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6.





 仕事を終えて城を出たあたしは、朝とは違う雰囲気の街に違和感を覚えた。


 公共地区はいつものように、無機質な空気感に包まれているけど、商業地区は違った。

 どことなく街を行く人々の顔が暗く見える。いつもなら遅くまで営業している商店も、なぜか今日に限って早めに店じまいを始めている。


 なんとなく嫌な予感がして、あたしは人通りの少なくなってしまった通りを足早に駆け抜け、ある商店へと向かった。


 商業地区の中でも一際通りが大きく、店構えが立派な建物が多い場所。その中でも黒色を基調とした、重厚な佇まいの店の扉をあたしは開いた。

 幸いなことに、店の中には客はおらず、あたしは深い紅色の滑らかな絨毯が敷かれた店内を奥へと進んでいく。


 いくつもの陳列棚の中にあるのは、貴金属や装飾品などが並べられてある。そのどれもが高級品だと、そういう類のものに疎いあたしにでも分かった。


 店の奥にある漆黒の木で作られている、上等な質感のカウンターには、誰も立っていなかった。あたしはそこに置いてあるベルを鳴らした。

 直ぐにカウンター奥の扉が開き、大きな鷲鼻を持つ、小太りの中年男が現れた。


「ようこそ、ピチェーレ商店へ! 今日はどういった――おや、イアリーナさんじゃないか」


 小太りの中年男、もといこのピチェーレ商店の店主、アンブラ・ピチェーレが小さな丸い目を更に丸くさせてあたしを見た。


「こんにちは、ピチェーレさん」


 あたしが挨拶すると、ピチェーレさんは笑顔を貼り付けたまま、あたしを探るような目つきで観察してきた。


「もしや、また新しい魔術具が出来たのですか? 今度はどんな物ですか? この前のトイレの紙を取り出すたびに音の鳴る魔術具、あれはなかなかに評判が良かったんですよ。とくに身分の高いご婦人方に人気でしてね、用を足す時にもリラックスできて、なおかつ、はしたない音を聞かれずに済むと、それはそれはもう――」

「今日は魔術具のことで来たんじゃないんです」


 放っておいたらいつまでも話し続けるピチェーレさんを止めると、彼は片眉を釣り上げて片目を眇めた。


「ほう、でしたらどのようなご用件で?」

「お伺いしたいことがあって来たんです。この街に出入りしている行商人の方たちですけど、ピチェーレさんはお知り合いが多いですよね?」

「えぇ、いつもいつもご贔屓にさせてもらっていますよ」

「その行商人の方たちが、ここに来るまでに魔獣の被害に遭っているのもご存じですか?」


 あたしが単刀直入に尋ねると、ピチェーレさんは更に笑顔を深めた。


「勿論ですとも。困ったことですよ、ここ首都ランメは世界で一番安全な場所だと謳われているのに、こうした事態が起こるとは、嘆かわしい限りです」


 芝居がかった仕草で両肩をすくめるピチェーレさん。あたしは根気強く、彼から話しを聞き出そうと集中した。


「被害に遭った行商人の方がどういったルートで、ここまで来ているのか分かりますか?」

「ええ、存じておりますとも。ですが安全のため、わたくしからは詳しいことは申し上げられませんね」


 丸々とした顔に笑顔を浮かべたまま、目だけは鷹のように鋭くあたしを射抜く。

 一見すると人当たりのよい陽気な中年男に見えるが、彼ほど狡猾で勘の鋭い男はいない。まあ、だからこそ、ここまで店を大きく出来たんだろうけれど。


「今度の新作魔術具の売上金、六割でどうですか?」


 まどろっこしい駆け引きなど、気の短いあたしには無理だ。だからさっさと条件を提示することにした。


「六割! これはこれは、随分と太っ腹ですね」


 大袈裟に両手を広げるピチェーレさんに、あたしは段々苛ついてくる。


「だからさっきの話しを詳しく教えて下さい」


 カウンターに一歩近づき、ピチェーレさんに詰め寄るように彼の瞳を真っ直ぐ捉えた。

 ピチェーレさんはそれでも笑顔を崩さず、おもむろにカウンターの引き出しを開けると一枚の紙を取り出した。


「イアリーナさんもよく分かっておられるでしょうが、わたくしは信用を第一とする商売人でしてね。いえいえ、決して貴女を疑っているわけではございませんよ? ですがここに一筆書いてくださると、わたくしのこのドゥロ石よりも硬い口が、モルービの実ほどには柔らかくなるかもしれません」


 ニコニコと白紙の用紙を差し出すピチェーレさんに、あたしは溜息をついた。ドゥロ石とは、首都ランメの北にある山で取れる鉱石のことで、ものすごく硬いのだ。そしてモルービの実は薄緑の楕円の形をしていて、中身に柔らかな甘い実が詰まっている果物のことだ。どちらも前世のあたしの世界では見たこともない物だ。


