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好機到来

 揺れる桟橋を船から港へと一息に駆け抜くと、ヒナタは自分の重心が非常に安定した事を知り、逆にいままで揺れていたせいで違和感も体に残った。


「なんか、落ち着かないですね。体がまだフラフラしてる感覚が残ってます」

「船旅はそんなもんだよ、歩いていればそのうち治るさ」


 自然に差し出されるアルゴの手を握り返してヒナタは船員に別れを告げる。

 気がつけば海から揚げられた大量の海産物の臭いに満ちながらも、騒々しい港市の喧騒が周囲に溢れかえってくるのに気付く。


 前回いたガメックスの港と活気に差は無い筈だが、どこかに差異を覚える。


「なんだか、ガメックスの港よりも皆さん早く動いてる気がします」

「そりゃ王都だからね。競争する商売相手が多いから、だれもかれも食い扶持稼ぐのに大忙しだよ」

「なるほど……」


 怒声との判別がつけられない取引にヒナタは会話が出来ている事に驚きつつも港を抜ける。


 王都はガメックスの時とは違った趣でヒナタを向かえた。

 年季の入った石造りの建築物の世界に、年齢性別、種族を問わない人々が忙しなく動き回っている。


 空を見上げれば背の高い建築物と煙突が視界を覆うように聳え立っている。その高さはこの国が歩んで来た道のりを誇っている様にさえ見えた。


 自分の手を強く握ったまま興味深く街を観察しているヒナタに、アルゴは振り返る。


「観光は楽しんでるかい?」

「はい、私の住んでた場所では中々お目にかかれない光景ですよ。これぞ西洋! って感じです。アルゴさんはここが故郷なんですか」

「生まれたのは、君と最初に着いた村よりもっと寂しい寒村だったよ。戦で焼け落ちたから、跡形も残ってないと思う……ああ、別にそんな気にしなくていいから」


 感情の揺れ幅も示さないまま、過去を語るアルゴが表情を濁らせたヒナタに軽く手を振る。


「その、今度からもう少し考えてから発言します……」

「今のままでいいさ。過去は過去だ、戒めにするか忘れるか、それとも大切に背負うか。自分で決めればいいよ」

「あ、なんか大人っぽい」

「俺は大人の男だからね、成功も失敗も程々にあるんだよ。ほら、あそこが最初の目的地」


 言っていて自分で恥かしくなったのか、アルゴは切り替えるように一つの建物を指差す。


 民家らしく他の建築物と比べると、幾らか造りが新しげな建物がヒナタ達を出迎える。

 玄関口の上にヒナタが一度も観た事の無い模様が描かれた旗が立て掛けられ、警備兵らしき見張りが立っている


 物々しい雰囲気とは裏腹に、大きく開かれた玄関口からは民間人らしき人々が気軽そうに出入りしている。

 開けっ放しになっている天窓へ、何処からか飛んで来た鳥が、軽やかに入り込んでいった。


 その様子を観て、ヒナタは建物の正体に気付く。


「もしかして、郵便屋ですか?」

「それも中に在るって感じかな。手紙の流れを国で管理してる」

