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魔法少女スイーツ(仮)

 魔法少女暦2020年。魔法少女の存在が公認されて100数年。

 悪魔と戦う魔法少女の姿は世界中の人間の憧れの存在だった。

 これはそんな魔法少女に憧れる一人の少年の物語。




 奥森おくもりまもる箒原ほうきばら学園、高等部1年の生徒である。成績は優秀、中等部から生徒会に所属しており、先生や他の生徒からの評判もいい。だが、彼にはある悩みがあった。


「あっ、あの、奥森先輩!」


 ポカポカ陽気の放課後。寮に帰る途中だった奥森は一人の女子生徒に声を掛けられた。見覚えがある子だ。確か中等部3年の白井さんだったと思う。


「こ、これを受け取ってください」


 白井さんは顔を赤らめながら、一通の封筒を手渡してきた。ハートマークのシールがほんのりとした淡い気持ちを感じさせる。


「……今、ここで開けていい?」

「はい!」


 嫌な予感がする。奥森は慎重に封筒を開けた。

 封筒の中には便箋が1枚。

 そこにはこう書かれてあった。


 姉になってください。


「あ、あの。私としては妹になっていただいても、やぶさかではないのですが……」

「白井さん!」

「はっ、はい!」

「……お友達から始めようね」

「……はい」


 奥森の返答に白井さんは小さく項垂れていた。今にも泣き出しそうだ。

(泣きたいのはこっちの方だよ)

 決して口には出さなかったが、奥森は内心そんな思いだった。


 そう、奥森の悩みは顔が女っぽくて、女子に見られやすいことだった。






「よお。奥森!また、告白されてたな!全く、モテる男は羨ましいぜ!」


 白井さんと別れ、寮に戻る途中だった奥森は男子生徒に声を掛けられた。

 茶髪にピアスのチャラそうな男子だ。この男の名は河津かわづあきら。奥森のクラスメイトである。


「どう見たら、あれがモテるって言うんだよ」


 怒気をはらませながら奥森は答えた。河津には見えないよう、左手にぐっと力を込める。


「だって、女子から声を掛けてくるんだぜ。それをモテないっていう理由は無いだろ。いやあ、その女顔が羨ましいわ」


 女顔。奥森は他人からそう呼ばれるのが嫌いだ。カチンときた奥森は左ストレートで殴り掛かった。


「毎回毎回!姉か妹になってくれって言われる気持ちにもなれ!」

「はいはい」


 パシッ!奥森の渾身のストレートは河津にあっさりと受け止められた。


「だいたいさあ。奥森が女に見られるのは別に顔だけが原因じゃないと思うんだよな」


 河津は、掴んだ奥森の手をそのまま捻り上げる。


「ダンベル5㎏で息も絶え絶えになる筋力」


 そして、流れるような動作で奥森の足を払った。転ばされた奥森は、手を掴まれたまま尻餅をつく。


「こうやってあっさり転ばされるほどの運動神経。正直、女子として生まれたほうが良かったと思ってしまうぜ」


 そう、奥森は顔だけではなく、体力も女子並み。いや女子以下の男だった。


「でも、僕は男だ!」

「そうですね。ああ、あとこれも付け加えられるよな。女子率90%のこの学校にわざわざ通っていることだ」


 箒原学園は国内で唯一、魔法少女について学べる学園である。小学校から大学まであり、ここの卒業生のほとんどは、魔法少女関連の仕事に就く。


「それは晃だって一緒じゃないか」

「いや。俺は違う。俺はロマンを求めて学校にきたのさ」

「ロマン?」

「ハーレムさ!この学園の子猫ちゃんを虜にして、卒業後、彼女たちと一緒に暮らして楽しく過ごすんだ!」

「それを目指した結果は?」

「……クラスの女子全員から敵視されています」


 河津は高等部から入学した編入生だが、入学直後から周囲を口説き倒して、クラスの中では村八分の目にあっていた。クラスで話せる相手も、唯一の男子、奥森しかいない。河津にとって奥森は貴重な友人だった。


