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落花流水 下  ※10/29(12:30) 加筆修正

 マンティコアから眼を離せないアルゴを理解する様に、アレハム三世もマンティコアを見詰めた。その目には、力に対する羨望が灯っている。


「この手の魔物を捕まえるのが大好きな輩に頼んだんだよ、良い武器はこっちで用意してやったがな」

「まさか、軍の最新兵器を横流ししたのか!?」

「在る物は使わないとな」


 さらりと恐ろしい事を零したアレハム三世の言葉にアルゴは耳を疑った。


 この国の武器は墜ち人の手が加わった特別な物だ。


 両手に抱えるほどの鉄筒の仕掛けで、弓の様に目標に向けて独特の仕掛けを作動させれば「弾丸」と呼ばれる小さな大砲が相手の体を貫いてしまうのだ。


 悪い夢の様な武器だが、アルゴはその武器が戦争の歴史を様変わりさせるのを身を持って体験している。


 そんな貴重な物を他所に横流ししたのがばれてしまえば、如何に重要な港街の権力者であろうと――。


「今回の件は、そう言う事なのか」


 尋ねてくるアルゴに、アレハム三世はマンティコアに魅入ったままだ。


「引き金にはなったよ、他にも沢山在った内の一つだがな。お前さんも政に関わるなら気をつけて置けよ、案外に観られているものだ」

「参考にならない助言をありがとう。にしてもこのマンティコア、どうしたもんか……」


 マンティコアは魔物種の中でも上位に入る危険生物だ。

 人の生活圏から離れたカストーチの谷に生息している分は、とやかく言う事ではないが、ここは活発な港街だ。出来るだけ騒ぎにならずに事を済ますのが望ましい。


「マンティコアを拘束し野生へ返す――言葉ほど、容易くは無いな」


 牢屋の中にいる人の顔を模したマンティコアの視線を背けるようにアルゴは両腕を組んで唸る。

 ともすれば、人の都合としては殺処分するのが荒いが手早い解決方法なのだが――。


「ガッドに毒を仕込んだ餌でも用意して貰うか」

「あのマンティコアは賢いから、そんなの直ぐ見抜いてしまうぞ?」

「その時は、牢屋越しでも届く武器を使う事になるだろうね。何か在るかは確認したし、一旦戻ってもらうぞ」


 アルゴは惜しそうにしている盗賊団の頭とアレハム三世を少々強引に背を押す形で、連れ戻す。


 がこり、っとマンティコアのいる牢の石壁が一つ落ちた。


「なんだ!?」


 背後に響いた石の衝撃にアルゴは慌てて振り返ると、釣られる形で盗賊団の頭とアレハム三世が振り返る。


 マンティコアを閉じ込めている大きなダイヤル錠には何も変化がない、強固な鍵はそのままに、牢の主であるマンティコアも何事かと立ち上がり急に石ブロック一つ分崩れた牢の壁を注視していた。


 アルゴはとっさに自分の横に控えている男2人を観察した。


 盗賊団の頭は何事かと薄汚れた血色の悪い口内を晒す様に口を呆けたままにしているのを確認すると、反対側から――しまった。と、か細い失念の言葉が洩れた。


 アレハム三世は艶の好かった丸顔が青くさせ、目を大きく開いて揺らし、突如下手糞になった呼吸のリズムで体を震わせる。


「おい、一体何を知っている!?」


 状況を少しでも早く把握しようとまくしたてるアルゴの言葉に、アレハム三世が今までの落ち着きを全て取っ払う。


「わ、忘れていたんだ……この屋敷は、内戦時代の長い歴史の中で増改築を繰り返していたから……この倉庫代わりの牢だって、元々は……」

「今関係ある事だけを話せ!」

「昔に作られてた、貴族が使う為の隠し通路なんだよ!! ちょうど反対側の、墜ち人の娘とワシの息子共が居るはずの部屋に繋がってる筈なんだ! 牢屋側からは動かせられないから、すっかり忘れていた!!」

