本編1-23「クスハ、家を手に入れた(事実上)」
さて、これで主目的は果たしたので、後はお邪魔虫を処分するとしますか。
「シア、今でもまだ制御してるの?」
「はい……。あ、そうか……。だから、クスハ様がこの屋敷に訪れた時に、話し掛ける事が出来たんですね。普段であれば、抑えるのに精一杯で、そんな余裕なんてありませんでしたから」
「なら、今からは私が完全に引き継ぐわ。解除しても大丈夫よ」
「畏まりました。それでは、後は宜しくお願い致します」
敷地内の、全魔力の流れを把握し、掌握する。
「行くわよ! みんな!」
「「はい!」」
正面の大扉を勢い良く開け、一歩一歩踏みしめる様に中へと進む。
悪霊は御丁寧にも、玄関先の大広間で待ち受けてくれていた。
ふんっ。シアみたいな幽霊と違って、意識は無いのか……。
侵入者への敵意と殺意だけが、ただ闇雲に迸っていた。
「五月蝿い」
駄々漏れの悪意も含めて、その上から丸ごと、圧縮した魔力で圧し潰す。
「これは……、スペクトラム・ソウルイーター、でしょうか……。いえ、魔力の規模からして、上位種として見るのが妥当でしょう。となると、アストラル・ソウルイーター、と言ったところですか」
冷静に敵を分析する、解説者のティアさん。
「思ったよりも厄介ね。本体はコイツだけど、魔力が建物全体に染み付いてる。全部引き剥がす必要があるわ。ホムラ、スイ、フウ、ミコト! お願い!」
「任せて!」
「行って来るの……」
「ガッテン、承知の介」
「おぶつはしょうどくだ~」
安心感のある二声と、頭の痛くなる二声で返事すると、霧状になって魔力の中へ溶け込んでいく。
フウとミコトの将来が凄く不安になってきた……。
待っている間、育ちつつある頭痛の種を隅に追いやり、暇なので悪霊の本体を分析する。
顔が浮かんでは消える様子は、見ていて中々に気持ちが悪い。
「ティア、ソウルイーターって、どんな魔物なの?」
「生命の源である、霊体を直接捕食、取り込む魔物です。通常は、中小動物が被害を受ける程度でして、それをデスプレディッタと呼び、人が襲われる事はありません。何故なら、人には聖霊様の御加護がある為に、霊体は干渉を受け付けないからです。ですが、それを突破出来るまで強くなってしまった個体が稀に現われまして、区別する為に、別の名称で呼んだのが、ソウルイーターとなります」
「つまり、一般的な感覚だと、結構な脅威って事ね」
「そうですね。顔の数が多いほど、強い固体となります」
「私の知る限り、これまでに30名以上は捕食しております。それと、捕食した魂が強いほど、その力を増しています」
「成程。それで、私達が屋敷に入るのを阻止しようとしてたのね、シア」
「はい。現時点で、既に限界を迎えておりました。これ以上強くなってしまった場合、私の抑制を振り切り、周囲にも被害を齎せるのは確実でしたので……」
「確かに。見せ情報通りの強さなら、最悪のエサにしか見えなかったでしょうしね」
「ただいま、クスハお姉ちゃん。待たせたわね」
お、丁度良い所で帰って来たわね。
「ん、お帰り。それと、ありがとうね、みんな」
「らくしょー、らくしょー」
「ごむぱっきんまで~、きれいさっぱり~」
「ついでに、簡易結界も張って置いたの……」
みんなの頭を撫でる事で、褒めてやる。
「それじゃ、一箇所に纏めて頂戴」
全ての魔力が集められると、元の3倍くらいにまで増加していた。
「これ……、人が対処出来る次元なの?」
「少なくとも、あの冒険者協会に居た人達では、全員でも無理でしょうね……」
「私じゃなきゃ、詰んでるってどうなのよ……」
この世界には、規格外の化け物が其処彼処に溢れてるとでも言うの?
