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良い子

作者: 夏頭巻

 私は良い子と呼ばれていた。頼み事をされたら、断れない。道に困っている人がいたら、見過ごすことはできなかった。信号無視や、ポイ捨てなんかも勿論できなかったし、ゴミがあれば拾って帰る。それが私。そんな私には、好きな人がいた。幼稚園からの幼馴染の男の子。とても優しくて、時に茶目っ気があって、包容力のある……そんな男の子。決して、みんながみんな「かっこいい」って言うような人じゃなかったけれど、私にはとてもまぶしくて、とてもかっこよくて、とても好きだった。


 そんな彼に、彼女ができた。


 愕然とした。一瞬、理解ができなかった。ある夕暮れのいつもの帰り道、いつもの笑顔で、いつもの声で、いつもの態度で「彼女ができたんだ」と告げられた。そう告げた後に、「へへっ」と笑う彼は少し照れ臭そうで、少し嬉しそうだった。夕暮れをバックにした彼の顔は、夕暮れのせいか照れのせいか、少し顔が赤かった。ああ……、そうか、ほんとに好きだね。そうなんだね。言われたのが、夕暮れで良かった。少し目が赤くなってるのが、ごまかせるから。


 だけど、気づいていた。君が、その子のこと好きだってことは。幼馴染の関係上、君はよくその子の話を聞かせてくれたね。直接的にその子のことを「好き」とは言わなかったけど「ああ……その子のことが好きなんだ……。」って思った。私は、ちゃんと「良い子の顔」ができてかな? 「応援してる幼馴染の顔」が出来てたかな? ある日、君とその子が話している所を偶然みかけた。その話してる時の君の横顔は、私が見たことのない表情だった。君は、好きな人の前だとああいう表情をするんだね。


 君から「優しい子がタイプだ。」って、いつぐらいに聞いたんだろうか。その時、私は君のことが好きだったのかな? でも、いつしか聞いた君のその言葉できっと私は「良い子」と呼ばれるようになったのだろう。だからっ……! だから、私は良い子じゃないっ……! 君が誰かを好きになって、誰かと付き合って、誰かと結婚したら私は「良い子」の顔なんてできないんだ! 私は良い子なんかじゃないっ……! ただ……ただ、君にとっての「良い子」でありたかった……。


 帰り道、彼とは途中で違う道になるため、そこで別れた。1人で帰ってる時、不思議と涙は流れなかった。心がすっからかんになったから、涙も流れないのかな? 言われた時は、涙目になってたのに、不思議だな……ははは……。帰り道の途中、空き缶が落ちていた。私は、それを拾いゴミ箱に入れる。ああ……そうか……。きっと、私はまだ好きなんだ。私はまだ、「良い子」でいる。目の前がぼやける。私は「良い子」かな? まだ、「良い子」かな? 夕暮れ、地面がくらやむ。暮れのせいか、私の真下の地面が黒く染まっていく。ああっ……だめだっ……。 両手で顔を覆っても、私の感情は溢れて止まらない。 私の「良い子」が流れる離れてゆく……。止めなきゃ止めなきゃ止めなきゃ……「良い子」でいなきゃ……。私は小さな嗚咽と「良い子」を流し、うずくまった。私は地面を見る。地面はまばらに黒く染まっていた。ああ……私の「良い子」はこんなにも……こんなにも……。あの時……ああ、あの時……神様、「実は私も……。」という彼を困らせる言葉を言ってしまっても良かったのでしょうか……。その時だけでもっ……。悪い子で、いても良かったのでしょうか……。


 完全に日が暮れた頃、私の「良い子」は渇いていた。頬に張り付いている感覚がする。きっと、私は。そう、私は。車も誰も通らない信号が青になる。きっと、まだ「良い子」なんだろう……。


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