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進退両難

「……んと、ここは……?」


 何時の間に意識が落ちていたのか、ヒナタは沈んでいた己の意識を自覚すると、覚えている限りの直前までの記憶を反芻した。

 ――確か、人攫いの人に捕まって、変な光が起きて、それで――っ!?。


 事態を飲み込み始めると寝ていた体をバネの勢いで起す。

 反発する様に沈み込む地面の感覚に驚いてみれば、自分が大きなベッドに寝かされていた事に気付く。クイーンサイズのベッドだ。

 泊まった宿のものと比べるまでも無い高級なベッドの品質に、部屋の様子を見渡す。


「ホテルにそっくり……」


 自分が占領している部屋の中心にあるベッド。床には赤と紫を主軸にした、毒々しさを感じさせる派手な模様の絨毯が敷き詰められている。

 周りにある化粧棚やクローゼット、飾る為の見栄えを持ちながらも家具として機能する室内装飾から見て、この部屋の主はかなりの財を持っている様だ。

 ――つまり、ここは他人の部屋って事で、直前の事態から察するに――。


「私また拉致られたーー!?」


 自分が再び着の身着のまま拉致被害に遭った事を把握すると、ヒナタは部屋から飛び出そうと、急いで唯一の扉のノブへと手を掛ける。


「うえ!? 外側から鍵がかかってる? もしかしなくても、窓も――無い!」


 ――この部屋絶対に危ないよ!

