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第1話「異世界転生したくらいでコミュ障が治ると思っているのか?」

ご閲覧ありがとうございます。



 僕の名前は水戸場みとば あきら

 地元の高校に通う、ありふれたどこにでもいる学生だ。成績は中の中の帰宅部。学校の成績なんて、きっと毎日真面目に授業を聞いて、家でこつこつ自習でもすればトップに躍り出ることなんて容易なのだろうが、僕はそんなつまらない人生を送るつもりはない。まぁ、そんな偉そうなことを言っても、やり遂げたいことなんて特にないんだが。選択肢が多いゆえの停滞とは、現代人特有の贅沢だな。

 今日も退屈な授業を終え、帰路につくところだ。一緒に通学路を歩く人間はいない。それは別に僕が虐められているとかではなくて、単純に一人が好きだからだ。大人数でウェーイするのは他の連中に任せていれば良い。

「あ、水戸場君」

「エッ、ア、ぼく、アイヤ、お、おれ、すか」

「ポケットから何か落ちたよ、はい」

「アッ、それ、あ、ソスカ、ドモ……す」

 不意に後ろから声を掛けてきたのは同級生の昭島あきしまさんだった。肩の辺りで切り揃えられよく手入れされている黒髪は、普段から彼女が身だしなみに気を遣っていることが伺える。清楚、という言葉は彼女にこそ相応しいのだろう。

 そんな清楚系同級生だが、どうやら僕が家の鍵を落としたことに気付いたらしい。やれやれ、落ちた音で分かるからわざわざ声なんて掛けなくても良かったのだが。まぁ、女性の気遣いにそんな無粋なことを言うものではない。ここは紳士として振る舞っておくべきだろう。

 僕は昭島さんに一礼すると、少しだけ彼女から距離を取ってから再び歩き出した。また水戸場君が落とし物をするかも、という心配を掛けたまま後ろを歩かせるわけにもいくまい。いらぬ気遣いかもしれないが。

 仕方のないことだが、学校を出たばかりの道は帰宅途中の学生で溢れている。僕の家までは徒歩で十五分程度の場所なので、始めの五分程度はどうしてもたくさんの学生と同じ道を歩かねばならない。一人を愛する身としては、少し窮屈と言わざるを得ないのだ。

 だが、それにしても。それにしても今日は少し落ち着かない。別に昭島さんの所為ではないが、今日ばかりは遠回りでも別の道を帰るとしよう。僕は大きな車道沿いの歩道から外れ、住宅街を通って帰ることにした。



 住宅街は程よい静けさで、授業に疲れた僕を労ってくれているようだった。ここは他の生徒があまりいないので、周りを気にすることなく歩くことができる。

「やれやれ、いつもこの調子で下校できたら良いんだがな」

「わ、びっくりした。水戸場君って独り言言うんだね」

「ウェッ!?」

 急に背後から声がして、僕は慌てて後ろを振り返った。少し大きな声が出てしまったが、こういう方が不審者相手には牽制の効果があったりするのだ。どこかで見ている神的存在よ、僕に不定期奇声マシンのレッテルを貼るのはやめてもらおうか。

「アッ、アキし……さん、アッ、エ」

「ごめんびっくりさせちゃった? 水戸場君、きょろきょろして別の道に行っちゃったから、何かまずいことしたかなって思って」

「アッ、いやゼンゼンッ、かぎ、鍵拾って、その、スンマセ」

「お、驚かせちゃったのは私だけどちょっと落ち着いて」

 僕が慌てているように見えたのか。女性一人に背後から声を掛けられたくらいでは、少し驚きこそすれ、慌てふためく程のことでもない。それにしても、昭島さんは親切で鍵を拾ってくれたというのに、何かまずいことをしたかと心配してくるとは。気遣ってくれるのは良いが、落ち着くべきなのは彼女の方なのではないだろうか。

「アッ、だいじょ、大丈夫だよ昭島さんちょっと心配性、心配性だねフフッ」

「そう? なら良かった。あんまり水戸場君と話したことなかったから」

 確かに昭島さんとは数える程度の会話しかしていない気がする。まぁ、それも僕がクラスの連中と必要以上の関わりを持っていないのが悪いのだが。昭島さんは、二年生にもなって友達がいない水戸場君は少し人間的に問題があるのかもしれない、なんて考えを持っているかもしれない。その誤解はここで解くべきだろう。

