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花やぐ愛は大正ロマン!  作者: 青星明良
一章 許嫁は飛び級少女
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6 花守家の朝

 この物語の舞台である大正時代は、尋常じんじょう小学校の六年間が義務ぎむ教育の期間だった。そして、尋常小学校を卒業したら、すぐに働く人たちが多かったのである。


 ただ、お金に余裕よゆうのある家の子供たちはさらに勉強することができて、男子は中学校(旧制中学校)、女子は高等女学校に通った。


 この時代の中学校や女学校は五年間で、今でいう中学一年生~高校二年生の年齢にあたる。


 そして、麻布の鳥居坂とりいざかという場所にあるメイデン友愛女学校に入学する桜子と菜々子は、ピカピカの女学校一年生だった。



 メイデン友愛女学校の入学式が行なわれる当日の朝。

 この日も、桜子は日の出とともに布団ふとんから飛び起き、花守家の家族のために朝ご飯を作っていた。


「ま、また桜子お嬢様に先を越された! 奉公人のわたしよりも早起きしないでくださ~い!」


 桜子が台所でちょこまかと小さな体をせわしく動かして料理をしていると、スミレがさわがしい足音を立てながら台所にかけこんで来た。


「わたし、お日様が上がると勝手に目がパチーンって開いてしまうの。今日も一日がんばるぞーって力がみなぎって、体を動かしたくてうずうずしちゃって。だから、そんなに気にしないで、スミレさん。それよりも、お味噌汁みそしるの味見をしてくれるかな? ……どーお?」


「……ん……ごくっ……。うん、とってもおいしいです!」


「よかったぁ~。東京のお味噌は甘口で、わたしの故郷のお味噌とは味がちがうから、うまくできているか自信がなかったの」


 東京では、江戸甘味噌えどあまみそという甘口の味噌が好んで食べられている。名古屋圏に近い三重県四日市で暮らしていた桜子は、豆味噌という濃厚のうこうな味の味噌に慣れ親しんでいた。


「故郷の味は恋しいけれど、東京の家のお嫁さんになるのだから、もっと東京の味に慣れやなあかん……ごほん、ごほん、慣れないといけないね」


「桜子お嬢様。話しにくいのなら、どうぞ故郷の言葉をつかってください」


「でも、方言で話したら、東京の人に田舎者いなかものだとバカにされると聞いたことがあるから……」


「料理の師匠である桜子お嬢様をわたしはバカになんかしません! それに、女学校でも親しくなったお友達になら、本当の桜子お嬢様を見せても受け入れてもらえると思いますよ? 桜子お嬢様の方言はとても可愛いですし、きっと人気者になれますよ」


 桜子が花守家に来てから数日がたち、毎日桜子から料理の手ほどきを受けてすっかり親しくなっていたスミレは、たまには年上のお姉さんらしいことを桜子に言ってみたいと思い、桜子をそう言ってはげました。


「そ、そうかな……?」


 方言が可愛いと言われた桜子はちょっと照れながらも喜んだ。


「はい! 女学校でのお勉強、がんばってくださいね! 桜子お嬢様も女学校へ行くためのしたくをしなければいけないでしょうから、あとはわたしにまかせてください!」


「え? 一人でだいじょうぶなん?」


「わたしはあわてんぼうですが、教えられたことは落ち着いてやったらきちんとできるのです。桜子お嬢様に教わった通り、朝ご飯の準備をしますので、どうかご安心を!」


 スミレは、えへんと胸をはって言った。といっても、朝食の準備は桜子がほとんどやってしまっていて、あとはご飯とおかずを茶碗やお皿に盛るぐらいしか仕事は残っていないが。


 それでも、桜子はスミレの好意がうれしくて、「ありがとうな!」とニッコリほほえんだ。


 太陽のようにキラキラまぶしく愛らしいその笑顔に、スミレは心(いや)され、


(わたしも、今日一日、がんばろう!)