「そんな訳無いでしょ」
「でも……、だからこそ……、人間種には“勇者”が必要なの……」
私の思考を勝手に読み取ったホムラとスイが、突っ込みと補足を入れてくる。
そう云うカラクリか。
「ところで、魔霊ってどうやって倒すの? 実体のある魔物みたいに、魔核でもあるの?」
「それなのですが、魔霊の場合、魔核自体が霊体化してまして、同等以上の逆位相魔力を直接ぶつける事で、対消滅させて純魔力化させるんです」
「よし。それじゃ、やってみましょう」
本来その必要は無いのだけれど、気分的に右手を魔霊に翳す。
魔霊を覆っている魔力の殻に、力を注ぎ込む。
その上で直径も狭め、3メートルだった球を1メートルまで圧縮する。
同時に、左手にも1メートル程の魔力球を練ってゆく。
「さてと、この位で良いかな?」
黒い稲光が走り回る球を眺める。
「いえ、完全に過剰投入です。その10分の1で充分です」
「え? そうなの!? 《創造》と違って自分で調整する分、調節が難しいわね」
全開状態の弊害か、物差しの尺度に大きな隔たりがあるようだ。
仕方無いので、《創造》で最適な分量を思い描き、それに近づける。
これで完璧。
「それじゃ、砕け散れーーーー!」
これまた必要無いが、気分的な問題で、大きく振り被って投げ付ける。
まっすく飛んで行った魔力球は、寸分違わず直撃、次いで魔力の大爆発を起こした。
閃光が迸り、シャボン玉を太陽に透かした時の様な、色取り取りの光が入り乱れ、そこに銀色まで混ざって、とても禍々しい綺麗な花火だった。
直後、魔力の暴風が吹き荒れ、衝撃波が体を打ち付ける。
風が治まると、光は中心点へと収束し、弾けてから完全に消えた。
辺りを静寂が包み込む。
「やったのか!?」
「いや~それ~、やってないふらぐだから~」
「貴女達、いい加減にしなさい! 対象の完全な消滅を確認したわ」
「一件落着なの……」
聖霊ちゃん達の漫才が、何時も通りで微笑ましかった。
◆
「シア、貴女が幽閉されていた地下室って何処?」
「御案内致します。こちらです」
シアの先導で、邸宅内を進む。
館の端まで来たところで、一つの扉を開くと、地下へと続く階段があった。
流石に真っ暗だったので、炎で灯を燈す。
階段を降りた先に、もう一つの扉。
念の為に用心して開けたものの、特に罠等は無かった。しかし……。
中には、余り見て居たくない道具が床に壁にと、並んでいた。
所謂、拷問道具だ。
「なにこれ、最悪……」
思わず漏れ出た言葉に、
「これは、嘗てこのお屋敷を不敬にも買った、中級貴族が設置した物です」
シアが説明してくれる。
「不快ね……。ホムラ、スイ。悪いんだけど、これらを全部、そうね、森にでも捨てて来てくれないかしら? 勿論、完全に燃やすのも忘れずに……」
「解かったわ。スイ、行くわよ」
「うん……、行ってくるの……」
返事をした2人は、其々が10人に分裂すると、あっと言う間に全て持ち出してしまった。
正直、そう来るとは思わなかった。何でも有りだな、聖霊って……。
綺麗さっぱりした室内に入る。
「空気も入れ替えちゃいましょ。フウ、お願い」
「りょーかいっ」
室内とは思えない勢いで風が吹き、ゴソっと外と入れ替わる。
「シア、貴女が眠っている場所はどこ?」
「……、こちらです……」
奥の壁まで来る。
「ミコト、正確な位置とかは判る? それとも、掘り出せる?」
「ん~、だいじょうぶ~」
すると突然、目の前の壁がボロボロと崩れ出す。
壁の向こうにある土の層が崩れて間も無く、白いモノが見えてくる。
土の崩壊はさらに加速し、やがて1人の、襤褸切れを纏った白骨が姿を現す。
最後は人の手で、優しく土の中から掘り出し、固い床の上だったが、丁寧に横たえる。
「辛かったわね……」
「いえ、これも御恩返しと思えば、それ程苦でも有りませんでした……」
「これから貴女には、束縛されない、自由な一人の女の子として、楽しい人生を送らせてあげる事を約束するわ」
「ですが、私はこの通り、骨と霊体だけで御座います。如何なさる御積りですか?」
「《創造》で、貴女の体を生成する」
「はい? それってどういう……」
「まぁ、見てなさいって。ちょっと時間掛かるけど、楽しみにしてて頂戴」
次いで、ミコトにも声を掛ける。
「ミコト、掘り出して貰って悪いんだけど、シアの遺体、私が冷凍保存するから、その上から土で固めて保護して貰えるかしら」
「おやすいごよう~」
「それと、シアを運び出したら、こんな地下室は埋めちゃいましょう。何度もお願いして悪いわね、ミコト」
「ミコトは~、おやくだち~」
頭を撫でてやる事で感謝を伝え、シアの土棺と共に地下室を後にする。
階段を上りきると、早速、本来は倉庫であった地下室が、大量の土に依って埋め尽くされ、押し潰された。
「シア、これで貴女の、永い悪夢は終わったわよ」
「はい……。心より、感謝申し上げます、クスハ様……」
屋敷を出ると、外は既に黄昏時だった。
遠くの空には、陽光の名残である赤い光が浮かび上がり、反対の空には、地平線に星が瞬き始めていた。
「ティア、悪いんだけど、シアを連れて先に宿に戻って貰っても良いかしら? 私はこれから、エマちゃんのおじさんに報告して来るから」
「判りました。先に宿でお待ちしていますね。行きましょう、シアさん」
門扉を出て、ティアとシアと別れた所で、
「ただいまなの……」
「ただいま、おねえちゃん」
スイとホムラが帰って来た。
「ちゃんと、木製の物は灰になるまで焼いて来たわ」
「金属製も……、熱して冷やしてを繰り返して……、粉にして埋めてきたの……」
そこまでやってくれると、お姉ちゃんも鼻が高いです。
2人の頭も撫でてやると、フウがムクれた気がしたので、一緒に撫でてやる。
「みんな、お疲れ様。今日はゆっくり休んでね」
それに満足した聖霊ちゃん達は、私の中に戻って行った。
もう、夜が近い。なる早で用件を済まそう。
足早に、公営不動産屋へ向かった。