(まあ、憎めないやつだよな)


 中等部の頃から周囲に男子が少なかったのもあるだろう。奥森もまた、河津のようなおだけた友人がいるのがありがたかった。


(こいつとは卒業してもなんやかんや付き合ってそうだ)


 そう信じる程度には、奥森は河津の事を信頼していた。






 箒原学園の男子寮は赤いレンガ作り風の建物だ。元々はただの鉄筋コンクリートの建物だったのだが、寮長の趣味で明治時代風の建物に作り替えられていた。

 大きな塀に囲われた寮には、出入り口の門が二つある。

 表門をくぐったところで、奥森は何かに気付いた。


「晃。あれって何かな?」


 寮の建物の庭に赤い何かが見えた。奥森は正体を確かめようとそれに近寄る。河津もつられて奥森についていった。

 そこには。


「カエル?」


 赤い何かは干からびたカエルだった。だが、ギリギリ生きているみたいで、ピクピクと手足を動かしている。鮮やかな赤い肌色は野生では見られない色合いだ。


「誰かが飼っていたカエルが逃げ出したんだろうね。保護しとこうか」

「そうだな。じゃあ、俺が捕まえておくから、奥森はバケツに水汲んで持ってきてくれないか?」


 そう言って、河津はカエルに手を伸ばそうとした。


「待って!」

「うん?どうしたん?」

「たぶんだけど、このカエルはヤドクガエルだと思う。皮膚に毒があるから、素手で触ると危ないよ」

「げえっ!な、なんでそんなカエルがこんなところにいるんだよ?」

「そんなことまで知らないよ。とりあえず、バケツと一緒にゴム手袋も持ってくるから、晃は見張ってて」

「い、いや俺が行ってくるよ。奥森はカエルが逃げないように見守っててな」


 河津は逃げ出すようにバケツとゴム手袋を探しに行った。


(逃げたな。まあ見張るのでもいいけど)


 一般的に女子はカエルとかが苦手なものだ。だが、奥森はそういうのには抵抗が無い。このあたりは、男としてのアピールポイントに使えると、常日頃思っているのだが、いかんせん使う機会が無い。残念だ。


「お、お嬢ちゃん……。あ、ありがとな」

「うん?」


 どこかで息も絶え絶えな声が聞こえ、奥森は周囲を見回した。だが、誰もいない。


「気のせいかな……」


 塀の外側で誰かが会話をしているのだろうか?きっとそうだろう。ここは男子寮なんだから、お嬢ちゃんとなんて単語が聞こえるはずがない。


「バケツとゴム手袋持って来たぜ、あと、蓋代わりに網も!」


 河津が水の入ったバケツを右手に、左手にゴム手袋と魚を焼く時に使う網を持って来た。網はカエルが逃げないようにするためのものなのだろう。気の利くやつである。


「ナイス」


 奥森はゴム手袋を付けると、カエルをむんずと掴んで、バケツに投げ込んだ。

 水に満たされたカエルは元気を取り戻したのか、気持ちよくバケツの中を泳ぎ始める。

 そのとき、信じられないことが起こった。

 本能で生きてるはずのカエルが奥森の方をじっと見た。確固とした意志を持っているかのように。正面から奥森を見据えてきたのだ。

 そして、喋った。


「お嬢ちゃん。助けてくれてありがとな。俺の名前はヤドック。お礼に魔法少女にしてあげる。ケロ」


 それは唐突に起こった。

 カエルが喋ったとか、魔法少女ってなんだとか、そんなことを言う暇も無いほどの一瞬の出来事だった。

 目の前が突然眩しくなった。

 目がくらみ、右腕で目の周りを抑える。

 そうしていると、奇妙な感覚を感じた。自分の肌の表面がまさぐられるような感覚である。何が起こっているのだろう。確かめたい思いがあったが、眩しくて何も見ることができなかった。後に分かったことだが、この時の発光は自分の体から起こっていたそうだ。