 人が快適に住むにしてはおかしいセキュリティに危機感を増したヒナタは、踵をかえして室内を物色する。

 一度ベット付近まで戻り化粧台の収納スペースを全て空けてみる。見慣れない容をした瓶の山と手付かずの化粧道具が出てくるが、今のヒナタにとっては不要だ。


 今度はサイドテーブルを物色すると、何故かハンカチと一緒に女性用の下着が混じって収納されている。


「もー! 役に立つもの無いかなあ」


 脱出への糸口になりそうなものが見当たらず、募る焦りで適当に掴んだ下着をサイドテーブルの壁へと投げつける。

 投げつけられた下着がサイドテーブルと壁の隙間に落ちていく。


「あ、やっちゃった……拾わないと」


 行儀の良くない自分の行動を省みたヒナタが、落ちた下着を拾おうと、サイドテーブルと壁の隙間に変ったものを見つけた。


「なんだろ、これ……ひっぱれそう?」


 サイドテーブルを盾にして隠れるように、壁には不自然な鎖が一つだけ、生える様に垂れていた。

 ヒナタは好奇心の赴くままに鎖へと手を伸ばす。

 背を向けている扉の方から解錠の仕掛けが鳴った。


 音に驚き恐怖と焦燥に駆られて振り返る。

 乱雑に開かれたドアから高貴さを覗わせる衣服に身を包つつみ込んだ不審者三名が押し入って来た。


「ノックもせずに初めまして! 女性は40過ぎてからが守備範囲の長男ジュスギーです!!」

「獣人の女性が一番素敵!! 次男のファーリーです」

「愛と性別と年齢と種族は必ずしも関係性は無い!! 三男のオールです!!」

『三つ子揃って! ガメックスの引き篭もりドラ息子トリオです!! 宜しくお願いします!!』


 似た顔をした三つ子の放蕩貴族三人組が勢い任せの自己紹介もとい、性的趣向をヒナタにカミングアウトしながら握手の為に手を差し出した。

 練習したのかタイミングが綺麗に揃っている。


 ――何か、この人達恐い。

 無言のままヒナタが警戒を解かずに一歩下がる。

 三つ子はお互いの顔をつき合わせると互いに向って、それ見た事かと視線でなじり合った。


「だからお兄ちゃんは言ったんだ! もっと優雅で貴人らしく、口に薔薇を咥えて登場しようって! この方法は幾らなんでも防御を棄て過ぎだ、ファーリー!!」

「何おう!? 練習したら口が切れて痛いからやっぱり薔薇は止め様って言ったのは、ジュスギー兄さんじゃないか! それにこの方法を僕に提案したのはお前だろ、オール!」

「正直もう失敗したと思うんで帰っていいですか? 今回のお見合いも失敗って事で」

「諦めるな、きっとまだ初対面好印象のチャンスは――」


 長男であるジュスギーが覗う様にヒナタへ期待を込めた瞳を向ける。

 ヒナタは冷静に首を横に振る。

 ジュスギーが絨毯に跪いて握り拳を叩いた。


「くそう、やっぱり現実は甘くねえ!」

「あの、そもそも私は今どう言う状況なんでしょうか?」


 取り乱す三つ子の様子で幾分か冷静になったヒナタが、取り合えず実害は少ないであろう三人組に状況を尋ねる。

 三つ子はどうするべきか確認し合う様に再び視線を交えると一様に頷く。


「よし、それではお教えしましょう、おぜうさん!」

「何を隠そう、君は選ばれたのさ! 落ち人の乙女よ!!」

「早い話が我が家のお家騒動に巻き込まれたんだよ、今ウチの一族が王族に睨まれて大変でさ」

「オール、初対面の相手にいきなりこっちの内情を言うヤツが居るか!?」

「いいじゃないか、別にこの人も家の人間になるんでしょ?」

「家の人間になるってどう言う事ですか!?」


 聞き捨てならない言葉にヒナタが素っ頓狂に叫ぶ。

 三男のオールは頬を掻きながら言いあぐねると、フェーリーとジュスギーが庇う様に間に入った。


「それならまず落ち人の君にも解る様に我が家の事からお話しよう! 我が家はこの港街、ガメックスを代々取り仕切っている名門貴族でねそれはもう、長い事ここを取り仕切っていたのさ」

「ガメックスは交易の要所の一つでね。規模こそは少ないけど、王都へは鉱物と質の高い工芸品を送っているのさ」

「王都の貴族院でも発言力は高くて、王様にだって一言物申せた立場でも在るんですよ……最近はかなり怪しい事になりましたけど」

「は、はあ……あの、それで何が問題になっているのでしょうか?」


 誇らしげに語る長男と次男に、ヒナタが曖昧に同意すると二人は「ふっ」と優雅に息を吐きながら同じ様にセットした前髪を手ぐしでかき上げる。


「いや、実はこの国は少し前に周辺諸国との戦争で見事に勝ち残ってね、今まさに王都を中心に新しい時代を築こうとしている所なのだよ! 今をより善くしようと誰もが大忙しさ」

「新しい時代を迎えるに当たって王は王都の政治基盤を今より、より強固なものへ変える積りらしくてね。それで――」


 次男のフェーリーが言葉を続ける途中で、ヒナタが思いついた様にブラウンの瞳を輝かせた。


「あ! もしかして、それで王様の方から邪魔者扱いされちゃってるんですか? 何か、私の状況とかを察するに、ここの領主さんは、あまり表沙汰に出来ない事もやってた見たいですし……その、密輸とか?」

