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4.





 魔王が大衆食堂に威風堂々と座っている。なんて滑稽な光景なの。あ、なんかダジャレっぽくない?


「不躾に人を見るのは、やはり貴女が無教養な田舎育ちだからなのですかね」


 おっとやばいやばい。持ってたフォークをテーブルに置かれた魔王の手の甲に突き刺すとこだったわ。


「……わたしに何かご用でも?」


 フォークを魔王に突き刺す前に、あたしはピクルスにぶっ刺した。魔王はあたしの前に並べられてる料理を見て、フッと鼻で笑いやがった。


「警備課の職員の給金は、そんなにもよくないのですか? 随分と貧相な食事をなさっているんですね。だから貴女も貧相なんですかねぇ」


 前世のあたしがいた世界だったら、確実にセクハラで訴えられてるだろう発言を、目の前の魔王は堂々と言ってのけやがった。


「わたしがどのような食事をしようと、あなたには関係ありません。用がないなら席を外して頂けませんか? ここは食事とお酒を楽しむ場所なんですよ」


 心の中で必死に関係ないことを考えて怒りを抑えようとするあたしに対して、魔王がわざとらしく片眉を釣り上げた。


「あぁ、そうでしたね。では何か頼みましょうか。……そこの人、注文をお願いします」


 呼びつけられたカメリアがビクッと肩を震わせて、あたしたちのテーブルへと近づいてくる。カメリアにはコイツがあたしがいつも愚痴ってる相手だとは分かっていないらしく、美しいその顔をほんのりと赤らめていた。

 あまりにも腹を立てていたので忘れていたけど、この魔王は容姿だけは最高級だったのを思い出す。チラリと周りを伺えば、男も女も関係なく、皆一様に魔王に見惚れていた。


 イライラしながらサラダを咀嚼していると、魔王はこの店で一番高いお酒を頼んだ。酒好きのあたしでさえ、給料日の時にしか注文しないのに! 本当にムカつく!


 酒が来るのを待つ間、魔王があたしをイヤラシイ目で観察してくる。性的な意味ではなく、嫌いな相手をどうやって虐め倒してやろうかという、底意地の悪いイヤらしい目つきだ。


「先程の質問ですけど、わたしに用があっていらしたんですか?」


 ミルク酒に黒パンを浸そうとして、すんでのところでやめた。そんな食べ方してるのを魔王が見たら、絶対にからかってくるに違いない。仕方なく固めの黒パンを小さく千切って口に運んだ。


「二度も同じことを言わなくても大丈夫ですよ。一度聞いたことは絶対に忘れませんから。貴女と違って」


 だったら聞いた時に答えろってんだよ! なんでいちいちコイツは人の怒りを煽る言い方しか出来ないんだよ!


「それで、どういった要件で?」

「貴女に要件があってここに来たとでもお思いで? たんに評判の店だと聞いて訪れただけなのですが、勝手に私が貴女に用があると決めつけるのはどうかと。少々、思い込みが激しい質なのですか? それともこの私が、わざわざ貴女を追いかけてここに来たと? それでしたら、酷い自惚れですねぇ。貴女のような貧相な人を、この私が……?」


 クックッと無駄に形の良い唇を釣り上げて笑う魔王に、あたしは持てる理性を総動員して怒りを抑えこむしか無かった。


 あぁ、神様仏様、お願いですから、あたしがこの魔王を一発ぶん殴っても無罪放免になるチャンスを下さい。叶えてくださったら、三ヶ月禁酒してもいいです。

 あ、だめだわ。この世界仏様いない上に、神様っていったらあの駄女神だったわ。


 無心だ、無心になるのだアンフィーよ。目の前に居るのは人間じゃない。しゃべる機械だ。この世界に機械なんてないけど、機械ということにしとこう。もしくは喋る呪いの人形だ。


 カメリアが魔王の前にしずしずと酒を置いた後、何やら意味ありげな目配せをあたしにしてくるが、残念ながら彼女は何か重大な勘違いをしているようだった。その証拠に、彼女の形の良い焦げ茶色の瞳が爛々と輝いている。

 そんなカメリアの無言の圧力も無視し、黙々と残りの食事を胃に収めるあたしを見て魔王はどう思ったのか、ただ単に反論がこないのに飽きたのか、ヤツも黙って酒を飲み始めた。