 数秒経つと、発光は収まった。


 収まってまず、奥森は周りを確認した。変化は特に見られなかった。カエルはバケツの中にいるし、河津も唖然とした表情でそばにいる。場所も寮の建物のすぐ横だ。


「な、何が起こったのさ?」

「……奥森。お前自分の姿をよく見てみろ」

「自分の姿?……えっ?」


 最初に目に入ったのは手首についた赤いリストバンドだった。いつの間にこんなものを付けたのだろうか。そこから腕を伝って、肩付近を見ると、ふんわりと膨らんだ袖が。そのまま、胸の方を見やると、可愛らしいエプロンと、ヒラヒラのスカートが舞っている。

 おかしい。先ほどまで自分の学校の制服を着ていたはずだ。学園指定の紺のブレザーの姿だったはずだ。

 まさか。でも、どうして。


「……なんで、僕が女装してるんだよ!」


 そう。奥森の服装が変わっていた。学園指定の男子用ブレザーではなく、コスプレ用に売ってそうなパティシエ風の姿に変わっていた。一体どういうことなのだろうか。


 パシャッ!パシャッ!パシャッ!パシャッ!パシャッ!


「って、オイこら!晃!何撮ってんだよ!」


 奥森の動揺を無視するかのように、河津はスマホを構えて、奥森の姿を撮っていた。そして、邪悪な顔を浮かべて言った。


「悪い悪い。でも理由があるんだ。実は俺、お前の写真を隠し撮りして、校内の生徒に配ってるんだよ」

「はあっ?!」

「これが、なかなか金になってな。俺の貴重な収入源だったんだ」

「な、なんで、そんなことを今、カミングアウトするんだよ!」

「俺だってこんなこと言いたくなかったさ!だけどさ……、だけどさ、お前のパティシエ姿なんだぜ!この写真はお前との友情よりもはるかに価値あるものなんだよ!」

「真顔でお前は何言ってんだ!」


 奥森はスマホを取り上げようと、手を伸ばす。だが、その手は河津の開いている左手に掴まれた。


「ははははは。遅い遅い!」

「く、くそお!け、消せ!今すぐ消すんだ」

「そんなこと聞きませんよ。おしっ。これでネットに送信すれば、完了だ。安心しろ。鍵付きだから、一般の人には見られないようになっている」

「そういう問題じゃねえよ!」


 河津は手を離すと奥森から距離をとって逃げ出した。どうやら、ネットにデータを送るまで時間稼ぎするようだ。


「しまった!データを送られたら、スマホを壊しても意味がない!」


 どうする。とはいえ、奥森が河津に追いつけるわけも無かった。


「お困りケロか。俺がどうにかしようケロか?」


 いつの間にやら、あの喋るヤドクガエルが空に浮いて、隣にいた。

 色々言いたいことはあるが、今はそんな状況じゃない。


「何か手があるんならお願い!ついでに今までのデータもあったら消して!」

「お安い御用ケロ」


 そう言うと、カエルは矢のように真っすぐ飛んだ。逃げる河津の背をめがけて。

 赤い矢はそのまま河津の背中に当たり、河津はその場で倒れた。


「ちょ、ちょっと大丈夫!別にそこまでしろとは言ってないよ」


 倒れた河津に奥森は近寄った。ケガは無さそうである。

 不思議なことにカエルの姿は見当たらなかった。


「あれ、あいつは一体どこに?」

「ここにいるケロ」


 答えたのは、倒れている河津だった。


「この男に憑りついたケロ。これでこいつの動きは俺の思いのままケロ」


 河津カエルは立ち上がると、慣れた動作でスマホを操作して、データ送信を中断した。そのまま、スマホを操作して、今までの隠し撮り写真も削除していった。


「ありがとう。もういいよ」


 全部の写真が消去されて、胸をなでおろした奥森は河津カエルに感謝して、戻るように言った。


「そうはいかないケロ」

「えっ?」

「俺は自分の体を捨てて、この男の体に憑りついてしまったケロ。捨ててしまった体を再び拾うことは出来ないケロ。つまり、俺はこの体から離れてしまったら死んでしまうケロ」