「そうだねそういう誤解を生んでしまいかねないのは否定できないけどこれで僕が一般的な学生であることは分かってくれたかな」

「えっ、何?」

「イヤッ、ソ、なんつか誤解されてたら嫌みたいななんつか昭島さんは悪くないっていうか」

「え……っと」

「ア、エ、アッソノ、ぼくひとり、一人好きみたいなハフッ」

「あ……そっか。うん、ごめんね。じゃあ私、戻るから」

「アッエッ」

 昭島さんは申し訳無さそうな顔をして来た道を戻ってしまった。どうやらこちらの意図が上手く伝わらなかったらしい。彼女が気に病むことは何もないのだが、やはりその辺りは心配性というか、気にしてしまう性格なのだろうか。

 呼び止めて訂正しても良かったが、彼女にも彼女の都合がある。ここはそっと引いておくのが上手な人付き合いというものだ。

「僕がリア充グループの人間なら、もう少し気の利いたことが言えたんだろうけど……な」

 夕暮れに落ちる影一つ。

 僕の呟きは、誰の耳に届くこともなく、住宅街に吹く穏やかな風と共に消えた。

「いやいやいやいや」

「ん?」

「だろうけど……な。じゃないでしょ。想像以上に人付き合い駄目ですね」

 どこからともなく女の声がして、僕は周囲を見渡す。人の姿はない。

「そんな挙動不審にならなくて良いですよ。今見えるようにしますから」

 先程の声が、今度はもう少し近くで聞こえた。声がした方向を見るも、やはり誰かがいるような気配は――

「こんにちは」

「みぎぃっ!?」

「今左向いたでしょ貴方……ああ悲鳴か、それ」

 突然、左を向いた僕の前に人が現れた。いや、人なのだろうか。

 身長が167センチの僕よりも少しだけ背が低い少女が、そこにはいた。腰まで伸びた白い髪はこの世のものとは思えない輝きを放ち、二つの瞳は宝石のように赤い。住宅街に似つかわしくない西洋風の白い服を身に纏い、手にはRPGで出てきそうな神々しい杖。一体、この少女は――?

「なんっ、誰、す」

「なんて?」

「イヤッ、だからあのっ、誰、だ、どちらさまス」

「この人自分が上手く会話できてないことに気付いてなさそうだな……ちょっと待って下さい。えーと、はい」

 少女は何もない空間から分厚い本を出し、僕に向かって手にしていた杖を軽く振った。

「うおっ!? 可憐な少女が出てきたかと思えばいきなり魔法ぶっぱかよ! って……あれ? 何もされてない?」

「うわぁ、対話スキル上げてもこれかぁ。しんどいなぁ」

「おいおい、一体何が起きてるのか説明してくれよ。まさか昭島さんの正体はファンタジー風の女の子で、今までは仮の姿だったってか? それどこのラノベ?」

「はぁー、この人にこれから説明しなきゃなんないのかぁ……。はい、順を追って説明しますから、ちょっと静かにしててくださいね」

 少女は自分の目元を指で押さえた後、僕に向かって手で「待て」の合図をする。まったく、僕は犬か何かか? まぁ、そこに突っ込んでいても話が進まない気がするので、僕は大人しくそれに従っておくことにした。沈黙は口論より雄弁である。

「まず、私は先程まで貴方とお話をしていた昭島ひまりさんではありません。私の名前はホワイト・アゲート。こことは別の世界から来ました。ああ、私と会話している間は、他の方に我々を認識することはできませんのでご安心ください」

 周りに人がいないかを確認した僕に気付いたのか、ホワイト・アゲートと名乗った少女はそう補足を入れた。

「ホワイト・アゲート……白ちゃんってとこか」

「うわ寒気。まぁ会話が円滑に進むのならそれで良いです」

 ホワイトはあからさまに嫌な顔をして、自分の体を抱きながらそう吐き捨てた。

「毒舌っ娘か……守備範囲じゃないんだが。次は清楚系で頼むぞ異世界の神々よ」

「話を続けます。私が異世界から来てわざわざ貴方に声を掛けた理由ですが、貴方が選ばれし勇者だとか、私が悪の組織に追われていて貴方に助けを求めただとか、そういうロマンティックな要素は一切ありませんので、まずはそこ、ご了承ください」

「そこ別に言わなくて良くないか!? 何で僕の心を先読みして挫いてくるんだよ!」

 くそ、これじゃまるで僕が主人公願望丸出しみたいじゃないか。しょうがないだろう、いきなり目の前に白髪美少女が意味深に現れたら、日本の健全オタク男子は誰だってそう思うはずだ。

「で、本当の理由ですが、私たちの世界は、こちらの人間界での生活に絶望した方、飽きてしまった方を定期的に受け入れています。つまり世界のお引っ越しですね。こちらの世界で非生産的な人生をだらだらと続けるよりは、心機一転、世界を変えて新たな人生を謳歌してもらおう、という試みです」

