トイレからこんにちは! トイレのハナコさん 3
無事にシャワーを浴びて俺のぶかぶかのパジャマに着替えたピンク髪の美少女は、さらに美少女になっていた。肩下まで伸びたさらさらの髪、透き通った紫の瞳、筋の通った鼻に薄くて小さい唇、そして抜群のスタイル。欠点の挙げようのない16かそこらの美少女だった。
アイドルそれほど好きじゃないけどアイドルだったら押しメンになってるレベル。
「まぁ、そこに座ってよ」
戸惑いながら扉の影で立ち尽している美少女に、小汚い紫の座布団を指さして言った。
「あ、あの~……」
「な、なに?」
「ここって、どこなんでしょう?」
「どこって、そりゃ日本だけど……」
「ニホン? ニホンって、どこにあるのでしょう……」
「日本は地球にあるよ」
「そうなんですか?」
扉の影から怯えたようにこちらを伺っている。まだ警戒されているようだ。
警戒したいのはこっちだ。美少女じゃなければ。
「わかる? 地球」
「わかりません」
「そうか……。君はどうしてここに? どこから来たの?」
「私は、カワリコ村というところに住んでいて、村の近くの川で水浴びをしていたんです。それで陸に戻ろうとしたら滑って頭から水の中に入ってしまって、気付いたらここに……」
「村? ずいぶん遠いところから」
「そうなんですか……?」
「そもそもどうしてトイレから出てくるんだ?」
「トイレ? トイレってなんですか?」
「トイレも知らないのか……」
俺はトイレすら知らない外国人っぽい人にため息が出そうになる。
「トイレっていうのは、そのー、人が用を足すところで……」
「え、あれはトイレだったのですか?!」
「そうだよ……」
トイレは知っていたらしい。
美少女は不思議そうにさっきいたトイレの場所を振り返った。
「とりあえず、足も疲れるだろうしさ、そこに座りなよ」
「い、いえ、全然平気です、私、親の手伝いでいつも土地を耕しているので足には自信があります」
「そうなの……?」
「はいっ」
「あ、そう……」
俺は警戒されすぎてなんかもう、好意を向ける気がなくなってきてしまった。
「で、でも、やっぱり、そちらに座ってもいいですか?」
「え、あ、う、うん」
と思ったが、少し戻った。というかかなり。
美少女はおそるおそるといった感じで近付いて来て、さきほど指を指した座布団に座った。
丸いちゃぶ台を隔てて対面に向かい合う。
俺と同じ目線で目が合う。
先ほどの裸体が思い出される。抱き上げた瞬間に一瞬身体の重みが俺にのしかかってきた光景と感触が蘇り、俺の鼻が再び熱く煮えたぎる。
やばい。
俺は即座にちゃぶ台下に置いてあったティッシュ箱からティッシュを2、3枚取ると、後ろを向いて鼻に当てた。
「あの~、どうしたんですか?」
「いや、いいから。それより、君はなんていう名前なの?」
後ろを向きながら聞いた。
「私ですか? 私は、ハナコと言います」
「ハナコ?」
「はい……」
トイレのハナコさん? って、それは酷いな。止めておこう。
「名字は?」
「名字は、ありません……」
「ないの?」
「はい。私は、ただの村人なので……」
「あぁ、そうなんだ……」
外国人の村人って、あまり想像出来ないな……。地球も知らないみたいだし。
その時、美少女、ハナコさんのお腹がぐうと鳴った。
俺が鼻にティッシュを埋めたまま向き直ると、ハナコさんは恥ずかしそうに俯いた。
腹が減ってるみたいだ。
「そうだ。ちょっと待ってて」
俺は立ち上がると、キッチンへと向かった。
冷蔵庫を開けてみるが、調味料くらいしか入ってない。
仕方ない……俺は戸棚に閉まってあるなけなしのポテトチップスを取り出すと、2Lペットボトルのお茶とコップと共に持って行った。
「あの、これ、良かったら食べて」
「え……?」
「袋を開けると、食べられるんだよ」
バサッ。俺が開けた。
「おぉ……」
ハナコさんが興味深そうに見ている。
「でも、そんな、悪いです……」
「なんでよ」
「私は、見ず知らずの人ですし……こんなおいしそうなもの……」
「ただのジャガイモだよ」
「お芋なんですか?」
「そうだよ。だから心配いらないよ」
「本当ですか?」
「うん」
俺は袋の背面を開け、取り出しやすいようにした。
その後、コップにお茶をついだ。
「食べていいよ」
言って、俺は先にポテチをつまんで食べた。
「では、いただきます」
ハナコさんも俺が食べたのを見た後に、一枚取って小さい口に入れた。
入れて何回か噛みしめるように咀嚼すると、ハナコさんの目が潤み始めた。
「ど、どうしたの?」
俺が聞くと、ハナコさんはまた泣き出してしまった。
なぜに泣く? 故郷の味を思い出してしまったとか?
「なに? まずかった?」
「いえ……とても……おいしいです……」
「じゃあ、何か思い出しちゃった?」
故郷とか。
「はい……ごめんなさい……こんなに優しくされたの、久しぶりだから……」
「え、そうなの……?」
俺はいきなりのことに戸惑うと同時に、ドキッとしてしまった。
「私、よく村の子たちにイジメられるんです……」
「い、イジメ?」
イジメはよくないな……。しかも美少女をいじめるなんて、けしからん。
こんな美少女、俺が村人だったら全力で守るのに。
ハナコさんは目の端をすくうと、鼻をすすった。
「はい。私の家はすごく貧乏で、遊ぶ暇もなくて、村の子たちに遊びに誘われるんですけど、いつも断っていたんです。そうしたら、いつの間にかみんなが私の悪口を言うようになってしまって……」
「そうだったんだ……」
遊びって、やつらはこの美少女となにして遊ぶつもりだったんだ。うらやまけしからん……!
「えっと、貴方の名前は……」
「俺? 俺は、雨沢春樹」
「アメサワハルキ……さん?」
「雨沢が名字で、春樹が名前」
「え……ごめんなさい、そんな偉い方だとは知らなくて……!」
「え? いや、偉くないよ」
「でも、名字があるのは、偉い証拠だって、お父さんとお母さんに聞きました」
「そ、そう? じゃあ、俺、偉いかな?」
「はい、偉いですっ」
「……ハハハ。さあ、どんどん食べたまえ。遠慮はいらないよ。お茶も飲みたまえ」
「はい。いただきます」
俺はハナコさんに尊敬されて、気分が良くなった。