「村から飛んでいったドバトさん、無事につけてますかね?」

「トビに食われてなければね」


 アルゴが先導して建物の玄関に向うと、見張りの兵士が僅かに警戒の色を出すが、ヒナタがはにかみ頭を下げると咳払いを一つして2人が通り易い様に道を空けた。


 大理石の光沢が栄える玄関を過ぎ通ると、受付らしき場所と数字らしき記号毎に大きく仕切られた空間に出る。


「おお……私の世界の役所そのままだ」

「墜ち人が主導で、一度立て直した国だからねえ」


 アルゴの容姿に気後れしない受付嬢の案内で、2人は示された通りの道筋を辿っていく。

 階段を2回登ると、ヒナタは部屋の温度と湿度が少し上昇したように思えた。


「空気が変った様な……」

「あれが原因じゃない?」


 鼻を動かしながら疑問を出すヒナタに、アルゴは原因へと鋭い爪を床の方に指し示す。


「くるっぽー!!」


 ドバトが床で休むドバトの上に直立していた。

 気付けば階内の床は、ドバトが人間を意に介さずに平然とうろついている。


「ドバトさん、もしかして放し飼いですか?」

「粗相するわけでもないしね、人の手で育てられてるから、何をしていいのか悪いかは躾けられてる」

「私の知ってるドバトより意思疎通が出来るんですね」

「くるっぷー!」

「わあっとと」


 ドバトの一匹が死角から飛び出し、ヒナタに飛び込んでくる。ヒナタが手を伸ばすと、服袖の上に飛びのった。

 ヒナタが自分の腕ごと体に引き寄せれば、ドバトは心地良さそうにヒナタの胸元へと顔を寄せる。


「人懐っこい子もいるんですね」

「何故だか腹立つな、このドバト」

「そうですか? こんなに可愛いのに」


 ドバトはアルゴの方に鳥目を向けながらも、ヒナタの胸元に顔を擦り付けるのを止めない。


「このドバト、中身はオッサンじゃなかろうか……」

「さっきからどうしたんですか?」

「うん……君が気にしないなら別にいいか」


 腑に落ちずに先をいくアルゴの背を、ヒナタは早めの歩みで追い掛ける。

 アルゴは一旦振り返ってヒナタの手を取ると、進むペースを上げて郵便の受付へと向う。


「アルゴさん、どうしたんですか?」

「ちゃっちゃと用事済ませてご飯にしよう、お腹は減ってるだろ?」

「はい、王都の名物ってなんでしょうか」

「最近はソールズベリー・ステーキが話題だったかな。港から入ると解らないけどね、王都を囲う城砦と王都の間には、国営の牧場が幾つも在るんだ。王都に住んでる人は、ちょっと贅沢をしたい時に、そこ産の肉料理を食べるね」

「ソールズベリー……あっ、煮込みハンバーグですか!」


 ヒナタが聞き慣れない言葉を自分の中で当てはめ直している間に、アルゴは受付との作業を終えて手紙と一緒に、同サイズの封状を受け取る。


「よし、それじゃあ食べに行こうか。昼間にランチをやってる行きつけの酒場が在るから、そこに案内するよ。まあ、昼間から飲んだくれてるやつ等もいるけど、人前で悪酔いをするほど馬鹿なやつらじゃないから」

