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15.





 他の追跡班があたし達の所に現れた後は、もう色々と大変だった。


 あたしが”チカラ”で眠らせたアランも合流していて、強引に”チカラ”を使った後ろめたさもあり、目を合わせることができないあたしを見たアランは、何を思ったのか酷くあたしを心配してくれた。

 仮にも治安維持局に勤める者が、魔獣を前に意識を失ってしまった上に、か弱い女性を危険な目に合わせてしまったと落ち込みながらアランは言った。


 あたしは後ろめたさでますます目が泳いでいった。意識を失ったのはあたしのせいだし、危険な目に合ったのもあたしのせいだし、そもそもか弱くないという事実にあたしは思わず自嘲する。


 他の追跡班のメンバーも、あたしの体と服が汚れているのを見て勘違いしてしまい、魔獣に襲われたせいでそうなったと思い込んでいた。その時になって、あたしは服の汚れを落とし忘れていたのに気づくが遅かった。服の修復ばかりに気を取られていたからだった。

 どうしようと言い訳をさがしているあたしを差し置いて、魔王は苦笑を浮かべながら追跡班のメンバーに、


「これは彼女が魔獣に驚いて一人で逃げ出そうとした時に、焦って転んだせいで付いた汚れです。別に怪我などしていませんから大丈夫ですよ」


 などとしれっと言いやがった。反論したいのはやまやまだったけど、そうするとあたしが何をしていたのかがバレてしまう。いや、この場に魔人がいたらバラしても良かったのだろうけど、その魔人はこのムカつく魔王が勝手に消してしまったせいで、もう存在すら感じない。


 あたしが怒りのせいで上手く言葉が発せないのを、恐怖のせいで言葉が出ないのだと勝手に勘違いしたメンバーは、魔王の嘘にコロリと騙された上に、お前は戦闘の訓練を受けてない事務員なんだから、逃げたって問題ないんだぞ等と、哀れみを持って慰められた。


 そうすると、じゃあ消えた魔獣はどうなったのかと、当然問われる。そこでも魔王は綺麗な顔に笑みを浮かべてサラリと嘘をつく。


「安心してください。魔獣は私が倒しました。後で遺体の回収に向かって下さい」


 そう言って、在りもしない魔獣の遺体の場所をメンバーに告げている。あたしは肝を冷やしながらその遣り取りを聞いていた。

 すると魔王がチラリとあたしの方を一瞬だけ見たのだ。その目は確かに笑っていて、それも妙な自信に溢れていた。いや、コイツが自信過剰なのはいつものことだけど。


 魔獣がいないことがバレたって、コイツが困るだけであたしには無関係だ。

 そう思いながら早速遺体の回収に向かうメンバーの背を見送るけど、小心者なあたしは内心生きた心地がしなかった。魔人と戦った時よりドキドキするのもどうかと思ったけど。

 残りのメンバーと魔王が色々と今後のことを話し合っている間、アランがあたしに近づいて来た。


「本当に大丈夫ですか?」


 アランの精悍な顔付きが、今は情けなく歪んでいる。そうさせたのが自分だと思うと、居た堪れない気持ちでいっぱいになる。

 だからあたしは無理やり笑顔を作って、どうにか彼の罪悪感を消そうと躍起になった。


「大丈夫だよ。情けないけど、あたし怖くて分けわかんなくなっちゃって。アランにも迷惑かけて、ごめんね」

「迷惑だなんて、そんな! オレは市民を守るのが義務なんですから」


 どこまでも紳士で真摯なアランが眩しすぎて、自分の身勝手な行動と比べると、身の置き所がなくなってしまう。

 アランは正義感であたしを心配してくれている。対するあたしは自分の欲で森に入り、自分の力を過信して無謀な戦いを繰り広げた。


 結果、知りたくなかった事実を知り、今後を考えると鳩尾の辺りが鈍い痛みに襲われた気がする。いや、昔からやたらと頑丈だったから、実際のところそんな気がするだけだけど。


 その後、暫くすると魔王の嘘で遺体回収に行ったメンバーが、本当に魔獣の遺体を持って帰ってきた時は、思わず叫びそうになった。


 あの一番最初にあたしが魔力を奪い取った魔獣が、力なく布の上で横たわっていたのだ。


 焦って魔王の方を見ると、いつもの様に無表情でそこに立っていた。

 まさか、魔王がこの子を殺したの? どうやって? 魔王はあたしとずっと――いや、会う前に殺したってこと?