 かつてこれ程気の重くなる食事があっただろうか。前世で場違いな合コンで飲み食いしてた時よりも気が重い。

 すべてを食べ終えたあたしは、魔王から一刻も早く離れたくて席を立つ。魔王はそんなあたしに何も言わなかった。


 カウンターに近づいて女将さんに挨拶だけでもしていこうと顔を見せると、女将さんがあたしに気付いて厨房から出てきてくれた。


「あら、もう帰るのかい? もっとゆっくりしていけばいいのに」

「いえ、明日も仕事ですから」


 というのは方便で、魔王と同じ空間にこれ以上いたくないだけだ。


「そうなの? でも無理するんじゃないよ。仕事のほうは順調かい?」

「えぇ、まぁ」

「そうかい。アンは治安維持局の警備課に勤めてるんだったね?」


 頬に手を当て難しい顔をする女将さんに、あたしはおや? と思う。


「そうですけど、なにか問題でもありましたか?」

「いやいや、うちに問題があるんじゃないんだけど、このままだと、もしかすると問題になるかもしれないんだよ」


 いつも歯に衣着せぬ物言いの女将さんにしては珍しく、言いよどむ様子に心配になる。


「どういう問題ですか?」

「うちがいつも仕入れてる市場の店、知ってるだろ?」


 ここで働いていた時、あたしも荷物持ちなどで、何度も言ったことがあるので覚えている。


「そこの親父さんが商品を卸してもらってる牧場があるんだけどね、どうにもここ最近、魔獣の被害に遭ってるらしくてね。飼ってた牛やら羊やらが襲われたらしいんだよ」


 そう言うと女将さんは溜息を吐いた。


「もしこのまま被害が広がったら、市場に品が回らなくなるんじゃないかって、そこの親父さんだけじゃなくて、みんな心配してるんだよ。うちだってそうなれば大変さ。材料がなけりゃあ、店を開けないからね」


 あたしはここ最近で起きている魔獣被害についての記録を必死に思い出していた。だけど大体、いつもどこかしらで起こる被害だから、女将さんの言う場所がどこなのかが分からない。


「分かりました。わたしからも上に報告しておきます。魔術管理局の方にも連絡は行っているはずです」


 そこでチラリと魔王の座る席を振り返ったあたしは、唖然とした。


「どうしたんだい?」

「い、いえ、あの……いや、なんでもないです」


 さっきまでそこに座っていたはずの魔王がいなかった。まるで、女将さんのお祖父さんが出会った妖精なみの消え方だった。

 女将さんを安心させてから、あたしは店の中を忙しく動きまわるカメリアを捕まえて詰め寄った。


「ねえ! さっきまであたしの前に座ってた眼鏡の男、どこ行った?」

「あの綺麗な男の人? そう言えば、いつ帰ったのかしら。それよりあの人、アンの知り合いなの? 凄く綺麗な人ね。思わず見惚れちゃったわ」


 恥じらうように頬を染めるカメリアは、こうして見ると歳相応に見える。こんなナイスバディな美女だけど、じつはあたしよりも年下なのだ。いやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃなかった。


「カメリア、あの男に惚れるのだけは止めたほうがいい。アイツは極悪非道な魔王なんだから」

「何言ってるのよアンったら。あ、もしかしてアンの好きな人? だったら諦めるわ私」

「違う! 絶対に違うし、ありえないから! そうじゃなくて、アイツがいつもあたしが言ってるヒョロ眼鏡なんだってば!」


 必死の訴えに、カメリアはポカンと口を開ける。くっ、美人はどんな顔しても美人とか、卑怯だよ。


「あんな綺麗な人が? いつもアンに酷いことばかり言ってくるっていう、例の人と同じ人なの?」

「だからそうだって言ってるでしょ! とにかく、ヤツを見かけても絶対に近寄らないで。もし接触せざるを得ない状況になったら、何か理由をつけて逃げるか、もしくは近くの人に助けを求めてちょうだい」


 まるで不審者に遭った時の対策のようだけど、アイツは不審者よりも質が悪い。


「うーん、そんな風には見えなかったけどなぁ。でもアンがそう言うなら、私はアンを信じるわ」

「ありがとう、カメリア」


 美人な上に性格のいいカメリアは、魔王なんかよりも、もっと素敵な人を捕まえられるに決まってる。そうじゃなかったら、あの駄女神をぶん殴ってやる。だってカメリアは、共和国に住む人間にしては珍しく、敬虔な女神信者なのだから。