「つまり、異世界転生ってことか。現実でもあるんだな、そういうの」

「そうですね、貴方がよく読んでいるライトノベルに出てくるそれです」

「なんで僕の私生活を知ってんの!? エージェント!? ス○ークなの!?」

「違います。転生候補者のことは少なくとも一ヶ月観察しなければならないので」

 一ヶ月って……いや、確かにそうか。一見退屈そうな人間に見えても、心の中では人生を謳歌しているかもしれない。それを見極める為にも最低一ヶ月は必要ということだろう。

 だが、そうなると僕は一ヶ月の間、この少女に私生活を観察されていたということになる。

「ずっと見てたのか、僕のこと」

「はい、貴方が学校でずっと寝たふりをしているところも、人と話すと挙動不審になるところも、インターネット上ではとてつもなく饒舌なところも。昭島さんと上手く話せなかったところも」

「ぐあああああああ」

 僕はその場で大声を上げながら頭を掻き毟った。こいつ、可愛い顔してなんてえげつない攻撃をしてくるんだ。いや、違う。今のが全て事実で発狂しそうになっているんじゃない。断じて違う。ちょっとだけ、ちょっとだけ当たっているだけだ。

「最初だけは百歩譲って当てはまるとしても、僕は別に人と話すときに挙動不審になったりしないぞ! 昭島さんとも普通に会話してた! というか会っていきなり精神攻撃ってヘイト稼ぎすぎだろ!」

「じゃあ対話スキルのレベル元に戻しますね」

 ホワイトは僕の抗議をさらりと流し、再びあの杖を僕に向けて振った。

「だっ、その、いきなりソレッ、こっち向けたらびっくり、びっくりするっつか」

「……目は泳ぐ。よく噛む。手はせわしなく動く。加えて早口。これが挙動不審じゃなくて何だと?」

 違う。これはいきなり杖を振られて驚いただけだ。そういう言い掛かりは止めてもらおう。

「はい、黙ってないでしゃべってみてください」

「ヤッ、だからそのっ、杖、それブンっつっていきなりやるからソノッ、ひきょ、卑怯っつか誰でもきょどうひしんにぇ、に」

「もう少しゆっくり話してもらって良いですか」

「……セ」

「はい?」

「ヤッ、アノッ、スイマセッ」

「はい、自分の落ち度を認められるのは良いことです」

 そう言ってホワイトは本日三度目の杖振りをした。何だか、小学生のときに教師に説教をされたことを思い出して心臓が締め付けられるようだ。いや、決して深刻なダメージではないのだが。

「僕のことをよく観察していたのはもう痛いほど分かったよ。で、そんなホワイト先生は、異世界からはるばるやって来て、人生に退屈してそうな僕を見つけて、わざわざこうして声を掛けてきたってわけか?」

「そうです。違いましたか?」

「……いや、間違っちゃいないさ」

「何だその返し方……」

 確かに僕は人生を楽しんではいない。そりゃあアニメを見たりラノベを読んだりは楽しい。でも、それを共有できる人間もいないし、学校でも僕と釣り合う人間なんていやしない。クラスのオタク共はにわかばかりだし、女子はやれタレントがどうやらファッションがどうやら、オタク以外の男はほぼウェーイ系だ。とても付き合おうなんて気はなれない。僕が孤独を愛するようになったのは必然というわけだ。

 両親だって、海外出張ばかりでろくに家にはいない。まぁ、そのお陰で存分にオタク趣味を満喫できているのだが。

「なぁ、ホワイト」

「白ちゃんはどうした」

「そっちに転生したら、この世界での僕の扱いはどうなるんだ」

 この世界に未練があるわけではない。だが、僕が学校に通えたり、一人暮らしができているのは両親のお陰だ。何の挨拶もなしにいなくなるのは恩を仇で返すというもの。一応その辺りは知っておきたい。

「貴方が転生した瞬間、この世界での『水戸場明』は存在しなかったことになり、辻褄が合うように世界に修正が入ります」

「僕が、存在しなかったことに……」

「はい、ですが転生者の中にはやっぱり元の世界の方が良かったと言う方もいますから、その場合は転生する直前までの世界へ帰してあげることも可能です」

「え、ってことはもう一回世界に修正が入るってことか」

「厳密には違いますが、要するに転生するにあたって周りを配慮する必要はないということです。自分の存在そのものがなかったことになるので、それを寂しいと言う方もたまにいますが」