「わかりました」


 あたしが頷くと、ピチェーレさんはよどみない動作でカウンターの引き出しからペンを取り出して渡してきた。このペンには見覚えがある。だってあたしが創りだした、ちょっと特別なペンだからだ。


 白紙の上にあたしは新作の魔術具の売上金の六割を、ピチェーレさんに渡すことを誓約した文章を書き連ね、最後にあたしの名前を書きなぐった。

 すると文字が蠢きだし、ペンを握るあたしの指先からするすると登ってあたしの腕の表面を通って胸の方へと向かって消えていく。初めてこれを見た時は、文字が虫のように体を這って行くようで、とても気持ち悪く思ったものだ。


 ピチェーレさんは満足そうに、再び白紙になった用紙をカウンターへと仕舞いこんだ。そしてようやくドゥロ石よりも硬いらしい口を開いてくれた。


「わたくしの知る限りですと、魔獣の被害に遭ったのは、南東からのルートできた商人ばかりですね」


 やっぱり、と思った。警備課の課員が襲われたという場所も、南東にあるカルネ牧場の方角からだと言っていたし、実際牧場の家畜が被害に遭っている。アランが言っていたフォーレスの森も南にある。どうやら南から魔獣が来たのは間違いなさそうだった。


「貴重な情報をありがとうございました。では、わたしはこれで失礼します」


 もう用は済んだとばかりに、足早に立ち去ろうとするあたしをピチェーレさんが呼び止める。


「イアリーナさん、貴女はもう少し駆け引きというものを知ったほうがいいですよ」


 振り返ると、笑顔を取り去ったピチェーレさんがあたしを見つめていた。


「わたしはそういう事が苦手なんです。それにわたしはピチェーレさんを信頼してますから」


 あたしが言い切ると、ここに来て初めてピチェーレさんが困ったような顔をした。あたしはそれが少しおかしくて、思わず笑ってしまった。


「それじゃあ、また」


 店の分厚い扉を開けて、あたしは通りへと出て行った。









 家に帰ってきて夕食を摂った後、食器を片付けながらあたしは考えていた。

 きっと取り逃がした魔獣は、すぐに見つかるだろう。あの魔王は最低最悪の男だが、仕事だけはきちんとやる男だ。


 あたしは食器を拭いていた布切れをテーブルに置くと、本棚の横に置いてある戸棚の一番下の戸を開いた。中には雑多に様々な物が押しこむようにして入れてある。

 その中からボロボロの革袋を取り出し、それをテーブルの上に置いた。


 縛ってある紐を解いて中身をテーブルの上にぶち撒ければ、出てきたのはそこら辺に転がっていそうな小石ばかり。

 一つずつ手に取り、なるべく小さな物を選り分け、残りはまた袋の中に戻しておいた。


 小石を左手の掌に乗せ、あたしは右手の指先を小石の上にピタリと寄せた。そのまま意識を集中して、少しずつ”チカラ”を流しこむ。

 ”チカラ”に満たされた小石をテーブルに置き、あたしは空のケトルに水を満たしてからテーブルに置いた。

 先程”チカラ”を流し込んだ小石を、水に満たされたケトルの中に静かに落としこむ。そして蓋をしてから、あたしは顎に手を当ててしばし考えこむ。


「んー……発動方法はどうしよう。なるべく他にない方法がいいよね」


 あたしはケトルを見下ろしながら、前世の記憶を必死に探りだす。そしてふと、思いつく。

 まずはケトルに掌を置き、僅かに”チカラ”を流しこむ。それから指先で三回カツカツ、とケトルの蓋を叩く。


「”沸かす”」


 あたしの発した言葉に、ケトルの中にある小石とケトル自身が反応するように、淡く光った。

 すると直ぐにケトルの中から、グツグツと水が煮えたぎる音がしてくる。

 蓋を開けて中を見れば、ほんの少し前まで水だったはずのケトルの中身は、無数の水泡が沸き立つ湯に変わりつつあった。


 出来上がりに満足したあたしは、次に一回カツンとケトルの蓋を叩き、「”停止”」と声に出す。


 するとどうだろう、ケトルの中から聞こえていた沸騰音が急速に小さくなっていく。確認のため蓋を開けて中を見ると、湯気がふわりと立ち上り、ケトルの中に沸いたばかりの湯が満ちていた。


 なかなか上手く出来たと自己満足しつつ、あたしはこの売れること間違いなしのケトルと小石に、さらにもう一つの機能をつけることにした。

 近い将来に手に入れることができるだろう臨時収入にニヤけ顔のまま、あたしはまたケトルの蓋を指先で叩く。今度は二回。


「”保温”」


 ケトルの中からは何の音もしない。蓋を開けても湯気が立ち上るばかりで、目立った変化は見られない。だけど確実に変化は起こっているはずだから、あたしは暫く時間を置いてケトルを観察することにした。