「なっ――!?」


 アルゴは寸分違わない目測でアレハム三世の両手首に巻かれた縄を自前の爪で裂き切る。

 アレハム三世が有無を言わずにマンティコアのいるダイヤル錠へ飛び付く。


「ゴガアッ――」

「ひえっ!?」


 マンティコアが、不用意に近寄ったアレハム三世に牢越しで威嚇を発しった。

 尻餅をつき、体勢を崩すアレハム三世の目には、長年の積った埃と砂礫を振るい落として崩れ始める壁が映る。


 次々と崩れていく壁の隙間からは、毒々しい部屋の壁と共に唖然とした表情で硬直している放蕩貴族の3兄弟が顔を状況も知らずに覗かせる。


「何かよく解らんが、壁が崩れたぞ! ファーリー、オール」

「流石だぜ、ジュスギー兄さん! 伊達に一番、この屋敷で引き篭もってないぜ!!」

「この通路って、多分昔の市民革命の時に作られたやつっぽいよね、どこに繋がって――」


 三男のオールが崩れていく壁の向こう側――繋がったアルゴ達のいる牢の惨状を見て固まってしまう。

 マンティコアが3兄弟へとのそのそと近づいていき、アレハム三世が血相を変えて再びダイヤル錠に飛び付く。


 睨んだまま近づいて来るマンティコアから目が離せないオールを不思議に思ったのか、ジュスギーとファーリーが、近づいて来るマンティコアを他所にオールを気遣う。


「どうした、顔が青いぞオール?」

「ふ、2人とも、まままま前、前!」

「前? そうだな、これからは前だけを見ていかなかきゃな、これからは一民として、本当の私デビューだ」

「心配するなオール、三人寄れば文殊の知恵とも言うらしいじゃないか。ここを無事に逃げたら、兄弟3人、協力して生きて行こうじゃないか」

「2人とも、お願いだから今前見て!」


 アレハム三世が錠前の仕掛けを外して牢を開けると、アルゴが形振り構わずに飛び込んだ。


「ん?」

「ふむ?」


 近づいて来たマンティコアが、2歩、助走を付けると崩れきった瓦礫を超えて飛び越える。

 ここに来てようやく、ジュスギーとファーリーが今まさに飛び掛ってくるマンティコアと目が合う。


「いか、せるかあッ!」


 アルゴは通常の人間より一回り大きな体格が走り込み、捨て身で跳躍すると、鍛え抜かれた黒燐のぶ厚い腕でマンティコアの尾を掴み上げて腰をその場で一気に落とす。


 丸で綱引きの様に引き締め上げられた尾によって、マンティコアは開けた大口を、ジュスギーの顔面で止めた。

 事の経緯も把握出来ないジュスギーの顔に、マンティコアの生暖かい息と涎がたれる。


「う、あ」

「こっちへ急いで回り込め! 早く!!」

「はい! 2人とも、手を掴んで、こっちだ!!」


 突然の事態に腰を抜かしそうになる長男と次兄を、三男のオールが両腕で強引に促して一目散に崩れた壁を左側から越えようとする。


 マンティコアが苛立たしさを露に、自分の尾を掴み上げる背後のアルゴを覗う。

 慣れきった剥き出しの殺意に、アルゴは尾を離すと右袖下に隠していた短刀を手へ滑り込ませると、体ごと左前方へと降りぬいた。


 アルゴの手に馴染みきった、肉を裂く感触が伝わる。


「ギアァ――」


 マンティコアが背後を見せた3兄弟へと振り下ろそうとした左前肢をアルゴに切りつけられた痛みと驚きで悲鳴の咆哮上げる。


 アルゴの反応があと一歩遅ければ、背中を抉り取られていたであろう3兄弟が悲鳴も上げられぬまま、おぼつかない足取りで逃げようとするのを、アレハム三世が引っ張っていく。