 成程。ということは両親を気遣う必要はないということだ。それを聞いて安心した。僕はもともとこの世界に未練はない。だから自分という人間がこの世界から忘れ去られることに対して何の抵抗もない。異世界転生にはうってつけの人間というわけだ。

「分かった。するよ、異世界転生」

「勝手に決意してもらったところ悪いんですが、まだ向こうのことを何も説明してないので待ってください」

 ホワイトは手にしていた杖と本を宙で固定し、溜息混じりにそう言って腕組みをした。僕が何の考えもなしに転生を決断したと思っているのだろうが、それは間違いだ。

「その格好を見るに、向こうの世界は剣と魔法のファンタジーってとこだろ? 問題ない。僕がどれ程の世界を救ってきたと思ってるんだ」

「ゲームの世界と同列に語るのやめてもらっていいですか?」

「ふっ、なんだ、違うのか」

 ホワイトはもう一度溜息を吐くと、手にしていた杖を今度は横に払うように振るった。すると、空中に地図のようなものが浮かび上がる。

「これは向こうの世界の地図です。こちらの世界から転生した人間は、全員この地域から、それぞれの新しい人生を始めてもらうことになっています」

 ホワイトが指し示したのは、地図の中でもっとも広い大陸の中にある緑豊かな地域だった。

「この地域が比較的安全ですからね、で、転生者の中には生き疲れたサラリーマンや社会に絶望した無職の方なんかが大勢いますが、皆が皆ファンタジーな生活を送っているわけではないということを説明しておきます」

 手にしていた杖を教鞭のように扱い、ホワイトは教師のような口調で説明を続ける。

「転生者の多くは、道具屋や素材屋を営んだり、釣り人や農家になったりと、それぞれに合った人生を歩んでいます。ファンタジーの世界とはいっても、魔法に頼らず生きていくことは充分に可能なんです。ゲームの世界と違うのはこの辺りですね」

「折角転生したってのに、言っちゃ悪いが地味だな」

「誰もが皆剣と魔法を使いこなして主人公気分に浸りたいとは思っていないということです。思春期の貴方には分からないかもしれませんが」

 そんな棘のある言い方をしなくても、と反論しようとしたが、「まだ説明が残ってるので黙っていなさい」とでも言いたげなホワイトの眼光を受け、僕は自重することにした。威圧系ヒロイン反対。

「そして、転生者の生活を快適にする為、私たちは一つだけ彼らに能力を授けることになっています。手先が器用になるとか、魔法が一つ使えるようになるとか、目からビームとか」

「目からビーム」

「その能力を与えた時点で、こちらからのサポートは終了、後は本人次第ということになるので、そのことを踏まえたうえで結論を出してください」

 ホワイトが宙に浮かぶ地図を手で払うと、そこには初めから何もなかったかのように、先程まであった地図は綺麗さっぱりなくなっていた。説明は以上で終わりのようだ。

「何か質問は?」

「いいや、充分だ。チュートリアルのあるゲームは良作ってね。あとは実際に暮らしてみて覚えるさ」

「はぁ、そうですか。分かりました。では貴方に能力を一つ授けますが、何か希望はありますか?」

「……この、スキルで」

「はい?」

 くそ、一回で察してくれよ。

「この、今上げてもらってる対話スキル。これ……そのままで」

「あー……自分がコミュニケーション障害だって自覚してしまいましたか?」

 ホワイトは今までにないくらいの哀れみの目で僕を見た。やめてほしい。

「略してない方で言わないでくれよ! なんか残念な気持ちになるから! っていうか別にコミュ障じゃないしな僕! ほら、やっぱり世界が違うと文化も違うわけだろ。ならより円滑にコミュニケーションが取れるように対話スキルは上げて損はないっていうか変に魔法を取得するより賢明な判断だとむしろ自分を褒めたいと僕は思――」

「対話スキル上げても無駄だと思いますよ、貴方」

「……え?」

 哀れみの視線はそのままに、早口で捲し立てる僕とは裏腹にとても冷めた声でホワイトはそう言い放った。

「口先だけ魔法で補っても、コミュニケーション能力が大幅に改善されることはありません。根本が変わっていませんからね。ですからここは、取り敢えず技術を身に付けるべく農業スキルか探知スキルの習得をおすすめします」

 根本が変わっていない? つまり僕は、根本が既に人と関われるような作りになっていないってことか?