 と、元気をあたえられるのであった。

 体は小さいのにパワフルな桜子には、まわりの人たちに元気をおすそわけする不思議な力があるようだ。


「ぐ、ぐぬぬぅ~……。チビの桜子めぇ~。うちの奉公人をたった数日で手なずけおって~。わたしはあなたみたいなちびっ子を義理の姉とは認めないわよ~!」


 こっそり隠れて台所の桜子を監視していた菜々子が、悔しがってそう言っているなんて、桜子はまったく気がついていないのであった。






 その後、桜子は、自分の部屋で学校へ行くための服装に着がえた。

 菜々子も朝の日課である「桜子の監視」をやめて、同じく着がえるために部屋に戻った。


 桜子が仙造にあたえられた部屋は、和室である。

 近ごろ流行の和洋折衷わようせっちゅうの住宅である花守家には、食堂や居間、仙造と柳一の部屋など洋室がいくつかあったけれど、桜子は菜々子と同じ和室のほうがいいと言ったのだ。


 菜々子はベッドから落ちるのが恐くて洋室を嫌ったけれど、桜子は自分の家では和室だったので、慣れ親しんだたたみの部屋のほうがすごしやすいと思ったのである。


「おお~。桜子さんと菜々子の女学生姿、とても素敵ではないですか」


 着がえが終わった桜子と菜々子が、ほぼ同時に食堂に行くと、仙造と柳一がすでに食卓についていて、仙造が目を細めて二人の袴姿はかますがたをほめた。


 桜子と菜々子の服装は、着物にはかまという明治時代からの女学生の定番スタイルである。


 女学生の袴姿は当時の女の子たちのあこがれのまとであり、「女学生といったら袴姿よね! 素敵だわ~!」と思われているほどだった。


 そして、二人がどんな袴姿をしていたかというと――。


 桜子は、桜色が華やかな銘仙めいせんの着物で、赤や青、紫、黄色などで刺繍ししゅうされたちょうたちが色彩しきさい豊かに舞っている。

 着物のえりからチラリと見えている半えりには、紫地に小さな桜の花びらたちが刺繍されていた。

 袴は、昔から女学生たちに好まれてきた海老茶えびちゃ色(赤みのある茶色)だった。

 そして、頭には大きめの赤いリボンがちょこんとついている。チビで子供っぽい桜子も、袴姿になるとちょっぴり大人に見えた。


 一方、菜々子は、瑠璃るり色(濃い青色)の着物に数輪の菜の花が愛らしく刺繍されていて、半えりは今年の女の子たちの流行色である色鮮やかな赤紫の牡丹ぼたん色である。

 袴は春の植物たちが芽吹き出したような萌葱もえぎ色(鮮やかな黄緑)だった。

 ただし、不器用なりに自分でがんばって編んだと思われるお下げ髪には、ほつれ毛がちらほらあった。


「柳一さん。わたしの袴姿、どうですか?」


 仙造にほめられて得意になった桜子は、朝食を食べている学ラン姿の柳一の前で両手を広げながらクルンと一回転してみせた。料理の味はわからなくても服装の良し悪しくらいはわかるだろうと思ったのである。


 しかし、そんな桜子の無邪気な質問に対しても、柳一は冷たかった。


「ちんちくりんは、何を着てもちんちくりんさ」


 柳一は桜子のほうをいっさい見ようとせず、フンと鼻で笑いながらそう言うと、学生帽がくせいぼうを頭にかぶって食堂を出て行ってしまった。柳一も今日から中学校の新学期が始まるのだ。


「ま、またちんちくりんって言ったーーーっ!!」


 桜子は顔を真っ赤にして怒った。けれど、柳一はもういない。桜子が小さな体をわなわなとふるわせながらプンスカ怒っている横で、菜々子はプププ~と笑っていた。


(ふふーん、いい気味だわ。あの無愛想ぶあいそうなお兄様が、女の子の服装をほめるわけがないじゃない。

 でも……。いつものお兄様なら、まったく興味のない人間にはとことん無視して何も言わないはずだわ。あんな攻撃的な言葉を投げかけるなんて珍しいかも……)


 菜々子はふとそう思うと、いつだって無感情の柳一を感情的にさせてしまうなんて、桜子というちびっ子はやっぱりただ者ではないのかも知れないとちょっぴり考えてしまうのだった。

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