「――なんと」


 三つ子が何気なく呟いたヒナタの言葉に、目の色を変えて固まる。どうやら図星であるらしい。


 ジュスギーがあからさまな咳払いを吐いた。


「まあ、一応弁明させて貰うとね、色んな偉い人達に頼まれていたって言うのもあるのさ。お陰でエライ事になっちゃってるんだけどね」

「良くある事なんだろうけど、王様達は新しい時代を作るに当たって、恥かしい過去を無かった事にしたいらしくてね」

「皆がやった悪事は、お互いに黙って原因を無かった事にすれば無いも同然、って事だね……いやー、悪に栄えた試しは無いってこう言う事なんだろうね」

「僕たちの家がここ数年、改革強硬派の王家に小言を言い過ぎたせいもあるかもだけど」

「えーと、要するに……派閥争いと昔やってた悪い事を隠す為の口封じを兼ねて、お家没落の危機って事ですか?」


 ヒナタが浅く数回頷くと微笑んだ。


「ふむふむ……それで、どう絡んだら私がこんな目に会う必要が会ったのでしょうか?」


 微笑みに満ちた瞳から滲む怒気に三つ子が背に冷や汗を湿らす。

 誰が口火を切るかで視線を巡らせあうと、フェーリーがしどろもどろに言葉を選んでいく。


「つまり……ですね、お家を取り潰しに危機に瀕した今の状況下で、父上は危惧しているのです。なんせ、家を継ぐ筈である息子達が三人揃ってご覧の有様ですから」

「確かに、家を継いで貰うのにはちょっと不安が在りそうですよね、お三方とも」


 ジュスギーが胸に手を当て苦しげに声を洩らす。


「ぬぅ、何て痛い所を突いてくれるんだ……なまじ事実だから反論出来ぬ!?」

「いやーぶっちゃけ甘やかされて育った上に、何時もは三兄弟仲良く本を両手に引き篭もってたんで、なーんも出来んのですよね、僕ら。えーと、ですからね? 先の話しもあって、父上もお家存続を模索できる元気な内に、孫を見たいと躍起になっていまして……自分がお嫁さんを複数持ってるからって、僕達にも同じ事をやれって無茶を要求して来たんですよ。三人とも女性経験なんて無いのに!」

「……はい、お話の流れ的にお察しだと思いますが、墜ち人の君は僕達の都合の良いお嫁さんとして狙われた訳です。何かもうすみません……」


 ヒナタが眉間と顎に皺が出来るほどに顔を渋く引き締めた。


「詳しい事は解りませんけど、こう言うお家柄の場合は血筋とかが大切なのでは?」

「面倒事にほぼ必ず巻き込まれる家に、娘を嫁に出す親はいないっすよ……国外の相手も一時期考えてたんですけど……今度はそれが王家側に良くない印象を与えてしまったらしくて……」

「残っていた手段で、家の体裁を保ちつつ、嫁として迎えることで箔がつくのは珍しい墜ち人くらいだったんですよ」

「条件だけで見たら、どんぴしゃなんですね私」


 経緯に納得が行ったのか、ヒナタが顔の皺を消してしきりに頷いた。

 ヒナタの頷きで安堵した三つ子が、緊張を解いて安堵の溜め息を吐く。


「それじゃ、帰り道を教えて下さい。アルゴさんがきっと心配していると思うので」

「直前までのやり取りを放り出した!?」

「うわ、息ぴったり」


 気軽にベットかた立ち上がり軽い足取りで部屋を出て行こうとするヒナタに三つ子達が同時に叫び、血相を変えて廻りこむ。


「待つんだ麗しの君よ! ここでおいそれと帰してしまえば、我が家は潰れるも同然! 申し訳無いがここから自由にする訳には行かぬ!!」

「我ら三つ子、正直に申しますと普通の歳若い女性にはそれほど興味はございませんが、時間で育まれる絆も在るゆえ、ワンチャンあるんじゃないかと前向きに考えております!!」

「それ、私の意志に対する尊重が微塵も無いじゃないですかー! 嫌です、お断りします! 私は帰りたいんです!!」


 気後れする様子も無く感情を発露させたヒナタの抗議に、三男のオールが顔から血の気を失い眩暈を起す様に床に崩れた。


「ぐうゥ、駄目だ……女性に否定されると僕の心の臓と精神がボロボロに……」

「しっかりするんだ、オール!」

「まさか、我々三つ子が女性との会話に対して致命的な弱点を抱えている事に気付くとは……流石は墜ち人……っ!?」

「ええぇ……何か私が悪い感じになってません?」

「こうなれば致し方なし! 大変不本意ではあるが、こうなったら力付くでも……」


 真剣な顔つきになったジュスギーが構えると、ファーリーとオールが立ち上がり、ヒナタから見て縦一列に並んだ。

 ヒナタは、何か仕掛けてこようとする三つ子に危機を感じ取り、怯えながらも身構える。


「ふふ、今更怖気づいたとてもう遅いですよ……自由が欲しくば、貴女自身の力で自由を勝ち取ってみなさい! 行くぞファーリー! オール! 三つ子、悪夢の狂想曲(トライアングルブラザーアタック)だ!!」

「そのまま突撃して来たー!?」


 三つ子が高らかに息を合わせたまま、ヒナタ目掛けて突っ込んで来た。

 ヒナタが背を向けて部屋の奥へ走るのを、三つ子が列を崩さず追い掛け回す。


 室内のベットを中心に円を描いて逃げ回る女子高生と、追い掛け回す馬鹿三人が、バターにならずに延々と走り回る。

 色んな意味で泣きたい状況のヒナタだが、どうにかこの悪夢を脱しようと辺りを確認する。

 ――こうなったら、一か八か!