「やった、久しぶりのハンバーグだ。お肉は、豚と牛に合い挽きですよね?」

「勿論、黒胡椒は減らして貰うかい?」

「アルゴさんったら、また子供扱いしてー」


 ランチの予定を楽しみながら去って行く2人の会話を受付の男が神妙な顔をして黙って見送っていく。

 隣で別の作業をしていた中年の女性が、肘で突いて来た。


「最近の子は、恋愛観が大分広いのねえ」

「そうですか? 俺には保護者と子供にも見えますけど」

「そんなんだからアンタ、20半ば過ぎで独身なのよ、知り合いの子を紹介して上げようか?」

「ち、違いますよ!? 貯蓄無いし、独りでまったりと趣味過ごすの楽しいし、と言うかそもそも、結婚=幸せに直結っていうのは古い考えかたな訳で――」

「でも彼女は欲しいんでしょ?」

「……はい」

「そもそもアンタの場合は痩せる事と甲斐性だね。さっきのリザードマンの人ほど、頼りがいは必要無いけどさ」

「ぐうの音もでねえ……」




 陽射しが高くなり、傾きを始めた王都の繁華街は人の数が、(みち)から外れた飲食店に集中していた。


 店のテラス席では赤白の縞模様に満たされたパラソルの下で、客が調理油で炒められた海老を手掴みで殻を剥き、しゃぶり付いている。


 ヒナタはそれを呆然と眺め、僅かに開いた口元の下で喉が鳴った。


「あっちにする?」

「いえいえ? 私の舌はもうお肉の予定なので、大丈夫です」

「空腹は最高のスパイスって言うしね、その我慢が報いられる事は保障するよ」


 アルゴはヒナタを先導する容で、年季が入り看板が所々に錆び付いた店の玄関を遠慮なく開けてしまう。


 野暮ったい大笑いが飛び出して来た。

 声に動じないアルゴの背後に、ヒナタは無意識にアルゴの服を掴んで着いて行く。


 店内は狭い入り口に見合わないと思える程度には広く、外よりも僅かばかりに暗いランプの灯りを吹飛ばす男達の笑い声が木霊している。


 客である男達は着ている服こそ、ヒナタが観て来た民間人の衣服と同一のものだが、濁りながらもぎらついた眼と、捲くられた袖から出ている腕の筋肉が堅気の者ではない事はヒナタでも一目で解った。


 極めつけは誰も彼もが大なり小なりに傷痕を持っていることだ。


 ――ここにいる人達、もしかしなくも皆アルゴさんと同じ傭兵さん達だ。


「おおっ! アルゴじゃねえか!? 今回は早かったじゃねえか、稼げたのか?」

「本当だ! アルゴが今回も生きて帰ってきたぞ、お前ら!!」

「死んだらここに顔は出さねえよ、店のツケを殊勝に払うなら話しは別だがな、ダハハッ」


 仲間達とエールをがぶ飲みしていた初老の男がアルゴに気付いて振り返る。同じ席にいた男達も、アルゴに気付くと酒が満たされた杯を手にしたまま挨拶を送った。


「生憎とね、王都が例の武器の生産数上げたのは本当だったらしい」

「えー、マジかよー。こりゃ、俺達もいよいよ本格的に店じまいか」

「ていうか、最近仕事がメッキリ減ったからこうして飲んだくれてんだろ、俺ら」

「まあな! 今までの戦でがっぽりお金貰ったしな!!」

「それも現在進行形で使い潰してるけどな!」

「ちゃんと貯蓄しろよ、お前ら。じゃないと今年の冬越せないぞ」

「そりゃ丁度いい、人殺して稼いだ金だ。まだ残ってる内に持ち主が死んだ方が、回収したお上が有効に使ってくれるってもんよ」

「俺はちゃんと貯めてるぞ、今年の秋に子供生まれるし」

「マジかよ!?」

「お前、そう言えば前の仕事行く前に恋人にプロポーズして、指輪を預かって貰うとか言ってたよな」

「おうよ、男一世一代の大博打だったぜ! 彼女の肖像画を入れたペンダントを、胸の頭と背に入れてなかったら死んでたわ。全部ピンポイントで矢を防いでくれた」

「色々と凄いな!?」


 アルゴが男達と互いに軽く握った拳をぶつけ合いながら世間話を興じる。

 その顔つきにヒナタは何時もと違ったアルゴをみる。

 自然と笑っているのだ。あの船の夜で見せた貴重なアルゴがここにいた


 ――なんか、ちょっと。


「あの、アルゴさん?」

「ん? ああ、スマナイ。話しに夢中になってたね」

「ほあ? アルゴ、お前の後ろにいる娘っ子、誰だ?」

「えれー、べっぴんさんだなあ、もしかして護衛してる貴族様かい?」

「珍しい。綺麗な黒髪だ、異国の人かい?」

「ああ、違うよ。この子はヒナタっていう名前で――」

「はい。私、スズキ・ヒナタと言います。アルゴさんにはとても大切にさせて頂いて、今後とも長い付き合いになる予定です」


 傷だらけの男達に物怖じせずにヒナタは言い切ると、自分が今まで習ってきた作法で、一番丁寧なお辞儀をした。


 眼を丸くするアルゴの方に顔を向けると、首にかけていたペンダントを握り締めたまま、悪戯を誤魔化す為に笑顔で舌先を小さく出した。


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