設けません。言葉使いも、時と場合さえ弁えられれば不問とします。見栄や体裁、格式なんかとは無縁のお家だしね。必要な給仕や家事さえ覚えてくれれば、それで十分。それ以上を望むのは……、まあ、本人の自由だけど」


 最初から途中まではハヤテに言い、後半はシアに伝えて、締めは再びハヤテへと向けた。


「承りました。では、その様に取り計らいます」

「し、失礼いたしました、その……、あ、主様には喜んでいただけるよう、努力いたします」


 二者二様の対応で、反応を返す。私とティアだけがこの家に住んでいたなら、ここまで面倒くさくは無かった。


 エマちゃんも住み込みで同居の身なれど、彼女は一応は客人扱いである。今の所。

 それに対し、私はこの家の主人で、ティアはその伴侶……妻なのだそうだ、シアの中では。


 なので、シアは私達の呼び方にひどく困惑した。

 お客人と家主の呼び方を一緒にする訳にもいかず、放って置いたら私の事を、『旦那様』ティアの事を『奥方様』とか呼ぶような事を――笑みを含みながら――仄めかしやがったので、必死の思いで『お嬢様』呼びの理屈とこじ付けを引き出した。


 あの時の私、よく頑張った。シアが不服そうに頷き、ティアが心底不満そうな顔をしていたのは、見なかった事にした。


「うん。それじゃ、話も纏まった事だし、ご飯にしましょうか。もう、お腹ペコペコ。シアの作る美味しいご飯が恋しいわ。その後は親睦深める為に、皆で一緒にお風呂に入りましょ……」


 そう言ってゆっくりと立ち上がる私よりも先に、ティアとエマちゃんが立ち上がった。


「なら、今日は私も何か一品、作りましょう」

「私だって、腕を振るっちゃいますよ!」

「おや、これは負けて居られませんね……」


 あれ? 今日って確か遠征組は、帰宅直後で疲れているからって、シアに全部お任せるって話で纏まっていなかったっけ……? 3人とも柔らかく笑い合っているのに、背後には虎や龍、ワンコが滲んでいるぞ!?


 シアを先頭に、ティアとエマちゃんが隣の扉一枚隔てた食堂兼厨房へと向かう。

 私もタマモを肩に乗せ、後に続く。最後にハヤテ。


 食堂と厨房は其々別の部屋として区切られていたけど、改装時にその壁を取っ払って、対面式にして一つづきにした。

 お陰で、皆で和気藹々とした料理風景がこの家での日常となっている。しかし、何故だか今日は、妙な緊張感が漂っている。


「あの~~。私も何か、手伝おっか?」

「クスハはそこに座って居て下さい!」

「あ、はい……」

「ハヤテは此方に来て、私達の補佐をなさい!」「は、はい!」


 居心地の悪さに手伝いを申し込むも、一蹴されてしまった。他の二人からも、同時に同じ様な事を言われた。

 替わりにハヤテがシアに呼ばれ、厨房へと入った。仕方無いので、何時もの場所に腰掛ける。


 正直、私が厨房に入ったところで出来る事は少ない。簡単な物は作れても、味は二の次三の次。レンチン最高。


 あの3人の作る家庭的でありながら手の込んだ料理の数々には、頭が下がる。私も出来なきゃ駄目だよね、うん。

 今日は何故だか厨房に入れて貰えないけれど、彼女達の作る力作に期待を馳せつつ、一人手持ち無沙汰にタマモの顎を撫でた。




 食事も済み、私も加わって手早く洗い物を終わらせたら、お待ちかねのお風呂へ。別に、皆のハダカを愉しむのが目的じゃないよ? 私は詳しいんだ。

 この家のお風呂は銭湯の様に広い。広く作った。広いお風呂は気持ちいいよね。それだけだよ、ホントだよ? 


 この家のお風呂に入る時だけは、聖霊ちゃん達もみんな顕現する。ホムラとスイが大人しく体を洗っている横で、フウとミコトが泡塗れで走り回るのも日常茶飯事。

 あ、泡合戦を始めやがった。巻き添えを食ったホムラとスイが熱湯の牢獄を作り、その中に閉じ込められたフウとミコトが溺れているのを意識から追い出し、湯船に浸かっている皆に切り出す。


「シアとエマちゃんだけどさ、山人族について何か知ってる事ある?」

「山人族……ですか? 世間一般で知られている事以外は、何も……」

「私も、山に住んでいて、物作りが得意で、褐色の肌をしている事意外は知らないです」

「そっか……。それじゃ、何処に住んでいるかとかは?」

「それでしたら、詳しくは存じ上げて居りませんが、ミルデン山脈の山中、深い森を抜けた先に住んでいると言われています」

「それは中々、曖昧な情報ねぇ……」


 思わず苦笑してしまう。


「山人族の集落は、そう簡単に行き来出来る様な場所では無いんですよ。エングリンドとミルデン山脈の間にはミルドの大樹海があるので、大きく迂回しなければならず、その所為で、私達の国と山人族さん達との間で交流は、殆ど無いのが現状なんです」


 成程。エマちゃんの解説に相槌を打って、宙を仰ぐ。


「皇国としても山人族の鋳造技術や武具防具には多大な魅力を感じているのは確かなのですが、ミルド樹海が妨げになっておりまして、その一つが、聖霊の森への不可侵性。もう一つが、巣食う魔物の危険性ですね。山に近付く程、魔物や魔獣は強くなる傾向にあります。実は、私が前生においてお仕えしていたヴォルディミーク家は、山人族の集落の捜索と、ミルド樹海を貫く交易路を開拓する任を当時の大皇陛下から下命されていたのですが、調査も思わしく無かったみたいです。御当主様も本気で取り組んではおられないようでしたし、何よりも軍拡による戦争を、危惧されてましたから」