「さっきのって、そんなに危険な事だったの!なんでそんな事したんだよ!」

「分からないケロか?」


 河津カエルは先ほど河津が浮かべたものよりも邪悪な笑みを浮かべた。


「俺は魔法少女界の落ちこぼれマスコット!優秀な魔法少女をスカウトするためなら手段を選ばないケロ!さあ!この男を返してほしかったら俺のために悪魔と戦うケロ!」

「マスコットが悪党みたいなこと言うな!」


 ぺしっ。

 奥森のツッコミを兼ねた手刀が河津カエルの頭に当たった。


「くっくっく。非力ケロ!そんなの効かないケロ!」

「くそっ!」


 奥森はスマホを取り出した。


「おっと。他の魔法少女を呼ぶのは駄目ケロ。そんなことをしたら、俺は屋上から飛び降りて、この体の持ち主と一緒に死ぬケロ」

「ちっ。読まれてるか」

「お前が選ぶ道は一つ。俺と契約して魔法少女になって悪魔と戦うケロ」

「それで、本当に晃を返してくれるのか?」

「大丈夫ケロ。悪魔を666匹倒すと、魔法少女界からボーナスとして、何でも願いを叶えてくれるケロ。そのボーナスで俺の体を願えばいいケロ。そうすれば、俺はこの体から離れられ、元の持ち主に体を返すことが出来るケロ。666匹も悪魔を退治すれば、俺も落ちこぼれマスコットと言われなくなるから、もう憑りつく気も無いケロ。その後は好きにするケロ」


 奥森は河津カエルの言葉に悩んだ。

 魔法少女は全世界で憧れの的となる仕事だが、死すら伴う危険な仕事でもある。それを666匹も狩れと言うのは酷い話だ。

 そう。酷い話だ。酷い話であるが。


「わかったよ。乗ってやるよ」


 友人の命には代えられない。おそらく、このカエルは自殺すると言ったら、本当に自殺するだろう。この落ちこぼれのカエルからはそんな必死さを感じた。


「ケッケッケッ。契約完了ケロ」


 河津カエルは何やら呪文らしき言葉をつらつらとつぶやいた。


「……終わりケロ。ふう疲れたケロ」


 呪文が唱え終わると、河津カエルはリラックスするかのように体を伸ばし始めた。


「……もう終わり?何も変わった気がしないけど」


 随分とあっさり契約が終わって、奥森は拍子抜けした。


「契約なんてそんなもんケロ。印鑑を押したからといって、すぐに何かが変わるもんではないケロ」

「まあ、そういうもんか。……そういや、今のが契約だったって言うんなら、最初に姿が変わったのは一体何だったんの?」

「あれは、俺がなけなしの魔力を絞って本人が理想する魔法少女姿を変えただけケロ。口頭だけじゃ、魔法少女になる実感がわかないから、先にまず姿を強制的に変えさせるケロ」