 冗談、そんなことはないはずだ。確かに今まで人と話すのは少しだけ苦手だったかもしれない。けど今は魔法のお陰もあってこんな流暢に話せているんだぞ。余程の暴言や下ネタでも言わなければ大丈夫だろう。それに、農業なんていかにも村人Aが持ってそうなスキルを僕が取るわけがない。……対話スキルも主人公っぽくはないが。

「いいや、この対話スキルで行く。スタートで色んな人脈を作っておけば、農業も魔法も教えてもらえるだろ。まぁ、所謂人脈を武器にって奴な。異世界での水戸場明は一味違う」

「本気にそんなこと思ってるんですか?」

「な、何がだよ」

「異世界転生したくらいでコミュ障が治ると思っているのかと訊いているんです」

 こいつまたコミュ障って――いや、聞き流そう。きっとこの子は僕が進んで孤独を貫いていたのを知らないのだろう。異世界に行けば、そこには今までとまったく違う町並みと初めて会う人がたくさんいる。この世界では自分に釣り合う人間が現れなかっただけで、環境さえ違えば人付き合いなどどうとでもなる。そもそも、ビッチやウェーイ系がいないだけでどれだけ気楽なことか。

「問題ない。僕はコミュ障じゃないってことを証明する良い機会だ」

「そうですか」

「あ、そうそう。今まで散々あんたに小馬鹿にされたからな。もし僕が人脈作りに成功したら……お詫びの一つでもしてもらおうか?」

 僕は口元を釣り上げ、横目でホワイトを覗き見る。我ながらなんと悪魔的表情だろう。

「はぁ」

 あれ、おかしいな。「なな、なにをさせるつもりですかぁっ! 目つきがいやらしいんですけど!」って言いながら赤面するはずだったんだが。さてはクーデレか? 感情の表に出しにくいだけなんだな?

「ククク、お兄ちゃん呼びと兄さん呼び、どっちが良い? 選ばせてやろう」

 僕は両手をわきわきさせ、冷めた視線をこちらに送る白髪美少女に邪悪な視線で返す。これでは主人公ではなく悪役だが、野暮な突っ込みはなし。

 人をコミュ障呼ばわりしたんだ、これくらいのご奉仕――もといお詫びは当然だろう。こういうクーデレには羞恥系罰ゲームと決まっているのだ。そこから本当に愛が芽生える可能性だってあるんだからな。ということはこれ、win-winなんじゃないか?

「気持ち悪いから一回戻しますね……」

「エッ」

 僕が張り巡らせた思考を一蹴りするように、ホワイトは杖を振った。

「じゃあもう本人の意思も固いようなので送ります。お気に召さないようであればこっちに戻しますので。はい、いきますよ」

「アッ、ちょ、なんっ、スルー、ぼ、ボクスルーされ、ちょっ」

 ホワイトがもう一度杖を振ると、僕の足元に青く輝く魔法陣が現れた。神秘的な音と共に、僕の体が魔法陣と同じ青に包まれていく。

「向こうに着く頃には対話スキルも掛け直しておきますから安心してください。じゃあ頑張ってくださいねー」

「イヤッ、ちょまっ、ここ、ここころこころろじゅんびっ」

 駄目だ、ホワイトに全力の抗議をぶつけたいのに口が上手く回らない。

 こいつ、いざ僕に反撃を受けそうになったら魔法を解除してさっさと送ろうとするなんて。本当は口喧嘩なんかしたことないんじゃなかろうか。いるんだよな、土俵に立とうともせず安全な場所から石を投げて優越感に浸る奴。そういう意味では正々堂々と土俵に立とうとした僕の不戦勝ってことになるのか? いや、勝ち負けなんて正直どうでもいいんだが、後からホワイトにこのことをいじられても対応できるように僕は対策を考えているだけで――

「……それは現実逃避してる顔ですね。まぁ、早々に死んでしまわないように祈っててあげましょうか。じゃあね、お――」

 青白い光が強くなり、僕の視界も真っ白に染まる直前、ホワイトが何か言っていたような気がしたが、それを確認する前に僕の体は浮遊感に包まれ、何かを聞くことも見ることもできなくなった。

 


 自分が世界から消えて行く感覚――きっと、既に向こうの世界への転生が始まっているのだろう。五感はほぼ機能していないが、意識だけははっきりしている。金縛りにあったときの感覚に近いが、それよりもずっと心地良い。

 そうだ、これが生まれ変わるということなんだ。僕は新しい世界での生活に心を踊らせ、体が徐々に力を取り戻し始めているのを感じていた。

 もうホワイトの毒舌など気にならない。ここから新しい異世界生活が始まるんだ! 僕は目を開き、希望と共に新しい大地へと軽やかにその身を下ろ――

 ――せなかった。



「ビャッ!!」


 

 痛みと共に、固い土の感触を顔全体で味わう。

 僕の第二の人生の一歩は、情けない悲鳴と共に始まりを告げた。







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