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10.





 現れた魔人たちは、それぞれ少しずつ姿は違っていたけれど、共通するのは肌の色が普通の人間と違って、皆が青い色をしていたことだった。


 ある者は異様に後頭部が突き出ていて、そこから角のような物が生えていたり、ある者は鼻がなく耳まで口が裂けていたり、ある者は身体のあちこちから骨が飛び出していたり――一見して異様としか言いようが無い外見をしている。


 魔人たちは周囲に油断なく視線をやって、なにかを探す素振りをしている。きっと消えた魔獣の姿を探してるんだろう。


 あたしは必死に考える。三人の魔人を相手にできるかどうか。四体の魔獣から吸いとった魔力を使って、対抗できる程度の相手なのだろうか?

 ここは一旦引いて、森の他の場所を捜索している班と合流し、すぐに首都へと戻って魔術管理局からありったけの魔術師を動員してもらって――って、駄目だ! 魔術管理局の長たる魔王は、あたしが眠らせたままだった!


 自分のしでかした事の重大性に冷や汗をかく暇もなく、一人の魔人が姿を隠して見えないはずのあたしに向かって、突然火の玉を放ってきた。


「あぶなっ!」


 咄嗟に避けようと木の枝から飛び降りたが、その拍子に姿を隠すために張っていた膜が剥がれてしまった。


「なんだ、人じゃないか」


 口の裂けた魔人が、不規則に並んだ牙のような歯をむき出しにしながら驚いた顔をしている。他の魔人もあたしの姿を見て、同じような表情を浮かべている。


「どういうことだ? あんな脆弱な人の女にやられたというのか?」


 いつの間に現れたのか、さっき取り逃がした魔獣が魔人の足元にいて、同意するように唸っている。


「こんな子供のようなヤツに、いったいなにができると言うんだ」


 骨の突き出た魔人が、怪訝な様子で他の魔人に問う。


「おいこの女、結界を身体に張っているぞ」


 後頭部が突き出た魔人があたしの体を舐めるように見て言った。ドキリと心臓が跳ねる。

 結界は目に見えないものだ。なのにこの魔人たちはあたしの結界に直ぐに気付いた。どういうことなの?


 その時、魔人の足元にいた魔獣が予備動作もなく飛びかかってくるのを視界に捉え、あたしは慌ててその場から宙返りをして後方へと飛び退いた。


「はっはっ! 見ろ! あの女、仔猿のように動きまわるぞ!」


 後頭部が突き出た魔人がおかしそうに口を歪めながら笑う。こっちは笑い事じゃない。魔獣がしつこくあたしを追ってくるのだから。

 とにかく魔獣の動きを止めないといけない。さっきみたいにあたしは地面に両手を置いて魔力を流しこむ。


「おい! あいつ何かの魔術を使う気だぞ!」


 口が裂けた魔人が初めて警戒するような声音で言う。だけどあたしは同じ轍を踏まないように、草の成長速度を極限まで早くしながら、魔獣とついでに魔人へと向かわせる。


 あたしの行動を予想していた魔獣は、逃げようとまたその場から飛び退こうとしたけれど、逃がしてなんかやるものか。

 魔力を注ぐ範囲を広げて、木の根にまで”チカラ”を掛ける。すると弱い草花を頑丈な木の根が補強するように纏わりつき、飛び上がろうとした魔獣を無数の生きた縄が絡めとっていく。


 魔獣はその鋭い牙で草木の縄を食いちぎろうとするけど、あたしの”チカラ”を舐めちゃいけない。念には念を入れて、強化の”チカラ”をかけてあるから、やすやすと噛み千切れるわけがない。

 しかし魔人の方は違った。自分の足に絡みつく植物を見ても、驚いてはいたが脅威に感じている様子はない。


「奇妙な魔術を使うぞこの女。いったい何の魔術なんだこれは?」

「さあな。しかし呪文を唱えた様子もないし、術式を使用したわけでもなさそうだ。魔術具か?」


 魔人が呑気にあたしの”チカラ”について議論している。生憎、あたしも自分の”チカラ”の本当の名称をよく知らないから、その議論に答えは出ないだろう。


 その間にも、魔人たちは自分の身体に絡みつく植物をそれこそ「呪文」も「術式」も使わずに、手で触れただけで燃やし尽くしていく。

 やっぱり本に書かれていた魔人のことは、本当だったんだと妙に感心した。彼らは人の魔術師と違って、呪文や術式を使わずに魔術を使うことができると書いてあった。


 人は呪文や術式を通じて魔術を使う。魔王はそれをなしに魔術を使っているけど、実際は「短縮」しているだけであって、決して呪文や術式を使っていないというわけではない――というのを、以前おばさんから教えてもらったのだが、詳しいところはよく理解してない。興味がないことは、頭に残らないタイプなんだよあたしは。