「詐欺みたいな手口だね。そういや今更だけど、僕を魔法少女にしてよかったの?」

「何がケロ?」

「だって僕は男だよ」


 河津カエルが胸を逸らした体勢で止まった。


「男?」


 その反応を見て、奥森は嫌な予感がした。

 河津カエルが勢いよく体を起こす。


「お前男ケロか!まずい!間違えたケロ!女王から折檻を受けるケロ!なんでそんな紛らわしい顔をしてるケロ!」

「むしろ、なんで今まで気付いてなかったんだよ!この馬鹿ガエル!」

 二人の言い合いは5分続いた。






 過ぎてしまったことはしょうがない。

 河津カエル改め、ヤドックは現実を直視することにした。


「さて、魔法少女の仕事についてだケロ……」

「いいのかよ」

「しょうがないケロ。男でもたぶん魔法少女の仕事は務まるケロ。男とバレないうちに悪魔を666匹狩るケロ」

「難易度がぐんと跳ね上がったな」

「男を魔法少女にしたと、ばれてしまったら、俺はスーパー落ちこぼれの烙印を押されてしまうケロ」

「自業自得だろ」


 はあ。と奥森はため息をついた。

 今、二人は奥森の部屋にいる。河津の部屋でも良かったのだが、奥森の部屋の方がまだ綺麗だったので、そこで今後の事を相談することにした。

 ちなみに奥森の姿はいつものブレザーに戻っている。


「エッチな本はベッドの下に隠していないケロね」


 男の部屋に入るのは初めてケロ、と乙女みたいなことをぬかすヤドックは、興味津々で奥森のベッドの下を漁っていた。


「そんなわかりやすい所には隠さないよ」

「おっ。そんな顔だけど、一応男の子ケロね。これは絶対に見つけてやらないと」


 そう言いながら、ヤドックはターゲットを奥森の机に変えた。引き出しを上から順繰りに開いては見ていく。


「それよりも今後の方針を決めないと……」

「まあまあ、まずはお互いを知っていくということで……、おや?これは何ケロ?」

「何って見ればわかるだろ。調理器具だよ」


 一番下の大きな引き出しを開けると、ボールや撹拌機やめん棒、ココアパウダーが入っていた。これは、調理と言うよりは。


「お菓子作りが趣味なんだよ。悪いか」

「悪いとは言わないけど、女子力高いケロね」

「僕の父さんがパティシエなんだよ。お菓子の作り方も教えてもらったんだ」

「そうケロか。じゃあ、奥森も将来はパティシエになるつもりケロか?」

「いいや。僕は防衛省の悪魔対策課に入るんだ。この学園に通っているのも、防衛省のOBが多いからだし」


 おやっとヤドックは思った。パティシエの親から育ったのに、何故防衛省に入ろうと思うのだろうか。

 だが、それを聞く前に、ヤドックの頭に耳鳴りのような音が響いた。


「何?この音?」


 奥森にも聞こえたのだろう。彼は耳を抑えるような動きをしている。

 だが、そんなことしても無意味だ。その音は脳に直接響くのだから。


「これは悪魔センサーケロ。魔法少女なら精度が違えど、皆持っているケロ。音の方向的に学園の構内にいるっぽいケロ」

「そんな!」

「ちょうどいいタイミングケロ!奥森!魔法少女のデビュー戦ケロ!」






 魔法少女に変身すると、超人の如き力を得られる。

 授業でそう聞いていたが、自分が異様な跳躍力を持ったことを目の当たりにして、奥森は驚きを隠せないでいた。

 奥森は例のパティシエ風の格好で飛んでいた。建物の屋根から屋根を伝って。耳鳴りのする方へ。

 生身の姿では決してできないことだ。体も軽く、どこまでも走れるような気がする。

 跳躍の最高点に達すると、周囲の風景がよりよく見えた。

 キャンパスの敷地。その周りに並ぶ店。農場。そしてそれを囲うように見える雲海。

 箒原学園は店や農場も含めて、敷地が上空に浮いている。別名、箒原島とも言われるように、空に浮いた島と言うのが一番わかりやすいかもしれない。

 これをなすのが、この学園の学園長であり、現世最強の魔法少女、グレイマザーの魔力によるものだ。御年200歳になるグレイマザーは未来の魔法少女を育て、守るためにこの学園を設立した。

 ここは、世界で最も多くの魔法少女がおり、世界で最も悪魔に狙われる学園。

 世界で最も安全であり、危険なところなのだ。


「なんか、まだ実感がわかないな」


 普段は見られない風景を見たからか、その言葉が出てしまったのか。

 それは良くわからないが、奥森はぽつりとつぶやいた。


(おーい。聞こえるケロか)


 脳に直接響くようにヤドックの声がした。魔法少女のスピードに彼はついてこれないので、下から走って追いかけている。


「なにこれ?」

(テレパシーケロ。俺と奥森は契約で繋がっているから、そちらの状況はある程度分かるケロ。それで、方向と距離的に悪魔が出たのは中等部棟ケロ)