 また体の奥から言い様のない爆発的な感情が生まれそうになり、あたしは慌てて目を瞑って拳を握りしめた。

 アランはまたも誤解をして、魔獣の遺体を見てショックを受けているのだろうと、わざわざあたしの視界から遺体を隠すようにして目の前に立ってくれた。そのお陰で、いくらか怒りが収まったけど、魔王へ感じる嫌悪と憎悪はどうしようもない。


 やりきれない無力感と、激しい後悔に苛まれながら、あたしは追跡班のメンバーと共に森から出てまた街へと戻ったのだった。

 その後、他のメンバーと別れ、あたしは呆然としたままアパートへと戻った。

 その夜、夢を見なかったのは幸いだと思った。









 翌朝、やっぱり窓を叩くカエルたちに起こされ、朦朧とする頭のままパンくずを与えた。

 そして今日は出勤日だ。体が怠いのは、昨日”チカラ”を使いすぎたせいなのか、単なる気持ちの問題なのか。よく分からないけれど、あまり気持ちのいい朝ではなかった。


 だけど感傷に浸れるほどあたしは繊細でもなく、体は勝手にいつもの朝の動きをトレースして、お湯を沸かしてパンと果物を食料庫から取り出し、紅茶を入れて席について黙々と食べる。

 それから制服に着替えて髪を整えた後、立て付けの悪すぎる玄関扉を閉めて鍵をかけ、軋む廊下を歩いて階段を降りた。やっぱり無意識に、あたしは玄関ホールに飾ってある女性の肖像画に「行ってきます」と告げると、アパートを出た。


 昨日よりも雲が少なく青空がよく見えると思いつつ、何があっても働きに出ようとする自分自身に、前世で染みこんだ習慣の恐ろしさを不意に感じた。


 ここには満員電車もないし嫌味な上司もいない。一分一秒を無駄にするなと言わんばかりの息苦しい社会でもない。

 なのにあたしは染み付いた習慣を未だに捨てられない。昨日、あんなにも非現実的な出来事に遭遇したのに。

 そう思ったところで、よく考えればあたしがこの世界にいる時点で、すでに充分非現実的なのだと気づき、思わず笑いそうになった。


 職場である城、もとい中央管区ルーチェに辿り着く頃には、だいぶ気分もましになっていて、でも例のアーチをくぐった時にまた不快な気分が沸き起こる。

 この全身に粘り着くような感覚、それがあの忌々しい魔王が創りだした物だと思うと、不快さに怒りがプラスされて、アーチを破壊したい衝動に駆られる。

 落ち着け、と自分に言い聞かせて、今日も目に痛いほどの白さの廊下を歩いて警備課へと辿り着く。


 扉を開けて中に入ると、まだ課員はパラパラとしかいなかった。ただ、珍しく早くに課長が机にいたのには驚いた。

 そんな驚くあたしに、課長が慌てたように駆け寄ってきたことで、さらに驚きが増す。


「アン! 大丈夫だったのか? 今日は休んでても良かったんだぞ?」


 心配そうにあたしの顔を覗きこむ課長に、あたしは首を傾げる。


「なにがですか?」

「なにがって、昨日君、追跡班と一緒に森に入ったそうじゃないか! まったく無茶なことをする」


 あ、と小さく声が出た。追跡班には警備課のメンバーが多数いたから、課長の耳に入ってしかるべきで、そうなると魔獣のことが云々と、あぁ、もう面倒だ。


「すみませんでした。ですがわたしは大丈夫です。ちょっと転んだだけですし。ご迷惑をお掛けしました」


 頭を下げると、課長は何故か微かに悲鳴を上げた。


「いやいや、大丈夫ならいいんだけどね、ただみんなも驚いてたんだよ。特にアランは戻って来た時も、ずっとアンの事を心配していたからね。彼が来たら声を掛けてやっておいてくれ」


