精霊剣士の物語 〜Adasutoria〜其の十六
どうも、作者の伊藤睡蓮です。
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29,〜笑顔でいて欲しいから・後編〜
絶対に止めてみせる。夏音の精霊、アクアから頼まれた、尚更止めなくてはならない。
俺の精霊、イグニは言った。
「シュウ、今の夏音には勝てない。あいつの魔力、おかしいぐらいに高いんだ。」それは分かってる。真冬の攻撃をあんな簡単に防いだんだ。
真冬や春香は小林先生の近くで横になっている。小林先生が運んだのだろう。
ん?吹雪先生がいない?さっきまで小林先生が手当てしていたはず。
そう思った瞬間に、右肩をポンと叩かれた。「秋翔くん、時間稼ぎありがと。もう私も戦えるわ。」
吹雪先生が左手で脇腹を抑えつつ俺の横に立っていた。
「吹雪先生、大丈夫なんですか?無理しないでください。」吹雪先生は首を横に振った。
「無理してでも止める。私の生徒が危険な道を行こうとしてるのなら、止めるのが担任の役目よ。」
吹雪先生は刀を構えてそう言った。
「吹雪先生、今のあなたでは私に勝てません。大人しくしていてください。私もなるべく魔力は使いたくないんです。」夏音は顔色1つ変えずにそう言った。
「夏音、お前の相手は俺がする。吹雪先生はあのくそ老人をお願いします。」
夏音は馬鹿にしたように笑いながら言った。
「しゅう、正気なの?あなたが私に勝てるわけがない。ただでさえ相性最悪なのに武器が精武祭の剣じゃない。笑わせないで。」
俺を嘲笑うかのような視線に恐怖を少し感じた。
こんなの、夏音らしくない。
「しゅうくん、気持ちはわかるけど今のあなたは夏音さんの言う通りよ。私が夏音さんをやるわ。」
首を横に振った。
「力の差とかじゃないです。ただ一発ぶん殴って正気に戻してやるだけです。イグニ、夏音を止める。俺に力を貸してくれ。」
その言葉に応じるように、刀が光り輝いた。
「相手が強いって分かってても立ち向かう、ほんとに馬鹿だな。だけどそれでこそおれの主人だ。」
吹雪先生はくすりと笑った。
「やっぱりあなたたちは最高ね。分かったわ、私はあの人を拘束します。」
Dr.レイクを睨みつけた。
「夏音、私は大丈夫だ。あいつももうすぐ来るだろう。お前は自分がしたいようにしろ。」
「……分かったわ。」
ーーーDr.レイクは吹雪先生に任せるとして、まずはどうやって夏音に近づくかが問題だな。
「正直お前頼りなんだけど、なんかいい作戦みたいなのないか?イグニ。」
イグニは呆れたようにため息をつき、
「やっぱなんも考えてねぇよな。さすがは俺の相棒だ。」俺の周りには俺を馬鹿にする奴らしかいないのか。そんな怒りを抑えつつ、イグニの話を聞いた。ある程度の作戦内容が頭に入ったが正直成功するかは微妙な感じだった。
「そんな作戦で大丈夫なのか?」と聞くと、イグニも分かっているらしく、
「まぁ成功する確率は低いけど正直今の俺たちじゃこれが限界だ。これが失敗したら……。」イグニは言葉を詰まらせた。
これが失敗したら夏音はもう俺たちの元に戻ることはない。そう言いたいのだろう。
「それに、仮に成功したとしてもどうするかは結局夏音が決めるんだ。もし俺たちの元に帰ってこないなら、倒すしかない。」
夏音なら戻ってきてくれる。そう強く願った。
「やるぞ。イグニ、アクア。」
ーーーDr.レイクは未だ余裕の表情を漂わせている。
「どうしてそこまで冷静でいられるのかしら?Dr.レイク。」
不気味に笑う彼に、私はそう質問すると、手を白衣についているぽけっとに突っ込んで、
「あなたは何か見落としているとは思わないかね?まだ異変に気づかないとは。」そう言った。
「あなたのような人がここにいる時点で異変よ。斬。」
一瞬でDr.レイクに近づき、躊躇なく剣を振った。さっき秋翔くんが斬ってもこいつは倒せなかった。まだこいつの能力が分からない限り、下手にこちらも手の内を見せられない。
「ヒッヒッヒッ。迷っているな、考えているな。それでいい。そのまま私を倒す事だけ考えろ。」
挑発でもしているつもりなの?