「それより本当にランメにあの方がいらっしゃるのか? なにも感じないぞ」


 口の裂けた魔人、改め口裂け男が顔を顰めて言った。


「俺を疑う気か? 確かに一度だけ、あの方の魔力を感じたんだ」


 骨の突き出た魔人、コイツは骨男でいいや――が憤慨した様子で言う。

 あたしはその隙に、そっと自分の履いているブーツと服に触れて、”チカラ”を使って強化と防御を施していく。


「おい女、いま何をした」


 口裂け男が、仲間の方からあたしへと視線を瞬時に向けてきた。吃驚した。やっぱりこいつら、魔力を感知できるんじゃない?


 あたしはゆっくり立ち上がる。魔人たちがお喋りをやめて、あたしを不審そうにジッと観察してくる。


「魔獣を操って、ランメの結界を破ったのはあなた達なの?」


 ここに来て、初めてあたしは言葉を発した。緊張しているせいか、少しだけ声が上擦ったのが恥ずかしい。


 魔人たちはニヤリと不気味に笑って仲間内で視線を交わし合う。関係ないけど、あたしはこういう内輪だけで通じる意味ありげな視線が大嫌いだ。


「結界? あの様な濡れた便所紙よりも脆弱なものを、人は結界と呼んでいるのか!」


 ゲラゲラと突如笑い出す魔人たち。濡れた便所紙って言うけど、前世の記憶のあるあたしから言わせてもらえば、この世界のトイレットペーパーは吃驚するほど分厚いからね。そりゃあ普通の紙に比べれば、脆いのは確かだけど。


「あんなもので我々の侵入を防げるとでも? 本当に人というのは愚かな生き物だな」


 前世のトイレットペーパーに思いを馳せていると、口裂け男が余裕の表情であたしに近づいてくる。その真っ赤な瞳は、あたしを虫けらと同等のように見ていることが分かった。

 誰かに似ているな、なんて一瞬思った。そうだ、あのいけ好かない魔王がよくあたしに向かってこんな目をするんだったわ。


「女、お前はじつに奇妙な魔術を使う。いったいどこでその術を習った?」

「さあね? 生憎あたしは魔術(・・)なんてさっぱり使えないのよ」

「はぁ?」


 口裂け男が怪訝そうに首を傾げた瞬間、あたしの拳はソイツの顔面にめり込んでいた。


「おい!」


 離れた所にいた魔人が焦ったような声を上げる。あたしはふらついて後退した目の前の魔人に思い切り飛び蹴りをお見舞いした。さっきブーツに強化を施しておいたから、さぞや痛いだろう。


 口裂け男の巨体が面白いほど吹っ飛んでいく。残りの魔人が一斉に魔術を放とうとする前に、あたしは結界を自分の周りに三重に張り、一気に間合いを詰めて後頭部の突き出た魔人――火星人っぽいから火星人でいいかな?――に風を纏わせた拳を叩き込んだ。


「ぐっ!」


 骨男が咄嗟にあたしに向かって炎の玉を放ってきたせいで、身体に衝撃が走った。三重に結界を張ったにも関わらず、ふたつ目の結界にまで炎は到達していた。


「なんだこの女は! 人のくせに、どうして呪文も術式もなく魔術を使っている!」


 あたしに炎を放った骨男が苛立ったように叫んだ。一番初めに蹴り飛ばした口裂け男も、フラつきながらも立ち上がってあたしへと魔術を放とうとしている。


 それに気を取られたのが悪かったのか、一瞬気を反らした瞬間、火星人があたしに何かの魔術を放ったのだ。

 咄嗟に受け身を取ったけれど、衝撃までは緩和できなくて、あたしは樹の幹に叩きつけられて思わず息が詰まった。


「調子にのるなよ女! 人の分際で……!」


 火星人は、怒り狂ったように唾を飛ばしながら怒鳴りつけてきた。結構な威力の拳だったのに、顔が腫れ上がっただけで動きを少しの間止めることしか出来なかった。


 正直に言うと、あたしは魔獣と魔物が相手なら、何度も対峙したことがある。より正確に言えば、対峙せざるを得ない環境で育ったのだ。

 あたしの生まれ育った故郷の森は、この森とは比べ物にならないくらい鬱蒼としていて、なおかつ野生の動物は勿論、一般に危険とされているレベルの魔獣や魔物も闊歩する森だった。