「了解。……ふと、思ったけど、僕の顔って見られても大丈夫なのかな」


 鏡で見た自分の顔は普段と変わらなかった。去年まで中等部にいた以上、奥森の顔を知っている人間は多い。下手したら一発でバレる危険もあった。


(大丈夫ケロ。魔法少女に変身したら、同じ顔でも同一人物と認識できないようになっているケロ。ただ、変身する瞬間と解く瞬間を見られたらあかんケロ)

「その時は認識されてしまうんだね。気を付けるよ」


 奥森は中等部棟の方へ進路を変えた。眼下では何人かの生徒がこちらを見て、指を指している様子が映る。


「見えた。アレか」


 大きな紙の怪物が中等部棟のグラウンドにいた。折り紙で折った熊のような姿で、暴れるたびに砂ぼこりが舞う。

 誰かを狙っているようだった。狙われているのは。


「白井さん!」


 少し前、奥森に「姉になってほしい」と告白をしてきた少女が追われていた。

 急いで走っていたためか、彼女は突然その場で躓いた。

 そんな彼女に向かって、紙の怪物は尖った右前足を振り下ろそうとする。


「きゃあっ!」


 右前足が彼女の体をあわや貫く所で、奥森は横から彼女を掻っ攫った。


「あ、あれ?なんともない」


 刺されたと思っていた彼女は呆けたように自分の手を見る。


「大丈夫?」

「あっ。はい。大丈夫です。あなたは?」


 素顔を曝しているが、少女は奥森の事が分からないようだった。ヤドックの言うことに間違いは無いようだ。


「僕のことは気にしないで、早く逃げて」

「はっ、はい!」


 少女が下がる様子を見守ると、奥森は紙の怪物に向き直った。


(さあ、魔法少女の見せどころ!必殺技を放つケロ!)


 突然のテレパシーに奥森は戸惑った。というか、そんなのがあるなんて聞いていない。


「どうするの?」

(適当に呪文を唱えるケロ。気合があれば、何かが出てくるケロ)

「説明雑っ!」


 怪物が咆哮を挙げながら迫ってきた。


「くっ、くそっ。なんか出ろ!」


 奥森は叫びながら手をかざしたが、何も出てこない。


「うわあっ!」


 怪物が大きく腕を振り回した。奥森はなんとかそれを転がりながらかわす。


(何やってるケロ!そんな呪文じゃ駄目ケロ!)

「適当って言ったじゃないか!」

(適当って言っても自分の気持ちが上がる言葉ケロ。要はテンションをどれだけ上げられるかケロ!)

「そんな事言ったって……」


 奥森は再び怪物に向き直る。その怪物の後ろに白井さんが見えた。怪物に襲われ、不安げな表情をしている彼女の姿を見た時、奥森は思い出した。


(そうだった。僕は彼女を守るために戦っているんだ)


 それだけではない。友人の体を取り戻すための戦いでもある。自分が戦わないと晃はヤドックに憑りつかれたままだろう。

(それに僕はずっと思ってた。自分の力で悪魔を倒したいと)