Dr.レイクはポケットから手を出した。その手の中に何かがあった。
「これが何かわかるかね?吹雪学園長。」不気味に笑いながら手を開いた。その手にあったのは、時計だった。金色の腕時計。
「それがどうしたの?それで私を倒すっていうの?」
「これが私の精霊を宿している武器だよ。クロックという魔法を使える。対象の物が感じる時間を早くしたり遅くしたりできるんだよ。」
なるほど、……確かに厄介だけど。
「それ、私に言っちゃってもいいの?それって条件付きの魔法よね。確か”対象にする物を3分間、目を合わせていないといけない。」
もう1分ぐらいは余裕があるし、目を合わせなければ問題はない。
「と思うだろ?私の精霊が普通の精霊ならな。」
咄嗟にDr.レイクから距離をとった。が気づくのが少し遅かった。
背後に強烈な痛みに、前のめりになる。力強く殴られたような感じだった。
姿勢が少し崩れたけど、攻撃出来ないわけじゃない。敵は真後ろにいる。私の刀なら必ず当たる。
「斬。」前のめりの体勢から左足を軸にして、回転しながら剣を振った。
しかし、刀は何にも当たらなかった。
「どういうこと?」確かに攻撃されたのは真後ろからだったのに。
すると、今度は左の脇腹を思いっきり蹴られた感じがした。しかし、周りには誰もいない。奴の魔法の仕組みが分からない。
「困惑しているかい?時雨吹雪。それはそうだ。君の時間の感覚は完全にDr.レイクのものだ。」Dr.レイクとは別の人物の声だった。けれど、聞いたことのある声。おそらく私を攻撃している人物だ。
さて、どうしたものかしら。何が何やら分からなくなって来ちゃった。手に持っていた刀が光る。
「そろそろ手を貸そうか?吹雪。」刀が語りかけてきた。
「出来るだけ相手には手の内を見せたくなかったけれど、仕方ないのかしら?」ふと自分の刀を見つめる。
「とりあえず、Dr.レイクの他にこの場にいるもう1人を見つけよう。吹雪。」刀が語りかけてくる。
「えぇ。そうしましょう。“アルファ”、久しぶりに一緒に戦うことになったわね。」こんな状況でも、これからの戦いを考えて楽しんでいる自分を恐いとは思わなかった。
「アルファ、あなたはクロックを使う精霊を倒して来て。それまで私が囮になるから。クロックは対象のもの1つの時間をコントロール出来るけど、同時に2つは操れないから。」
「了解した。」アルファの返答を聞き、刀を地面に置いた。
「おや?降参かね?時雨吹雪。もう少し足掻いてくれないと実験に誤差が出る。」
Dr.レイクはどちらかというと相手の戦力とは考えていない。
敵と考えているのはクロックを使う精霊、それから私を攻撃した人物。一羽の鳥がDr.レイクの頭上をくるくると舞っていた。
「おや、こんなところに鷹かね。珍しい。時雨吹雪の最期でも見に来たのかな。」そう言いながら不敵に笑う。
するとどこからか声がした。
「よけろ、その鳥は精霊だ。」
私の精霊を知っている。まぁ知っていようと遅いし、ちょうど声の発っせられた場所も特定した。
反撃開始よ。
「アルファ、降下。」空を舞う鷹が私の声に反応し、Dr.レイクに向かって行く。Dr.レイクは反射的に手で防ぐ姿勢を取ったがそれも計算済み。アルファは奴が手に持っていた時計を掴んだ。そしてそのままこちらに向かって来て私の手にとまった。
「これは私が調べさせてもらいます。」
流石に怒ったらしく、声を荒げながら、
「それは私のものだ、返せ!」といった。余程大切なものらしい。
まぁ無視しますけど。
「それより、そろそろ出て来なさいよ。アルファ、鷹爪。」アルファは長刀に戻り、その剣は光を纏った。そのままさっき声がした方に剣を振るう。確かにそこには何もない。けど、
剣と剣がぶつかる音が響いた。
「重力魔法にこういうものがあるのよね。重力壁。重力の壁を作って身を守るための魔法。けど相手から見るとまるで視界から消えたように見える。それを使ってたのよね。」