 だからあたしはそういう生き物と遭遇するときに、どう対処すれば良いのかを養父母から教わった。


 そのお陰で、大抵の魔獣や魔物は大した苦労もなく撃退できるようになったけれど、それはあくまで魔獣や魔物相手のことであって、魔人は想定していなかった。だって魔人なんて、本の中に出てくるだけの、実在するかどうかも分からない存在なのだ、この世界では。


 あたしを見つめる魔人たちの目はどれも険しい。どうやら無駄にあたしは彼らの怒りを煽ってしまったようだった。


「この女はおかしい。さっさと殺したほうがいいぞ」


 口裂け男が物騒なことを言い始めた。


「だが生かしておいて、我らの国に連れて帰って、どうやって魔術を使っているのか調べるのも手だぞ」


 火星人が不穏なことを言う。コイツが言うと、まるでUFOに浚われて人体実験をされそうな雰囲気がある。


「人を我らの国に連れて行くだと? とんでもない。我らの地が穢されるぞ」


 そして骨男が、口にするのもおぞましいと言わんばかりに吐き捨てた。

 彼らは少しの間黙りこんだが、直ぐに結論を下した。


「殺すしかない」


 言うやいなや、骨男が両手を掲げると、彼の周りに蒸気が発生する。そして集まった蒸気は次々と形を成していき、ついに一塊の氷となった。それは両端が鋭く尖った、鋭利な氷塊だった。

 骨男は掲げた手をあたしの方へとゆっくりと向ける。あたしは急いでさっきの倍以上の結界を周りに展開した――その時だった。


「イアリーナさん!」


 今にも氷塊を放とうとしていた骨男の動きが止まる。あたしも驚いて声のした方を向いた。


「一体貴女は私になにを――な、なんだこれは!」


 魔王でも驚くことがあるんだ、なんて場違いにも感心してしまう。だけどあまりにもタイミングが悪すぎた。


「また人だぞ。どうやってここを嗅ぎつけた? おい、探知に引っかか――」


 口裂け男が最後まで言い終える前に、魔王は何を思ったのか、いきなり光の玉を放ったのだった。


「このっ、こざかしい真似を!」


 案の定というか、魔王の放った光の玉は魔人の手前で呆気無く霧散した。


「なっ! 私の魔術が――」


 驚愕する魔王は、しかしそれでもめげずに次々と色んな魔術を魔人に向かって解き放っている。炎、氷、風、あとはなんかよく分からない魔術の数々。


 魔王は魔術省の中でもエリートが集まる魔術管理局の局長。いわばエリートの中のエリートだ。

 普段自信満々のドヤ顔で局長の席でふんぞり返っているのに、そんなヤツが今はその片鱗さえ伺えず、ただただ驚愕と恐怖に満ちた顔で無闇矢鱈と魔人たちに向かって魔術を放っている。


 エリート魔術師と言っても、この程度なのかという残念な気持ちがないこともない。そして同じくらい「ザマァ」と思ってしまうのは、普段のヤツからの仕打ちのせいだろう。


 このままその滑稽な姿を見ていたいけれど、そうも言ってられない。あとで魔王を存分にからかうことにして、今は生き延びるために行動しなければならない。


「やめて下さい! ローム局長!」


 ほとんどパニック状態に陥っている魔王に向かって叫ぶ。だけど遅かった。

 魔人たちは魔王の放った魔術にさらに怒りを増したようで、あたしに向かうはずだった氷塊はよりにもよって魔王へと向かって放たれた。


 無意識だった。なんであたしが魔王を庇わなきゃいけないのかとか、普段あれだけ嫌がらせをしてくる魔王を放っておいてもいいじゃないかとか。


 色々と脳裏を過ぎっていくけど、身体は無関係に魔王の前へと踊り出ていた。


 そして、全身に衝撃が走る。


「イアリーナさん……」


 背後で魔王が掠れた声で囁くように、あたしの名を呼んだ。


 咄嗟に張った結界をいくつか破った氷塊は、あたしの体へと突き刺さっていた。





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