 あー、うん。実現可能な計画では無いわな……。この国ってもっと利口だと思ってたんだけど、それって最近になってからの話なのかな? まあ、いいや。


「ところで、何故山人族の集落の事を?」


 シアが、当然の疑問を口にする。


「んー、それはねー。自分専用の武器や防具が、欲しいなって思って。そこらで売ってるヤツじゃ、使い物にならない事が判明しちゃったからねー」


 両手を後頭部の位置で組んで、軽い口調で答える。


「え? でも、クスハさんって自分で武器とか創れますよね?」


 エマちゃんからも、疑問の声が。


「いやー、創れるって言っても、アレは魔力を実体化させてるに過ぎないのよ。現出させている間は常に魔力を消費しちゃうし、現実的じゃないのよねー。それに、作って貰うってよりかは、金属を融通して欲しいってのが主目的かな?」


 やれやれと首を振る。


「そう云う意図が御座いましたか……。お役に立てず、申し訳ありません」


 シアが態々御丁寧に、謝罪の意を示す。


「いいのいいの。山人族がどんな立ち位置で、どの位の認識なのか理解出来ただけでも、充分な収穫よ。そうなると、絨毯捜索が必要かなぁ……。メンドくさいなぁ……」


 ヒラヒラと片手を振ってそれを制し、再び頭の後ろで手を組み直す。


「おねえちゃん! その格好はエッチ過ぎる! 無防備過ぎるよ! おっぱいが強調されてて、もう水面から半分以上出ちゃってるよ!!」


 じゃれ合いは終わったのか、水牢から解放されたフウが湯船の縁まで駆け寄り、指差し身を乗り出してそんな事を指摘してきた。

 言われて視線だけを移して首から下を眺め降ろすと、背中を後ろの縁に凭れさせて半分寝そべり、両足を足首の辺りで交差させた自分の肢体が目に入った。

 胸の先端が、水面で見え隠れしている。


「フフン。何を言い出すかと思えば、そんな事か。その程度で動じるこの私では――」

「クスハ。はしたないのでちゃんと座ってください」

「ア、ハイ。スミマセンデシタ」


 顔を赤くしたティアに、怒られてしまった。居住まいを直す。

 エマちゃんからも、横目ながら好奇の目で見られていたらしかった。ティアやシアは、諦めた目でガン見していたのだけど……。


 エマちゃんには狡獪さが足りない。女同士なのだから、肌のふれあいに慣れてもらわねば。すぃーっと静かに泳いで接近を開始。


「あの……、山人族の集落でしたら、ボク知ってます」


 何ですと? 思わぬ方向から思わぬ発言が。エマちゃんの程よいたわわの果実までもう一歩のところで、上体を起す。


「それは……、正直予想外だったわ。詳しく教えてもらえるかしら? ハヤテ」

「は、はい。ボク達はお山から麓の森まで逃げて来たんですけど、そのお山からもっと大きなお山まで行くと、お山とお山の隙間に集落がいくつかありまして、それらは山人族のものだと、以前父上から教えてもらったことがあるんです」


 はい、確定情報キタコレ。


「でかした! 大手柄よ、ハヤテ!」


 私は彼女の背後まで素早く移動すると、膝で抱えてお腹にも手を回し、固定した後に両手で頭を後ろ方向へ撫で付ける。偶にこしょこしょと耳羽の先を弄ってやると、艶かしい吐息が漏れた。


「んふー、可愛いわねー」


 顎の輪郭を中指の腹でなぞろうものなら、「あ、あの! んん!?」と声を押し殺して悶えてくれる。ヤバイ、癖になりそう……。


 ふふっ、ティアさんとシアさんや、そんな羨ましそうな目で見ても、今はお預けだよ。これは功労者に対する、ご褒美なんだからね。

 エマちゃん、目を逸らしちゃ駄目だよ。両の掌で顔を隠しているけど、両目ががら空きだよ。この程度の交流、早く慣れないとね。見る意味でも、される意味でも……。


 顎の先端で止めた中指を、今度は下へと方向転換。顎下を通り、喉も通過して鎖骨の付け根へと至る。


「みぃーー」


 横から、頬の緩む鳴き声が聞こえた。

 錆びた機械のように段階的に首を動かすと、そこにはじゃれていると思ったのか、構って欲しそうなタマモが浮かんでいた。

 尻尾をふりふり、遊んでと訴える無垢な一対の瞳が、私の中の熱を冷ます。


 ハヤテを解放すると、タマモを後ろ向きに膝に乗せて、肉球をプニプニと弄って心を落ち着かせる。


「それじゃ、ハヤテに道案内をお願いするとして、出掛ける時は皆で行くから。今回は旅行みたいなものだから、シアも同伴ね。出発は……、四日後でいっか。念の為、七日分位の余裕を持って準備して頂戴」

「分りました」「畏まりました」「え? 七日って、片道分ですら無いですよ!?」

「ああ、エマちゃん。それは馬車での話。私達は空を飛んで移動するから、そんなに掛らないのよ」

「は、はいぃ!?」



 彼女が全てを理解するには、もう少し時間が必要そうだった。


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