 母親を悪魔に殺された10年前。パティシエになりたかった少年の夢は悪魔を滅ぼすことに変わった。

 だが、少年には力が無かった。

 少年の夢は防衛省に入ることに変わった。

 それが、力を持たない者が出来る限界だから。

 でも、今は違う。

 自分の力で守ることが出来る。

 少女を。友人を。自分の思いを。

 それを自覚した時、奥森は自然と呪文を紡ぐことができた。


 純白じゅんぱく聖油せいゆなり

 漆黒しっこく神実しんみなり


 体の奥底から熱情に似た何かが沸き上がってきた。


 混沌こんとん世界せかいとされるも

 灼熱しゃくねつ女神めがみいだかれしとき

 真実しんじつ姿すがたあらわさん


 呪文を紡ぐたびに空気が振動する。

 異変を感じた怪物が、再び突進してくる。


 なんじ


 息を切らしたヤドックが視界に映る。


飛黒鎚ひぐろつち


 終の言葉を紡ぐと、奥森の背後でそれは起こった。


 障子に指を入れたような軽い感じで、奥森の背後の空間が裂けた。

 そして、そこから大量の黒い塊が這い出るように飛び出してくる。


「クッキー?」


 そう、黒い塊は巨大なチョコレートクッキーだった。

 それは雨の如く、突進してきた怪物めがけて降りそそぐ。

 怪物が動きを止めても、クッキーは降り注ぎ続くので、奥森は怪物が少し可哀想に思えた。

 やがて、クッキーの雨が止むと、大量に積もったクッキーも消えてしまい、その下からペシャンコになった怪物が残った。

 その怪物もすぐに光の粒子となって消え失せる。

 パタッと、怪物のいたところに一通の便箋が落ちた。


(悪魔退治終了ケロな)

「こんなんでいいのかなあ?っていうか、目の前にいるのにテレパシー使うんだ……」

(何言ってるケロ。周囲の視線のあるところで、直接話しかけたら、河津の友人である奥森が魔法少女だと疑われるケロ)


 言われてそうだと思った。このカエル、意外にも気が利くらしい。


(俺は先に帰るケロ。奥森も人に見られないところで変身を解除するケロ)

「わかった」


 寮の方に向かっていくヤドック。それを確認すると、奥森も人のいないところを探しに出て行こうとした。


「ちょっと待ってください!」


 奥森を呼び止める声があった。白井さんだ。夢見るような瞳で奥森を見つめている。


「助けてくださりありがとうございました。それで、あなたのお名前を知りたいのですが」

「僕の名前?あー。名乗るほどでもないよ。それじゃあ」

「あっ。ちょっと!」


 奥森は跳躍してその場を去った。

 こうして、奥森の魔法少女デビュー戦は終わった。






 次の日。


「それでですね。奥森先輩!その魔法少女さんはとても強くてかっこよかったんですよ!」

「ふ、ふーん。そうなんだ」


 昼休み、奥森は白井さんに誘われて一緒に食堂でご飯を食べていた。

 話題は昨日の事件の事ばかりである。

 助けられたこと。強かったこと。かっこよかったこと。

 先ほどから同じ話がループして奥森は参っていた。


「もう。聞いてるんですか!あの魔法少女さんはお菓子の魔法で悪魔を簡単にやっつけたんですよ?」

「うん。聞いてるよ。……どころでさ。思ったことがあるんだけど」

「何ですか?」

「その魔法少女はカッコよかったんだよね」

「はい!そうなんです!」

「じゃあ、僕は?」

「可愛いです!」


 奥森はずっこける様に崩れ落ちた。


(なんで魔法少女の時の僕はカッコよくて、普段の僕は可愛いなんだよ!)


「あっ。そうでした。これを見せるのを忘れてました!」


 何かを思い出すと、白井さんは鞄の中から一枚のカラフルなカードを取り出した。

 それを見た奥森は思わず渋い顔になった。


「……これは、その例の魔法少女?」

「はい!昨日の騒動をカメラで撮った方がいて、それをSNSで公開してたんです。その写真は投稿主さんの許可をもらって載せました」


 カードの表面はカメラで撮ったらしき写真が印刷されており、そこには魔法少女に変身した奥森の姿があった。カメラ目線ではなく、横を向いた写真だ。こんなにはっきり映っていても、彼女は奥森と魔法少女を同一人物だと認識することが出来ない。魔法少女の不思議な力が働いている証拠だった。