姿はまだ見えないが、正体はわかった。
「そして私の鷹爪を剣で防いだ。重力壁が壊されることを知っていて。私がこの力を見せた人は少ないわよ。そうよね、武精学園、化学担当教師………新井先生。いいえ、先生はもう不要ね。新井龍磨。」重力壁は砕け、そこにいたのはやっぱり新井龍磨だった。
30,〜裏切り〜
「バレてしまいましたか。なるべく知られたくなかったんですけどね。吹雪学園長。」新井はそう言っていつも挨拶するときと変わらないような顔で笑っていた。
「いつから“そっち側”だったのかしら。」
そう言うと新井は急に笑うことをやめ、
「いつから“そちら側”だと思ってたんですか?私は一度もあなたたちと親しくなったつもりはありませんけど。」
つまり初めから敵だったというわけか。もっと早く新井の正体に気づけなかった私のミス。ミスは自分で補う。
「鷹爪。」光を纏った刀と共に新井へと駆け寄る。刀を強く握る。
「残念ね。私はあなたを大切な仲間だと思っていたのに。私だけじゃない。他の先生や生徒たちだって。」
「重力剣Ⅳ。」空間から重力で創られた大剣が私の刀を防いだ。
「重力弾。」複数の小さな穴が私の目の前に空いた。
「鷹目。」一時的に動体視力を上げる魔法。空間から無数の弾丸が飛び出す。それらを余裕で躱し、距離を詰める。
お互いがお互いの魔法を知っているからこそ事前に発動出来る魔法。
お互いが知っているからこそ防げる最低限の魔法で戦える。
「吹雪学園長、見逃してはくれませんかね?私たちはこれ以上あなたたちに関わることはないので。」
「学園長というのはもうやめなさい新井龍磨。それに、あなたたちを逃すつもりはありません。夏音さんは返してもらいます。あなたたちにはしっかりと話を聞かなければなりません。」
新井は頭を横に振った。
「やれやれ、これは夏音自身の意志です。彼女の人生は彼女が決める。我々が決めているわけではない。それに、これ以上あなたを傷つけたくはない。」また、笑った。
その直後、身体全身に強烈ないたみが走った。視界が歪む。
「どうした⁉︎吹雪!」アルファが私に呼びかける。
新井の近くにDr.レイクもいた。
「龍磨よ。よくやった。これで我々の計画に支障はない。後は夏音を回収するだけだ。それからあの時計もな。」新井は頷き、私の元へと歩み寄ってくる。
「あなたに最初に攻撃したの、覚えてますか。」
初め……背後からの攻撃か。
「あの時すでに一撃だけでなく、複数回の攻撃を与えていたんですよ。“そのダメージだけを5分後に受けるようにDr.レイクの精霊に命令していたのです”。」そんな事も出来るなんて、普通の精霊ではないのは本当のようね。
「吹雪から離れろ。」アルファは鷹の姿になり新井に突進する。
「邪魔だよ。」アルファは素手で簡単に弾き飛ばされた。おかしい、いくらなんでも精霊をあんなに簡単に倒せるはずがない。
「あなた、もしかして精霊に。」
支配されている。そう言おうとしたが、それよりも先に新井が答えた。
「違います。私が精霊を取り込んだのです。」手に持っていた時計が新井の手に渡る。
身体が動かない。最初から本気を出していたらこんな結果にはならなかった。自分の力を過信していたのかもね。
「それでは、私たちはこれで失礼いたします。」
見下ろすように私を見る新井。手のひらで時計をポンポンと上にあげながら見ていた。
その瞬間、手にあった時計は粉々に砕けた。
「なに⁉︎」新井はその出来事に驚いていた。実際のところ私も。しかし、答えはすぐに分かった。
「学園長から離れてください。新井先生。」
超高速ね。春香さん固有の風魔法。自身のスピードを極端に上げる魔法。あの速度で時計を斬ったのね。まぁ斬るというより砕くに近いかしら。
「春香、こんな奴に先生はつけなくていいわよ。それに、今のは隙をつけただけで次にその攻撃が通るかは分からない。注意していくわよ。」真冬まで。