 このまま逃げ回っても埒が明かないと、事態を打開する為にヒナタは打って出る事にした。

 走る体の軸方向を思い切って、ヒナタはベットの方へと向けて飛び込んだ。


「ベットを跳んで僕らを振り切る積りですか!? 阻止するぞ、二人とも!」

「何処までも着いて行くよ兄さん!」

「目の前に同じく!」


 三つ子がベットに飛び乗って部屋の扉へ向けて跳ぼうとするヒナタに立ち塞がる壁として行く手を阻む。

 ヒナタは構わず、三つ子の頭上目掛けて跳んだ。

 突如として体を襲う浮遊感の恐怖を度胸で捻じ伏せて、三つ子達を足場代わりに、頭、肩、背と止まらぬ勢いで踏ん付けて行く。


「僕を踏み台にしたあ!?」

「父上にも打たれた事がないのに!?」

「なんとー!?」


 突如として掛かった女子高生の全体重に、運動不足な引き篭もり三人が順に倒れていった。

 走り込んだせいもあってか、立ち上がる事すら出来ない三兄弟を背に、体勢を崩しつつも何とか着地したヒナタが勝利と共にどこか空虚な気持になる。


 ――争いって悲しいですね、アルゴさん。

 自らの体験を持ってそれを学び取ったヒナタが静に部屋を出ようとノブへ手を回す。

 まだ鍵が掛かっていた。


「え?」


 疑問を口に出したヒナタの背に、長男のジュスギーが勝負には負けたが試合には勝った、苦しげな笑みを浮かべる。


「残念だったね、囚われの君よ……戦いとは、常に二手三手先を読んで行うものなのさ……そう! ここにある解錠の指輪が無い限りね!」

「あ、じゃあそれ下さい」

「しまった! ついうっかり言ってしまったが簡単には上げられ――はうっ!?」


 若干この三つ子達と付き合うのに苛々して来たヒナタが、背を向けて倒れ込むジュスギーに対して馬乗りになる。

 ジュスギーが抵抗しようと指輪を持つ手を反対方向に伸ばしながら片手で頭上からヒナタに抵抗する。


「その、指輪を、さっさと下さいー」

「ちょ、ちょっと待つんだお嬢さん、そんなに人の上で暴れないでくれ、新しい扉が開いてしまう!?」

「じゃあ、早く私を部屋から出してくださいよー!」

「だから、それは、出来ぬと――あ、柔らか」

「はひっ!?」


 しっちゃかめっちゃかになる二人組みが取っ組み合いの末に、ジュスギーがうっかりとヒナタの双球に浅く触れる。

 気まずい沈黙が辺りを包み、次男と三男は顔を背けたまま狸寝入りを決め込む。


 ふむ、とジュスギーが倒れたまま何かを理解する。


「想像よりは豊かでは――」

「何乙女に失礼な事言ってんですか!?」

「きゅう」


 ジュスギーの脳天にヒナタが手刀を叩き込み、一撃でノックアウトさせる。


「クラスでは平均より少し上だし、成長期だし、そもそも大きければ良いってものもでも無いし……」


 ヒナタは顔を赤くしたまま、指輪をジュスギーの手からもぎ取ると、触られた所を恥じる様に手で隠したまま、ぶつくさと小言を洩らしながら外へ出て行く。


 ヒナタの手にした指輪に反応を示した扉の鍵が、勝手に開く。

 漸く外へ出れると期待に輝かせたヒナタの瞳が、開いた扉の光景によって急速にその輝きを失っていく。


 逃げ回る荒くれ者と大人しく連行されて行く使用人達。

 彼らを狩る様な勢いで動き回っているのは、公衆浴場で目にした、アルゴの後ろにいた人達だ。


「ヒャッハーー! 逃げる奴は犯罪者だー! 逃げねえ奴は訓練された犯罪者だー!!」

「人身売買しちゃう悪い子はどーこーだああぁー?」

「ウラアアァァーー!! 人の尊厳と命を奪って金儲けに使う様な屑共に人権と慈悲はねええ!!」


 ヒナタの目の前には血眼になって家宅捜査を強行する甲冑に身を包んだ騎士が大暴れしていた。

 目の前の惨状にヒナタは眩暈を覚える。


「アルゴさーーん!! 何処ですかあああ!」


 堪らず、ヒナタは天を扇ぐ様に叫び声を上げていた。


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