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花やぐ愛は大正ロマン!  作者: 青星明良
一章 許嫁は飛び級少女
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4 こんなのお姉様じゃない!!

「……だんな様、お帰りが遅いですね。途中とちゅうで事故にあっていなかったらいいのですが……」


 とっぷりと日が暮れた夕方。

 心配性のスミレはそわそわしながら家の窓から外を何度ものぞき、仙造の車が屋敷やしきの庭に入って来るのを今か今かと待っていた。


「……わたしのお父様、のんびりした人だから、ものすごーーーく運転が遅いのよ……」


 台所のすみっこでうずくまるように座っている菜々子が、ひどく落ちこんだ声で言った。


 テーブルには、ことごとく黒こげになった料理がならんでいる。


「お、お二人がお戻りになったら、冷めた料理を温め直しましょうか?」


「これ以上ないほど火が通って真っ黒になった料理に、また火を通すの……?」


「……ええと~……。た、食べてみたら意外とおいしいかも知れないですよ? ……ぱくっ、もぐもぐ……ま、まずっ!!」


「ああ! もうおしまいだわ~! 料理の一つもできないダメな子だと桜子お姉様に思われて、初対面から嫌われちゃう~!」


 菜々子が頭を抱えてさけんだちょうどその時、仙造の車がのろのろと家の庭に入って来た。


「あっ、菜々子お嬢様。だんな様がお戻りになりましたよ」


「わかってるわよぉ……。今行くわよぉ……」


 菜々子は「はぁ~」と大きなため息をつくと、スミレといっしょにに玄関で仙造を出むかえた。


「お父様、お帰りなさい」


「だんな様、お帰りなさいませ」


「ただいま戻りました。ごめんね、遅くなってしまって」


 大学で勉強を教えている学生たちに「ですます」口調で話している温和な仙造は、自分の子供や奉公人にも丁寧な言葉づかいである。

 菜々子は優しい父のことが好きだが、どこかぼんやりとしている父のことをちょっと頼りない人だと思っていた。


「お父様。またのろのろ運転で寄り道していたのですね。桜子おねえ……こほん、桜子さんは上京したばかりなのですよ。あちこち連れ回していたら、桜子さんが疲れるではないですか」


 父親に似てぬけたところがあるのに自分はしっかりしていると思っている菜々子が小言を言ってほっぺたをふくらませると、仙造は「ごめん、ごめん」と鷹揚おうように笑いながらあやまった。


「あ、あの……。仙造叔父様は、わたしに東京を案内してくださったのです。連れ回されていたわけではありませんので、お気になさらないでください」


 仙造のうしろにいて、菜々子とスミレからは姿が見えなかった女の子があわててそう言いながら、ひょっこりと姿を見せた。


 菜々子は、その少女を見て、「え!?」とおどろきの声を上げた。


 菜々子が想像していた「桜子お姉様」は、すらりと背が高くて美しく、大人の気品ただよう年上の女性である。

 しかし、風呂敷ふろしきを抱えて立っている目の前の少女は、あきらかに菜々子よりも年下のチビで、どう見ても尋常じんじょう小学校に通っている児童だった。


「お……お父様! だれですか、この子供は!?」


「だれって、桜子さんじゃないですか。自分の兄の婚約者を指差したら失礼ですよ」


「で、でも、お父様はこう言っていたじゃないですか。桜子さんは、飛び級に頭がいい……」


「はい。小学生なのに一年飛び級して女学校に入学できるほど頭がいい子だと……そう言いませんでしたっけ?」


「言ってないですっ!!」


 菜々子は顔を真っ赤にしてさけんだ。

 頭の中で思い描いていた、大人で賢くて頼れる「桜子お姉様」のイメージがガラガラと音を立ててくずれていく……。


(こんなちびっ子、「お姉様」だなんて呼べないわ! せっかくわたしがたくさん甘えられるお姉様ができると思っていたのに、がっかりよ!)


 一年飛び級して女学校に入学したということは、桜子は本当なら小学六年生ということだ。

 しかし、六年生にしても背が低い。この時代の小学六年生の平均身長は四尺二寸(一三〇センチ)前後なのに、桜子はそれよりももっと低く見える。

 実際、桜子の身長は四尺一寸(一二五センチ)ぐらいだった。


 一方、菜々子は四尺五寸(一三七センチ)。

 同い年の少女たちとくらべたら平均的な身長だけれど、桜子よりはずっとずっと背が高い。


 見下ろすことができるこんなちびっ子のために、必死になってごちそうを作ろうとしていたのかと思うと、バカバカしくなってきた。


「む~~~! む、む、む~~~!」


 菜々子は破裂はれつ寸前すんぜんの風船みたいにほっぺたをプクプクふくらませ、桜子をジト~ッとにらむ。


 桜子は、なぜにらまれているのかわからず、「あ、あの~……?」と言いながら気圧けおされて後ずさりした。


「だ、だんな様! 菜々子お嬢様が、桜子お嬢様を歓迎かんげいするために、お料理を作ったのですよ! 柳一様をお呼びして、みんなで夕飯にしましょう!」


 ただならぬ空気をさっしたスミレが、菜々子と桜子の間に割って入り、あわあわとあせりながらそう言った。


「あんな黒こげの料理、だれも食べられないわよ! スミレだって、『まずっ!』って言っていたじゃないの!」


「あ、あう……。それは…………。な、何とか根性で食べます! 死ぬ気で!」


「死ぬ覚悟までして食べなくていいわよ! 健康にも悪いでしょうし!」


「ケンカはあかん……ごほん、ケンカはやめてください! 晩ご飯は、わたしが作りますから!」


 菜々子がヒステリックにさけぶと、うっかり方言が出かけながら、桜子がそう宣言した。


「料理って……。あなたみたいなちびっ子が……?」


 菜々子が桜子を再びにらむと、体は小さくても度胸はある桜子は、今度はひるまずに「料理やお掃除、家事全般は得意なんです!」と自信満々に言った。


「ちょうど、今夜の晩ご飯にしようと思って、銀座の牛肉屋さんでロース肉を買って来ました。これで、ロースト・ビーフを作ろうと思います」


「ろ、ロースト・ビーフですって!?」


 そんな難しそうな西洋料理をそもそも作ろうという発想がなかった菜々子は、ひっくり返りそうなほどビックリした。


 明治・大正の時代、日本人はヨーロッパの食文化をどんどんと吸収していったけれど、それでもいまだに西洋料理よりも和食のほうがなじみのある時代だった。

 大人だって、西洋料理を上手に作れる人間はそんなに多くない。こんな小さな女の子にロースト・ビーフなんて作れるはずが……。


「そ……そんな難しそうな料理、あなたみたいな子供に作れるわけがないじゃない。できるものなら、作ってみなさいよ!」


 何を作っても黒こげにしてしまう菜々子は、桜子にそう言うのだった。

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