「学園長、ご無事ですか。」小林先生が駆け寄ってくる。
「何度もすみません。私が迂闊でした。2人とも、下がりなさい。危険すぎるわ。」
春香さんと真冬はこちらを振り向いたものの、首を振り、すぐに前を向いた。
「しゅう先輩も夏音先輩のために頑張ってるんです。私たちも私たちが出来ることをします。」
「そういうことです。それに私の母さんを傷つけた人を許すわけにはいかない。」
2人は怯えることなく新井と対面する。
紅葉秋翔くん。これがあなたのチームなのね。
ーーー「本当に私を止めるつもりなのね。私はしゅうを殺したくない。」
「だったらもうこんな事やめるんだな。俺だってお前と戦うなんて嫌だ。」
「それは無理。私には私のやらなきゃいけない事があるの。だからもう戻れない。」
真剣な顔つきだった。今何を言おうと無駄だ。けど、諦めない。
「イグニ、紅翼。」背中に紅い翼を広げ、夏音の元へと近づこうと試みる。
「水流。」水が夏音を空高く押し上げた。
「絶対に負けられない。多水槍。」無数の水槍が降り注ぐ。
「マジかよ⁉︎イグニ、頼む。炎狐の尻尾。」ある程度の水槍は消せたがそれでも何本かはまだ残っている。旋回しながら避ける。
「水弾。」今度は水弾か。
炎狐の尻尾を連発はできない。それに2度目は制御出来る自信もない。下手に失敗して夏音を傷つけたくはない。
「火纏。」斬れるだけ斬る。何発かくらってしまったが、こんなの擦り傷だ。何の問題もない。
「しゅう、どうして私の邪魔をするの!私は、あなたのために……。
「アクア、お前の魔力借りるぜ。水球。」俺と夏音を水の球体が包み込んだ。
「何のつもり?自分から逃げ場をなくすなんて。」夏音が俺に向けて手をかざす。
「俺を倒してまで俺のためになる事をしようとしてるのかよ。一体どんな事だ。」
さっきから気になって仕方がなかった。
「今の私の魔力はイグニちゃんなら感じ取れてるよね。」
「あぁ、半端ねぇ魔力量だ。それに前はそんな魔力感じもしなかった。おそらく夏音の記憶と共に封じられてたんだろうな。」イグニがそういうならそういう事なのだろう。
「うん、そんな感じだよ。この魔力は元々私のじゃない。これは借り物の魔力。だから使ったらなくなる。失敗はできないの。」
「答えになってないぜ。何するつもりなのかって聞いてんだ。」
すると夏音は黙り込んだ。
「言えない事なら止めるに決まってるだろ。幼馴染なら尚更だ。」
その言葉を聞いて何を思うかは夏音次第だ。
「私は……、ううん。記憶が戻った時、しゅうなら私を絶対に止めるって分かってた。どう突き離したってしゅうは私の手を掴もうとボロボロになっても追いかけてくる。しゅうはそんな性格だもんね。……だから、好…な……もん。」最後は声が小さく聞き取ることが出来なかった。
「え?今なんて……。」夏音に近づこうとした瞬間、紅翼が解けて、落ちていく。
水球も解けた。魔力限界だ。2つの属性を併せて使っていたため、魔力の消費が大きかった。
「しゅう、しっかりろ!」
「秋翔!このまま落ちたら死んじゃう。」
この高さから地面に叩きつけられれば間違いなく死ぬ。こんなところで死ねない。魔力限界で意識さえ保っているのがやっとだ。
「しゅう!あなたは死なせない。」
地面に着く直前で水が身体を覆い、衝撃を吸収してくれた。夏音の魔法だ。
夏音が俺に手を伸ばす。
「夏音、お前……。」よかった。夏音の手を掴み立ち上がった。
「ごめんね、しゅう。電撃。」その言葉を聞いたのを最後に俺の意識はなくなった。
ーーー「Dr.レイク、そろそろかと。」新井はそう言った。Dr.レイクは頷き、
「精霊を1匹失ったのは残念だが、夏音が戻るのなら問題ない。撤退だな。」
「逃すと思いますか?」春香は双剣を構える。もちろん私も母さんの分まで戦う。
といっても春香がここで使えるのは超高速のみ。最高速はまだうまくコントロールできてないみたいだしこんなグラウンドなんて狭い空間で使えない。校舎の壁に自分でぶつかるのが目に見えてる。