 自分の久しぶりの狩りを邪魔されたマンティコアが、行く手を塞ぐように身構えるアルゴを値踏みする様に、先程まで3兄弟たちがいた部屋までさがる。


 アルゴがつけた左前肢の傷は、致命傷からは程遠い様だ。


 ――さて、どうしたものか。


 アルゴは右手に持った短刀をマンティコアへと構えたまま算段を立てていく。

 ヒナタが閉じ込められていた部屋と知って慌てて入ったが、どうやら、当の本人はとっくに部屋から脱出していたらしい。


 ――ならきっと、ガッド達に保護されたはず。


 脳裏にヒナタの釣られて気が緩みそうになる顔を浮かべると、不思議とアルゴは自分の体に活力が湧き上がるのを実感する。


 マンティコアが予備動作として僅かに身を後ろに下げると、両前肢の鋭い鉤爪を振り上げた。


「ふっ」


 息を吐き出して体から余分な力を抜いて後方へバックスッテプを踏むアルゴの直前には2双の鉤爪が横切る。

 マンティコアの膂力から放たれる一撃をまともに喰らえば一溜まりも無いだろう。


 ――なんとか隙を観て牢から抜け出すか。それとも、命を賭けて仕留めるか。

 己が今扱える全ての力を、生きる為に振り絞ろうとした矢先、アルゴの耳に甲高い、聴き取り難い音が響く。


 マンティコアが顔皺(かおじわ)を歪に湾曲させ、涎と涙を絶え絶えに苦悶する。


 音のした方向、自分が飛び込んだ鉄格子の向こう側に懸命に犬笛を吹くヒナタの姿があった。

 明らかに足りない肺活量を補おうと、何度も何度も犬笛を繰り返す。


 マンティコアはその甲高い笛の音が繰り返されるたびに挙動が不安定になるが、その狂った視線がヒナタを睨んだ。


 口から吹く泡をそのままに、狂獣となったマンティコアが音の原因を絶とうと鉄格子越しであるヒナタへ突撃していく。


 ――アルゴが狙いを定めて行動するには十分な時間だった。


「ヒナタに――触れるな!!」


 自分を無視してヒナタへと向かうマンティコアの無防備な横合いから、アルゴは大きく一歩を踏みこみ、短刀を投げナイフとして投擲する。


 放射状に軌道を描いた短刀が、マンティコアの頭部を横から貫く。

 マンティコアの四肢が一度だけ強く痙攣して伸びると、自重のままに床に滑り倒れこみ、鉄格子越しのヒナタの目の前でピクリとも動かなくなった。


「ヒナタ、大丈夫か!?」


 アルゴは、言葉を失くしたようにマンティコアの死骸の前で犬笛を握ったまま、黙り立ち尽くすヒナタへ近づき、怪我は無いか触れようか触れまいかと纏まらない思考が行動となって挙動が不審になってしまう。