 課長は優柔不断で流されやすい人だけど、根は悪い人じゃない。むしろいい人過ぎるきらいがあるほどだ。あたしは再び課長に謝罪したが、今度ははっきりと悲鳴を上げられた。


「やっぱりどこか怪我でもしたんじゃないのか? 普段のアンならそんなに素直に謝るはずがない! 逆に僕の不手際を突いてくるはず……今すぐ医務室に行ったほうが良い。僕からも連絡しておくから、そうしなさい。それと今日は家に帰ってゆっくり休んだほうが良い」


 いい人だけど、微妙にあたしの苛立つポイントを上手く突いてくるのが課長である。魔王とは別の意味で、この人にもよく苛立つのを忘れていた。


「大丈夫です課長。本当にどこも怪我はしてませんし、休む必要もありません。それよりも先日渡しておいた資料には目を通していただけましたか? 不備がなければ清書して、総務省の方へと提出したいのですが」


 あたしが些か口を引きつらせながら問い詰めると、とたんに課長の目が泳ぎだす。


「あー、あれだよアン。ここ最近、魔獣騒ぎで忙しかったじゃないか。だからね――」

「あの資料を渡したのは、騒ぎの起こるずっと前なんですけど。どういうことでしょうか?」

「いや、だからね……」

「目を通しましたよね?」

「あー、あーっと。は、ははっ」

「今すぐ、資料に目を通して下さい。今日中にです」

「いやいや、今日はこれから上で会議があってだね……」

「では会議しながら資料に目を通しておいてください。できますよね?」

「……はい」


 肩を落としながら自分の席に戻る課長を見送り、あたしは自分の席につく。

 その後、他の課員が課長と同じように昨日のことで心配してくれたけど、そのどれもにあたしは感謝しつつも、それぞれの課員がいまだ提出しない書類について尋ねると、皆潮が引いたようにあたしから離れていった。


 アランがいつもより少しだけ遅く出勤してきて、珍しいことだと思っていると、彼は自分の机に向かうよりも真っ先にあたしのところへ来て、やはり昨日と同じように心配してくれた。もういい人を通り越して、この人は聖人か何かかと思い始めてくる。

 心なしか、アランの背後から後光が差しているような気がするけど、よく見たら窓から入る陽の光が逆光してるだけだった。いや、アランがいい人すぎるという事実は揺らがないけど。


 そんなこんなで、いつもよりも少しだけ慌ただしい一日だったけど、何事も無く仕事を終えることができた。なにより、魔王に会わずに済んだのが良かった。


 帰路に着きながら、ふと考える。魔王は一体なにが目的で、この国へとやって来たのだろうかと。

 昨日の魔人たちとの遣り取りを見るに、どうにも人に対して何かをするという気が薄く感じられる。


 いきり立って人を攻撃しようと発破をかける魔人とは逆に、魔王は酷く面倒くさそうに応えていたのを思い出す。嘘つき男だから信用はならないけど、そもそも人をどうにかしようなどと思っていたら、とっくにどうにかしていたんじゃないかと思う。


 悔しいことに、ヤツにはそれだけの力がある。だけど、それを積極的に悪意を持って行使しようという気概を感じない。それよりも、あたしに対して嫌味をぶつけてる時のほうが、よっぽど生き生きしていると言える。


 まったく理解できない。あの男はなにがしたいの? なにが目的なの?


 そう考えたところで、人じゃない魔王の考えが、人のあたしに理解できるはずもなく、あたしは早々にヤツのことを考えるのをやめた。





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