超高速で新井龍磨とどこまでやり合えるかしら。一応教師としてなり済ませるぐらいの力もあるのは確か。
「逃すと思いますか……か。まったく、まだ力の差を見せないと分からないらしいな。」
私たちに向けて新井龍磨は手を前に出す。
「お前らじゃ俺には勝てない。重力Ⅴ。」
その瞬間、私と春香は身動きが取れなくなり、その場に倒れ込んだ。
真上からの重力。立ち上がれない。
これじゃ春香のスピードも活かすことができない。
「新井先生、こっちは終わりましたよ。」
夏音さんだった。夏音さんは秋翔が戦ってたはず。こちらの存在に気づいた夏音さんは私の心情を察したらしく、
「大丈夫よ、しゅうは殺してない。ちょっと気絶してもらってるだけ。」
「夏音さん、ようやく分かり合える人が出来たと思ってた。でも、違った。やっぱり違ったのね。」
「ごめんね。真冬さん、はるちゃん。……さよなら。水壁。」私たちの前に巨大な水の壁が立ち塞がった。
私たちにかかっていた重力が解けた。
水壁はすぐに崩れたが、そこには夏音さんも新井龍磨も、Dr.レイクの姿もなかった。
「夏音さん!」
春香の叫びも、夏音さんには届くことはなかった。
ーーー数日後、俺は保健室のベッドの上で目を覚ました。魔力限界が来て身体がボロボロだったらしく、起きた瞬間は全身筋肉痛のように痛んでいた。あの後の事を春香や真冬、吹雪先生が話にきた。
他の生徒や先生は新井先生、新井龍磨の魔法によって学園に閉じ込められていたらしい。最も生徒や一部の先生は閉じ込められているとは感じていなく、全員無事という事だった。吹雪先生の傷も深くはないらしく、もう仕事も再開しているらしい。
そして、Dr.レイク、新井龍磨、そして夏音はあの場から逃走、現在も行方不明らしい。
「結局夏音を止めることは出来なかった。それに夏音があんな風になったのはきっと。」俺のせいなんだろう。そんな事を考えていると保健室に春香が入ってきた。
「失礼します、小林先生こんにちは。」
そうか、もう昼か。
「しゅう先輩、お体は大丈夫ですか?」小林先生にお辞儀をした後、こちらに近寄ってきた。
「大分楽になったよ。悪いな、心配かけて。」そう言うと春香は頭をぶんぶんと回して否定した。
「そんな事ないですよ。むしろ私だってボロボロになるまで戦っていたかったです。それなのに簡単に動きを封じられちゃうなんて。」
「自分からボロボロになりたいとか言うなよ。俺だって好きでこうなったんじゃねえし。」と包帯を巻いている左手を見せる。まだ少し痛い。
「そ、そうですよね。すいません、変な事言っちゃって。……夏音先輩、帰ってきますよね?」
「………。」帰ってくる。そう言いたい。けれど今の俺たちには夏音がいる組織には到底敵わない。今回の戦闘でよく分かった。
やっぱり、それでも
「帰ってくるさ。なんなら無理矢理にでも。」春香も頷いた。
「はい。それに私たちは4人でチーム192です。誰か欠けてもだめなんです。」
そうだな。その通りだ。
「ありがとな、春香。元気でた。」
「いえいえ。それより、真冬先輩も呼んだんですけど、来ないですね。」
そういえば化学の授業受けてる時、気になることがあったな。
「それじゃあこっちから呼びに行くか。」そう言ってベッドから降りた。
「私が呼んできますからしゅう先輩は寝てていいんですよ。無理しないでください。」と春香が俺の身体を気遣ってそう言ってくれた。
「ありがとな。でも大丈夫だ。少し歩くだけだし。それにちょっと気になることがあるんだ。」
春香は首を傾けた。
31,〜みんなで支えていく〜
ーーー昼食を食べながら色々と考えていた。授業中も。新井龍磨は辞任して新井龍磨によって校舎を囲むように張られていた重力の結界については学園長の極秘調査という無理やりな形で話が通っていた。一部の生徒には極秘に伝えてあるって母さんが言ってたからきっと光明先輩や暗真先輩だと思う。
