本編2-3「別たれし路も、やがては別の路と交わる」
「それでは、こちらが依頼報酬と提供報酬になります。お確かめ下さい。提供報酬に関しましては暫定値となりまして、今後の研究と調査次第で不足分が発生した場合、追加でお支払いさせて頂きます」
そう言って、貨幣の詰まった革袋を木の四角いお盆に載せた状態で、アルメリアさんが差し出してくれた。私は一言お礼を述べてから報酬袋を受け取り、そのままの足で目的の人物を探す。その人は、何時もの席に何時もの珈琲を飲んで座っていた。
「相席、良いですか?」
私は傍まで移動し、問い掛ける。勿論、ティアとエマちゃんも一緒だ。チラッと私達を一瞥した男性は、直ぐに手元の茶飲みに視線を戻し、「どうぞ」とだけ短く答えた。
「有難う御座います」
ニコリと笑って返すと、隣の席から二脚の椅子を拝借する。
男性が座っていた席は二人用の丸机だったのだけど、そこに無理矢理4人分の椅子が並べられ、窮屈に囲む。正面には私が座り、代表して挨拶した。
「御無沙汰してます、マコーミックさん」
右隣にティア、左にはエマちゃんが其々、「失礼致します」「し、失礼します……」
ティアは自然な態度で、エマちゃんはおっかなビックリな様子で、各々座った。
「ああ、久しぶりだな。君達の活躍は、最近良く耳にしているよ。女性だけの組隊でこれだけの活躍を見せたのは、〔紅雷〕以来だと、協会内でも持切りだ」
薄く笑って見せたマコーミックさんは、しかして、目の焦点はどこか別を見ている気がした。
「それと、俺は“マコーミック”では無く、“ヴェルク”だ。次からはそう呼んでくれ」
茶飲みを丸机上のお皿に置き、深い溜息を一つ吐いてから、私とティアに告げた。
「それは大変失礼致しました。次からは、その様に呼ばせて頂きます」
私に代わって、ティアが返答した。
「あの……、この方は?」
エマちゃんが私に説明を求めてきたので、言葉を選んで紹介する。
「えっと、この人はね、私達が冒険者を始めた頃に、色々と初歩を教えてくれた人なのよ」
「そうだったんですか! 私は最近、クスハさん達の仲間にして貰った、エマ・シュトーゼンと言います。宜しくお願いします」
座った姿勢のままであるが、ペコリとお辞儀したエマちゃんに一瞬だけ目を見開き、
「エマ・シュトーゼン……。若しかして君は、アドルとメリッサの一人娘か!」
飲もうとしていた珈琲を置いて、驚いた様子でエマちゃんの顔を凝視していた。
「え? 両親をご存知なんですか!?」
エマちゃんも、驚いた顔で聞き返していた。
「ああ。オジサンは昔、君のお父さんやお母さんと一緒に、冒険者をやっていたんだ。同じ組隊でね、君の両親には何度も助けて貰ったよ。アドルの奴が、メリッサを射止めて結婚しやがったのは衝撃的だったんだが、その後、子供を授かったのを機に用具店を開くっつって引退しちまって、メリッサが亡くなってからは色々あって疎遠になっちまってたんだけどな。そうか……、その子供も、もうこんなに大きくなっていたんだな……」
ヴェルクさんは、茶飲みに入った黒い液体を見つめる。ふと、そこから目を離すと、困ったような、悲しそうな顔をエマちゃんに向けた。
「ところで、その……、アドルは今、元気にやっているのかい?」
「は、はい。その時の様子は良くは覚えていないんですけど、お母さんが死んじゃった時は相当に荒れていたって、聞いています。ですがある時、私が泣きながら怒ったら途端に落ち着いたって、伯母さんから何度も教えられました。相変わらず仕入ればかりで商売っ気が全く無いのが困り物ですが、私もお店や家事を手伝ったりして、今では楽しく過ごしています。……えっと、いました?」
なんだか、最後に締まらない曖昧な言葉が残されて、ヴェルクさんが顔を顰める。
「ん? いました?」
「あ、あのですね。違うんです。今はクスハさん達の固定組隊として一緒に冒険させて貰っていて、その関係上、今はクスハさん達の所にお世話になっているんです。なので、今はお店にはお父さん一人だけって意味です。でも、今はもう元気ですよ!」
しどろもどろになりながらも、なんとか言いたい事を言い切った彼女。
「よく頑張ったわね」
えらいえらい。エマちゃんの頭を撫でてやる。真っ赤になって「あう……」と俯く彼女を愛でていると、
「そ、そうか。それにしても、良く冒険者になる事を許して貰えたな。見た所、容姿は若い頃のメリッサにそっくりだが、戦闘には不向きに見える。どちらかと言うと、アドルの様な裏方の方が適していると思うのだが、何も言われなかったのか?」
続けて発せられたヴェルクさんの質問に、エマちゃんは真剣な表情になる。私も、手を除ける。
「勿論、最初は反対されました。私に、戦闘の才能が無い事も理解しています。ですが、昔からお父さんとお母さんの冒険の話をよく聞かされて、憧れていたんです。お父さんだって、力ではなく知識で活躍したって聞いています」
「しかしそれは、こう言っては申し訳無いが、彼は男だったからだ。最低限の筋力はある。しかし、君はどう見ても戦う力を持たない小さな少女だ。最低限、自分の身を守れなければ、冒険者は務まらない」
厳しい言葉が、次々とエマちゃんに突き刺さる。しかし、彼女は既にこの問題は乗り越え済みだ。
「それも承知しています。ですので、今はクスハさんとティアさんに修行を付けて貰っています。確かに、お二人に手伝って貰ってはいますが、それでも、自力でトルプになるのが条件の一つなんです。その上で、クスハさん達に仲間として認めてもらって、一緒に冒険者として行動出来るようになるのが、認めて貰う条件なんです!」
彼女の必死な訴えに、
「『守ってもらう』では無く、『共に戦う』と?」
少し力の篭った視線で問い掛けるヴェルクさん。それに対し、
「はい!!」
力強く頷くエマちゃん。彼女の瞳から本気度を解したのか、ヴェルクさんはふっと頬を緩ませ、
「そうか、それだけの覚悟があるか……。なら、これ以上は何も言うまい。――ところで、彼女はどこまで君達の力を知っているんだ?」
今度は私に向かって、質問をしてきた。
「ティアが聖霊の巫女で、私が聖霊の力を使えるところまでは話してある」
「ほう……? この子には、自分達の本当の姿を教えているんだな」
「本当の姿とか、言っている意味がよく解かりませんが、仲間に隠し事をするのは私の流儀ではありませんので」
飄々とした口調で、キッパリと答える。それを聞いたヴェルクさんは、
「ふ、そうだな……。仲間に隠し事なんてしてちゃ、冒険者なんて務まらないからな。うん。君達が実力を隠さないってんなら、この子は世界一安全だ。安心したよ」
優しげな目で、口元だけを緩めて笑ってから、クピリと少量の珈琲を喉へ流し込んだ。
感傷に浸っているヴェルクさんには悪いが、私としても雑談をしにきたのでは無い。そろそろ本題に入らせてもらおう。
「ところで、ヴェルクさん。ここ最近依頼を請けていて感じた事なんですが、なんか、上位種の数がやけに増えている様な気がするのですが?」
私が疑念を口にするや否や、これまでの歓談で綻んでいた表情を正し、変わりに鋭い眼光で顔を引き締めた、ヴェルクと名乗る冒険者協会の支部長がそこにいた。