 椅子の背もたれに背中を預け、両手を上げて思い切り伸びをした。

 一人暮らしの女が、部屋で一人ブツブツとケトル相手に話しかける姿は、事情を知らない人が見たら、さぞかし不気味に映るだろう。あたし自身、そう思う。


 だけどこれはあたしにとって大事な作業なのだ。本業以外でお金を手に入れることができる、大事な副業のための作業。


 多分あたしの身分は、前世で言えば公務員のようなものに当たるんだろうけど、幸いな事にこの国では副業は禁止されていない。というか、複数の職に就いているなんて、普通のことだからだ。

 だけどあたしは自分の副業のことを人に明かしていない。ピチェーレさんだけが、例外で知っている。


 この世界には、魔術師だけが創りだすことが出来る「魔術具」と呼ばれる物がある。それは様々な用途で使用されるけど、概ね魔術に関連する事柄で使われるのが一般的だ。なにより、魔術具は作れる人が少ないらしく、とても高価な物なのだ。


 だからこそ、あたしはそこに商機を見た。魔術に関連する事で使われるようなマニアックな魔術具ではなく、もっと生活に密着した魔術具を作れば売れるのではないか? と。

 思いつきだったけれど、あたしは確信のようなものを感じていた。そしてそれは現実となった。


 あたしは前世では普通に使われていた家電製品や雑貨などを真似て、魔術具を作り上げて売りだした。値段設定は高めにしておいた。

 どうしてかだって? 一つはあまり流通して欲しくないからだ。誰でも気軽に手にできたら、それを作っているのが誰かと探られる機会が増えるかもしれない。それは困る。


 もう一つはあたしが作れる魔術具の数には制限があるってこと。”チカラ”さえあれば恐らくだけど、無制限に作り出すことが可能だと思う。だけど生まれ育った森でならまだしも、この都会で”チカラ”をむやみやたらと使い続けることは、ほぼ不可能に近い。


 だからあたしは魔術具を売る時には、自分の名前を使わずに偽名で売っている。まぁ、魔術具を売る際には、一応あの魔王が局長を勤める魔術管理局の、魔術具取締課に登録しなきゃいけないんだけど、そこはほら、うまい具合にピチェーレさんが代理人としてやってくれてる。


 つらつらと色んなことを考え込んでいる間に時間もだいぶ経ったようで、あたしは目の前にポツンと置かれたままのケトルを指先で触れる。

 火にかけてもいないのに、ケトルはいまだに熱々のままだった。蓋を開けて中身を確認すると、まるで沸かしたてのように湯気が立ち上った。どうやら成功したようだ。


 あたしは完成した凡庸で変哲のない、だけどこの世界では恐らくかなり画期的であろう魔術具の出来上がりに満足し、一人ほくそ笑んだ。

 ケトルはこの一つしかないから、後日鍛冶屋で手に入れるとして、中に入れる小石に”チカラ”を流しこむ作業に取り掛かる。


 そして黙々と小石に”チカラ”を流しこみつつ、首都を騒がせている魔獣のことなんかもチラチラ考えたりしながら――実際、思考の大半を占めていたのは、この魔術具が売れて入手できる売上金のことだけど――チロチロと燃えるランプの明かりの下、作業を続けていた。


 かなりの量の”チカラ”入りの小石が出来上がった頃、あたしは自分の中に感じる「飢え」を感じて我に返った。


「あ、やばっ」


 ”チカラ”を流し込もうとしていた指先の動きを止め、あたしは慌てて小石をテーブルに置いた。積み上がった小石の山を見て、あたしは自分の失敗に気付く。


「やり過ぎたぁ……”チカラ”補充しなきゃ」


 お腹は満たされているはずなのに、感じる飢餓感。夜食があれば食べたいな、程度の空腹感とでも言えばいいのか、それはあたしの中にあった”チカラ”の残量が少ない証拠だ。

 熱中するといまだに”チカラ”の調整ができない自分に嘆息しつつ、あたしは出来上がった小石と”空”のままの小石を分けて、空の小石は元の革袋に入れなおし、”チカラ”入りの小石はテーブルを拭くときに使っているナフキンに包んで両方共戸棚の下にしまいこんだ。


 寝支度をしながら、明日の予定を組み立てる。明日は休暇だから、まずは市場に出かけて食材の買い出しに行かなくちゃいけない。食料庫の中身が少なくなっているというのもあるけど、それ以上に残り少ない”チカラ”を補充するために、なるべく新鮮な食材を手に入れなくちゃ駄目だ。


 ギシギシと煩く鳴る古いベッドに潜りこみながら、あれこれと明日のことを考えている内に、気付けばあたしの意識は夢の世界へと誘われていったのだった。






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