夏音さんは体調を崩して暫く登校できないという事になっていた。まぁ本当は悪い人でしたって言っても余計に混乱させるだけだし的確な判断だ。
夏音さんなら大丈夫だって信じてた。けど、違った。やっぱり信じない方が良かったのかもしれない。
教室から窓の外を1人で眺める。
ふと複数の視線が私に向いている事に気付いた。ここにいるとやっぱり注目は浴びるのね。嫌な意味で。
そういえば春香に保健室に来るように言われてたわね。ちょうどいいからそろそろ行こうかな。
教室から出ようと少し下を向きながら振り返って廊下を目指して歩き始めた。
「真冬さん、ちょっといい?話があるんだけど……。」
クラスの女子が何人か私の前にいた。その横には男子もいて、こちらを見ていた。
「なに?私今から行くところがあるんだけど。」
「あ、あのね。私たちがもっと早く荒川さんたちに注意できてれば、こんな態度取らなかったんだよね。本当にごめんなさい。」その場にいた全員は私に向けて頭を下げた。
荒川さん。荒川 咲のことね。3人組でよく私を遊び道具にしてた人たちの1人。最近見てないけど多分退学。理由は分かってる。少し前に春香と私を精霊の力を使って傷を負わせたのが学園にバレたから。
「咲がいなくなったから謝りにきたんでしょ?自分たちの都合のいいように態度変えるなんて、やっぱり私はあなたたちとは関わりたくないわね。」こんな人たちともう目も合わせたくない。
周りにいた女子は下を向く。
男子もなにも言えないよう。図星か。
「確かに真冬、お前の言ってる通りかもな。」
1人の男子が前に出てきた。この人は、確かよく私に話しかけてきたうざい男子。名前は確か今井拓人、だったかしら?
「私の言ってることが正しいんなら尚更そこを通してくれない?」かなりきつい視線を浴びせたつもりだった。
「けど、お前も俺たちを頼ってはくれなかっただろ。その、つまり、あれだ……えーっと。」言葉を詰まらせていた。
「つまり、仲直りしようって事だよ。真冬さん。」
拓人の隣にいた男子が代わりに答えた
この人も知ってる。いつも拓人といつもいるようなイメージのある眼鏡キャラ、小田 俊也。
「仲直りしようって、私は別にこのままでいいわ。あなたたちを好きにはなれないから。」
「ほら、またそうやって困っているのに力を借りようとしないところとか、まさに拓人が今言った通りだ。」
「私が困ってる?何に?」
俊也は私の目をじっと見つめてこう答えた。
「夏音さんについて。」
どうして知っているのかは分からなかったが、どうやらこのクラス全員知っているらしい。
「誰からその事聞いたの?」
「学園長が君たちにも話しておくって言ってきてさ。他のクラスは知らないみたいだ。正直最初はみんな驚いたよ。けど、俺たちも夏音を助けてやりたいんだ。協力させてくれないか?」
母さんが?どうして。
それに意味がわからなかった。
「あなたは、夏音さんに騙されてたのよ。無理やり記憶を書き換えられて、あたかも夏音さんと仲良かった風に。」
拓人は黙って頷いた。
「そうだな、けど俺たちが2年になって会っていた夏音は間違いなく本物の夏音だろ。本当に会っていた時間がたった1.2ヶ月だったとしても、友達は友達だ。もちろん俺もお前は友達だと思ってる。」
しゅうや春香もそんな感じのことを言ってたっけ。夏音さんも、私の事を心配したりしてくれた。
「そこまで夏音さんを助けたいって言うなら、何か考えがあるの?」
「ない!というか考えてすらない!」拓人はきっぱりとそう言った。
「あなたたち、何も考えずに夏音さんを助けたいって言ってたの?………馬鹿じゃない。」
あまりの驚きに少し笑いがこぼれてしまった。口を抑えたが遅かった。
「あ、真冬さん笑った。笑った顔の真冬さん初めて見たよ。やっぱり女の子は笑ってなくちゃね。」1人の女子がそう言うと、周りもそれに同意した。