 あたしはカメリアに別れを言ってから店を出た。外は既に夜の帳に覆われている。


 心なしか重い足取りで向かうのは、自分の住むアパートだった。

 商業地区に最も近い場所に、あたしの住むアパートがある。そこは一歩間違えれば廃墟かと思うほどのボロアパートで、アンティークで仄暗く、陰湿な雰囲気がホラーっぽくてあたしは気に入っている。何より家賃が格安なのが素晴らしい。


 そのホラーチックな三階建てのアパートの最上階の角部屋にあたしの部屋がある。といっても、建物が密集している地区だから、角部屋の意味はあまりない。


 玄関ホールへ足を踏み入れれば、壁に掲げられたランプの明かり以外、光源がなくて薄暗い。

 シミや所々破れてる古臭い柄の壁紙と、ひんやりとした空気、そして玄関ホールに飾られている女性の絵が収められた額縁。最高に不気味で最高に面白い。誰に聞いてもあの絵に描かれた女性の正体を知らなくて、余計に不気味さを引き立てている。


 ポストなんて便利なものはなく、ましてや個々の部屋に配達してくれるわけもない。届いた郵便物は、一括して玄関ホールに置かれているチェストの上に放置されている。不用心かと思うけど、一階に住む管理人さんが日中に届いた配達物は一旦保管してくれて、夕方になるとこうしてチェストの上に置いていくのだ。

 それをここに住む住人たちは確認して、自分のものがあれば持って行き、なければそのまま。


 勝手に人の郵便物を持っていく人がいないのは、郵便物に魔術が掛けられている場合があるからだ。本人以外の人間が不用心に開けると、何らかの魔術(この場合、呪いに近いのかな?)が発動してしまうことがあるのだ。

 皆が皆、郵便物に魔術を掛けてるわけじゃないけど、そんなの魔術師でもなければ見分けが付くわけもないから、普通の人は他の人の郵便物には手を出さないのがこの世界では常識なのだ。


 あたしはチェストの上を確認し、自分宛ての郵便物が無いのを確認してから階段を登り始めた。

 エレベーターなんて便利な物があるはずもなく、自分の足で階段を登らなきゃいけない。虫食いと湿気でボロボロの階段は、注意しなければ踏み抜いてしまいそうなほどだ。

 だけどここに住んでだいぶ経つあたしは、どこが危険でどこが安全かを今や完璧に把握している。右へ左へ、たまに一段飛ばしたりなどしつつ、三階へと辿り着いた。


 廊下の左右に向かい合うように部屋が作られていて、やっぱりその廊下も古くて脆い箇所がいつくかある。

 いつも以上に静まり返っているのは、まだ他の住民が帰ってきていないせいだろう。

 そもそもこんなボロアパートに住みたがる人間は、安さに惹かれた人か、のっぴきならない事情がある人かのどれかだ。お陰で前世のように、近隣住民に対して神経質にならずに住んでいる。

 どの道、安さとこの不気味な雰囲気に惹かれて住んでる変わり者は、あたしくらいなものだろう。


 立て付けが悪いなんて生易しいものじゃない扉を開けるには、かなりコツがいる。ドアノブを持ちながらまず上方向へと二回ほど押し上げ、その後左右へと軽く揺する。そして力を込めて引っ張れば、ようやく自分の部屋へと入ることが出来るのだ。


 扉を閉めて鍵をかけ、あたしは薄暗い部屋の中を手探りで進んで、ランプを探し当てる。指先に小さな炎を灯してランプへと近づける。油の焦げる匂いと共に、ようやく部屋に明かりが点った。

 鞄を床へと放り出し、以前アパートの路地裏に廃棄されていたのを頂戴してきた揺り椅子に腰を掛け、ようやくホッと一息つく。


 ゆらゆら揺れながら、あたしは今日は本当に厄日だったな、と思い返す。

 勤務時間外にまで、あのムカつく魔王と出くわすなんて、どういう偶然だ。ヤツは意図的じゃないみたいな事を言っていたけど、どう考えても意図的にあの店に現れたようにしか思えない。そこまでしてヤツはあたしを虐め倒したいのだろうか。


 エリート街道を進んでるはずのヤツは、あたしみたいな警備課の下っ端事務員に構ってる暇など無いはずだ。

 あぁ、思い出すとまた腹が立ってきた。いかん、プライベートの時間までヤツに侵食されかかってる。


 明日も仕事だけど、その次の日は休日だ。どうか明日はヤツに会わずにすみますように。


 きっとあたしの願いなんて聞いちゃいないだろう、駄女神に向かってあたしは祈ってやった。






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