 だが、奥森にとって、写真はまだどうでも良かった。本当に問題なのは。


「ねえ。このカードってもしかして……」


 奥森はその写真つきカードの隅に書かれた「謎の魔法少女スイーツ(仮)」のロゴをなぞりながら聞いた。


「はい!ファンクラブの会員カードです!自分で作っちゃいました」

「嘘でしょ……。その魔法少女が出たのは昨日が初めてなんだよね」

「はい。だから、ファンクラブも今日作りました」

「早っ!で、でもさ。その人って名前を名乗らなかったんでしょ。目立つのが嫌な人なんじゃ……」

「いいえ!そんなことではいけません!この魔法少女公認時代!有名な魔法少女には皆、ファンクラブがあります!私たちも負けてはいられません!目指すは校内総合ランキング1位!」


 学園では新聞部が校内の魔法少女の人気をランキング形式で格付けしている。白井さんが言っているのはそれのことである。


「私たち……って僕も?」

「はい!既に3人はファンクラブに入って頂きました!ですが、会員ナンバー2番は奥森先輩のために死守しましたんですよ!どうぞ!」


 白井さんは持っていたそのカードを差し出した。キラキラ輝くカードの右隅にはNO.00000002の文字が。


(この子は会員カードを8桁分刷る前提でこのデザインにしたのだろうか?)


 本気なのだろうか。この子なら本気かもしれない。


「ところで、スイーツって名前は?」


 奥森はカードを受け取るのを誤魔化すように話を逸らした。


「はい!先ほども言ったように、名前を教えてくださらなかったので、私の方で名前を付けさせて頂きました!お菓子を操る魔法少女だったので、スイーツと」

「あ、安直だね」

「シンプルイズベストです!」


 白井さんはエッヘンと胸を張るように答えた。


「ところで、奥森先輩。会員カード受け取ってくれないんですか?」

「いっ。いやね。見たこと無い魔法少女のファンクラブのカードを貰っても、ちょっとね」

「大丈夫です!見たら、その魅力にほれぼれしちゃいますよ!私が保証します!」

(なんで僕が自分のファンにならなきゃいけないんだよ!)


 その時、天の助けが来た。


「おっ。ここにいたケロか」


 ヤドックがトレーを持って奥森の隣に座った。カツ丼が美味しそうに湯気を上げている。

 ちなみに、彼の髪は赤色になっていた。昨晩「赤は俺の色ケロ!」とか叫びながら染めたらしい。おかげで、より晃の時よりチャラそうな外見になっている。


「えっと。君はなんて名前だったケロか。昨日見たような気がするけど覚えてないケロ」


 ヤドックは白井さんを興味深そうに見た。対する、白井さんの方はぎょっとした目でヤドックを見た。


「わ、私の名前ですか?名乗るほどでもありません!それじゃあ!」


 白井さんはトレーを慌てて片づけると、急いで去っていった。


「おかしいケロ。会う女子皆に同じような態度を取られるケロ」


 晃の所業は中等部にも知れ渡っていたようだった。


「うん。これは何ケロ?」

「例の魔法少女のファンクラブカードだってよ。あげるよ」

「おお。昨日の今日でファンクラブが出来るとはすごいケロ。せっかくだから貰っておくケロ?ところで、今はどんな気分ケロ?謎の魔法少女スイーツ(仮)」

「その名前で呼ばれて、すこぶる不快だよ」


 そう言いながら、奥森は笑った。

 男なのに魔法少女になって笑ってるなんておかしいけど、奥森は笑った。

 それは憧れだった魔法少女の力を手にすることが出来たからなのだろう。

 その力で悪魔を倒し、彼女を守ることが出来たからだろう。


(そもそも、こいつが僕を女と間違わなければ、僕は魔法少女にならなかったんだよな)


 それを思い返した時、嫌だった女顔も悪くないなと思えた。


「なんで笑ってるケロ?」

「さあね」


 そう言いながらも、彼の顔は自然と笑みがこぼれていた。


三題噺スイッチからのお題「お菓子。カエル。男の子」から作成。

魔法少女になったのは、カエルって変身少女もののマスコットキャラクターによくいるよね。という発想から。

だけど、探してみたらカエルのマスコットが見つからない。一体何と勘違いしてたんだろう?

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