「そうそう。笑顔が1番だって。」
「今度一緒に遊んでね。」
「武精祭の時の真冬さん、かっこよかったよ!」
「真冬さん、悪魔と戦ったんだろ!勇気あるよな〜。俺だったら逃げてる。」
「真冬さんはあんたたちみたいな軟弱な人じゃないからよ。」
クラスみんなが笑い合いながらそんな事を話していた。まさかこんな光景を見る事になるなんて思いもしなかった。
「真冬、俺たちが言いたいのは今まで何も出来なくてすまなかったって事。いくら俺たちがまだ精霊の力をうまくコントロールできてないからといってあの3人に怖気付き過ぎてた。精霊使いになる人として失格だよ。クラスの仲間すら守れてないなんてな。」
「だから、これからはなんでも言ってね。きっと力になって見せるから。」
同じクラスの人から突き離されていたと思っていた。けれど、私をこんな風に見てくれている人がたくさんいた。突き放していたのは私の方だ。嫌な過去から遠ざかっていただけ。
私自身が変わらないといけない。
目を閉じ、暫く考えた。
「今あなたたちの力は借りる必要ない。それに全部許したわけじゃない。」
「真冬さん……。」クラスのみんなは下を向いた。
「なんて嘘。遠慮なく呼び出すから覚悟してなさい。」
下を向いていたみんなが私を見て暫く呆然としていたが、すぐに笑顔に変わった。
この場所なら私も変わることが出来る。そんな気がした。
ーーー1組の教室の外で俺と春香は中の様子を伺っていた。
「真冬先輩、なんかクラスのみなさんと打ち解けたみたいですね。」
「あぁ、みたいだな。」顔を見合わせて微笑んだ。
「そこの廊下でニヤニヤしてる2人、中に入ったらどう?」目の前の扉が開き、1組の生徒が全員こちらを見ていた。
扉を開けていたのは真冬だった。
「しゅう先輩、バレてましたね。」
「あぁ、間違いなくバレてた。」
真冬は溜息をついてこちらを見た。
「だいたい予想できるわよ。私が保健室に来なかったから様子を見にきたんでしょ?」
正解。
「お、秋翔じゃねぇか。それに春香ちゃんも一緒か。秋翔、元気そうじゃねぇか。」
拓人が出てきた。
「よぉ、もちろん元気だぜ。やっぱりこうなったか。」
「やっぱりって。秋翔は俺たちが真冬に謝ること知ってたのかよ。」
拓人は驚きながら言った。
「化学の授業の時少し気になってな。悪口言ってるっていうより、謝るタイミングを考えてるみたいな感じだったし。」
「地味に観察力いいのは褒めてやるよ。」
「地味には余計だろ。」
真冬の周りには既に何人か人が集まって話しかけていた。
本当によかった。
俊也が俺と春香に近づいてきた。
「真冬にも言ったけど、夏音の事なら俺たちもいつでも手を貸すから言ってくれよ。力になってみせる。」メガネを触りながら言った。
「どうして知ってんだよ?」
「学園長が言ったらしいわ。力になって欲しいって。」
もしかすると吹雪先生は1組のみんなが仲良くなる手助けをしてあげたのか?それとも純粋に話しただけか。
「ちょうどよかった。全員揃ってるね。チーム192のみなさん。」後ろから声がした。
そこにいたのは副学園長だった。
「学園長がお呼びです。今すぐ学園長室に来て下さい。夏音さんのことについてだそうです。なんでも夏音さんの精霊、アクアさんが真実を話したいと。」
拓人や俊也、他のみんなに視線を向ける。春香や真冬も同様に。
「早く行ってこいよ。」拓人がそう言うと、他のみんなも頷いた。
「春香、真冬。行こう。」
「はい。」、「えぇ。」
もうすぐ、真実を知ることになる。心の準備はできている。
どうも改めまして作者の伊藤睡蓮です。
最後まで見てくださって本当にありがとうございます( ´ ω ` *)
今回は夏音を助けることが出来ずに敵対することになってしまった感じのお話でした(ざっくり)。
なるべく早めに続編を投稿するので是非見てください。それではまた!