 固まったままのヒナタの顔が、アルゴを見上げる形でぎこちなく動く。


「ひ、ヒナタ……?」


 アルゴがもう一度、穏かに語りかけるとヒナタは固まった顔を今にも怯えて泣きじゃくりそうな、ぐずり顔に豹変させる。


 表情の変貌振りにぎょっとしたアルゴに間髪いれずに、ヒナタが顔面ごと体をアルゴに押し付けた。

 温かい湿り気がアルゴの腹部に広がっていく。


「……探しました、アルゴさん」


 くぐもってだみついた涙声で、抱きついたままのヒナタがようやく言葉を発すると、アルゴが深い安堵の溜め息を吐き出した。


「ああ、俺もだ――君が無事で、本当に善かった」


 アルゴが自然にヒナタをより深く抱き締めた。

 自分より小柄で非力なヒナタの温もりと、細く柔らかい感覚にアルゴは自分の胸が満たされるのを感じ取る。


 2人の抱擁は、物陰で空気を呼んで成り行きを見守るガッド達が声をかけるまで続いた。




 満月と無限に思えるほどに散りばめられた星が照らす、静に波打つ港街の市場。


 朝の市場とは趣が変わった通りで、ヒナタとアルゴは溢れんばかりにごった返した人の中を、手を繋いで遊歩を楽しむ。


 2人は匂いに釣られて買った、狐色の焦げ目がついた焼きトウモロコシを齧る。


 アルゴに振り向いたヒナタのジャンパースカートが、ふわりとひらめく。


「焼きトウモロコシ、美味しいですね」

「ああ、熟れた甘い身に香ばしい焼き目と、薄く効かせたタレの味がいい塩梅になってるね」


 上機嫌に舌鼓を打つヒナタの横顔に、アルゴは今回の件で責任を感じてしまう。


「食べ終わっちゃいましたけど、芯はどうしましょうか?」

「あそこに焼き饅頭の屋台があるだろ? 軽食を扱う場所では、ゴミ箱も一緒に置いてあるのさ」

「なるほど」


 食べ終わった焼きトウモロコシを2人がゴミ箱に放り込むと、ヒナタが変らずに微笑みながらアルゴを観る。


「どうした、焼き饅頭食べたいのかい?」

「いえいえ、私そこまで年中腹ペコじゃありませんよ」


 ヒナタが更に笑窪を作り、繋いである手をニギニギと絡める指を深くしていく。


 行為の意図を理解しきれないアルゴは疑問に思いながらも、悪い気はしないのでヒナタの好きにさせる。


 感じた事のない居心地の好さをアルゴは受け入れながら、引き続き2人で露店を廻る。


 指についた焼きトウモロコシのタレを、ヒナタは舐め取ると、今日の午前中に世話になった、銭湯の老婆を見つけた。


「あのお婆さん、夜は露店を開いてるんですね」

「俺も始めて知ったよ……あー、そう言う事か」


 銭湯の番台で言われた事をアルゴは思い返し、してやられた様に頭をかいた。


「アルゴさん、どうしたんですか?」

「せっかくだから婆さんの店に寄ろう、いい物が見つかるかも知れない」


 腑に落ちたアルゴに連れられるままに、ヒナタは獣人の老婆に再会する。

 真っ白な毛並みを蓄えた老猫顔の老婆がヒナタに気付くと、眠っていそうな瞳を更に細めた。


「おやおや、無事でなによりだね、お嬢ちゃん」

「はい、アルゴさん達が直ぐに助けに来てくれたので」

「……むしろ、助けられたのは俺だけどね」


 対照的な態度を取る2人組みに老婆は、並べてある自身の商品から一対の翼を(かたど)った、透き通った空色の宝石が填め込まれたペアペンダントを差し出す。


「観ててご覧、こうやって水を垂らすと……」


 老婆が用意していた水瓶に爪先を僅かに浸すと、片方のペンダントの宝石に爪先から水滴を一滴垂らす。


 ペンダントの宝石が水を浴びると、微かに内側から輝きを示し、続いてもう片方のペンダントも発光した。


 淡い青の光りが共鳴しあう様に輝き合う。


「わあ……綺麗……」

「純度の低い魔石だよ、加工すれば見栄えは良くなるから、手ごろな工芸品として人気は在るのさ」

「あう、アルゴさんもうちょっと雰囲気をですね……」


 淡々としたアルゴの解説に残念な色を隠せないヒナタに、老婆が頷いた。


「そういうもんだよ、お嬢ちゃん」

「そ、そういうもんですか……」

「?」


 女性2人のやり取りが解せないアルゴは、ペアペンダントの値札を確認すると、臨時収入によって膨らんだ小銭いれから値段丁度分の硬貨を取り出す。


「婆さん、値段丁度で」

「おお、ありがとさん」


 簡素な取引を手早く済ませると、アルゴは購入したペアペンダントの一つを、驚いているヒナタの頭上から首へとかける。

 後で長さの調整が必要そうだった。


「アルゴさん、いいんですか?」

「今回のお詫びと、助けて貰った報酬――にしては、まだ払い足りないと思うけどね」

「わ、私も付けて上げます!」


 ヒナタが興奮した仕草でアルゴの手からもう片方のペアペンダントを受け取ると、自分よりも一回り大きなアルゴに自分がして貰った様にペンダントをかけようとするが、身長差故にどうにも届かない。


 アルゴが黙ってヒナタに合わせて身を屈めてようやく、ヒナタはアルゴの首にペンダントをかける事に成功する。


 2人の首に、対になるペンダントが首元から少しずれた位置でぶら下がる。


「うん、似合ってますよ、アルゴさん」

「そうかい? 着飾った経験が無いからどうにも首が落ち着かないんだが……」

「絶対に外さないで下さいね。じゃないと、私が迷子になった時、アルゴさんに気付いて貰えませんから」

「そうだな、日常的に身に付けておくようにしようか。――訳もなく、やたら滅多らに魔石を光らせないでくれよ?」

「う゛」


 釘を刺されたように言葉を詰まらせるヒナタを観て、アルゴは仕方無さそうに口元を歪ませ、同時に笑みを堪えた。


「……時と場所と場合は弁えてくれよ?」

「――はい! そうします」


 ヒナタが再び上機嫌になって両手を合わせて笑うと、さっきまでと同様に再びアルゴの黒燐に覆われた手を取る。


 老婆に別れを告げると、2人は夜市の散策を再開した。

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