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第1章3節 付録 「旅人の喉の乾き」

第1章3節 付録 「旅人の喉の乾き」


 この場所からは、座った態勢でも主要水源管理施設(テフタリボック)の建物が形そのままに見る事ができる。まあ、あれほどの大きさならどれだけ遠い距離が間にあろうと当たり前といえば当たり前だ。眼前には深海カタツムリのモニュメントが幅を利かせている。「かたつむりの噴水」広場で、私はわりかし長い時間佇んでいた。瞼を下ろし、しばしの小休止に入った。


 私は、いつの日か旅人になる、という熱意を胸に秘め少年期を過ごしていたわけではない。

“幼い瞳を縦横無尽に動かして、少年は視界の先の先まで小さな世界を駆ける”

 これは旅人に憧れる少年の描写。残念だが私の少年時の描写ではない。少年だった頃の私は、おとなしいという程のひ弱い子供でもなかったが、お調子者と笑われる様な活発な子供でもなかった。もう少し付け足してみるならば、周囲の子供とは一線を画すような特別な魅力をチラつかせるわけでもなく、誰にも言えない悲しい事情を抱え込んだ神秘的なタイプでも当然ない。ここまで並べてしまうと、誰だってこう言いたくなるだろう。普通の子供だった、と。しかし私は私の少年時の描写を回想する時に、必ず避ける言葉がある。それは、“普通”や“凡人”といった言葉。そんな言葉を使って大人になった今の私が、まだ子供だった私に対して描写をするなどあまりに酷い仕打ちである。残酷すぎる。少年だった頃の子供の私と、大人になった今の私、どちらが悪いか?これは即答すべき自問自答だ。少年だった私に何の罪もない。本を読むことや絵を書くことがほんの少しばかり好きだったり、時にはイタズラっ子な友達と幼稚な遊びに興じたり、密かに好きだった女の子に手紙を書いてみたり、母親の作る甘いクッキーが大好きだったり。そんな少年だった。まさに子供らしい子供だ。だが決して、普通や凡人という言葉を投げつけては駄目だ。子供である事そのものに、何かがいっぱい詰まっているかのような描写をしなくてはならない。大人になった私が、子供だった私に果たすべき責任は、怠ってはいけない配慮。それは子供の頃の私への自責の念、だが、それは絶対的な優しさとして私は私を裏切ったりしないという覚悟。


 少年だった頃の私は、どんな日々を送っていただろうか。再度思い起こしてみれば、いつの日か旅人になる事を夢見て、果ての無い旅路を計画する毎日を過ごしてはいない。まるでパズルのようにバラバラになった自作の地図を、月明かりの下で覗き込む毎夜を明かすなどといったことも無かった。私は、旅の途中で命を落とす危険な冒険者に憧れていたか?世界に散らばる未知なる謎を解決する勇敢な探検者に焦がれていたか?全くもって違う。いつの日か旅人となるであろう少年が抱く熱い砂嵐は、頭の片隅にも、心の末端にすら通り過ぎた事がなかった。だけども満足していた気がする。平凡にもいっぱいの詰まった何かによって、私は満たされていた気がするのだ。子供の私が思っていた漠然とした気持ち、混じりっ気のない子供の日々を送った私が抱いていた願い、それはたぶん、“大人になっても変わらない自分”といったものだったはずだった。少年だった頃の私は、いつの日かなる大人の自分に、旅人という稀有な職業を当てはめたりはしていなかった。そうなのだ、当てはめたりはしていなかったのだ。子供の時の私は私を受け入れていて、大人の今の私は私を受け入れていない。その証拠に、大人の私が自分は平凡な人間であるというどうしようもない真実の鏡に目を向けられないでいる。思考の煙をくゆらせながら、少年期たる自分への気遣いなどとほざく。なんとも小賢しい大人になったものだ。 


 そんな私が、今は旅をしている。



 小休止にはならなかった。次に休憩を取る時は、頭の中も空っぽにして臨むとしよう。

 瞼を上げて眼球に日差しが舞い込んだその時、売り子の声がした。


 さて、この国の水で乾いた喉を潤すか。飲料水を購入するために、私は近くの売り子を呼び止めたのだった。



=pixiv、小説家になろう同時掲載中=

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