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第1章1節 「旅支度」

挿絵(By みてみん)



第1章1節 「旅支度」



 私は特に旅というものに憧れを抱いていたわけではない。だが、私はこの簡易のウッドハウスを出発した時、“旅人”という名の風体となっていくだろう。他人事の様に口をすぼめてしまうその訳は、それが最初のうちはあくまでも客観的なもとしか言えないのであって、まあ主観的にも思えるようにいずれはなる。しかしそれは呑気な冷笑をさらしているのではない、あくまでもいずれそうなる、だが今は客観的な旅人という見世看板で良しとしよう。今朝の良く眠れた証に私は屈託の無い背伸びをする。本当によく寝た。

 


 今から出発するこの旅に必要なものを確認し、そして私は不必要なモノは全て処分したかを再度確認する。そんな時、ため息が漏れる。牛革の靴と膝当てに帽子とマント、それらに木ズレのなめし液を染み込ませるのを忘れていた。耐久性が上がるのは勿論のこと、比較的寒い国を通過する時には防寒作用も発揮してくれる。「あぁしまった、物忘れは芋づる式だな」私は準備に不手際があることを思い知る。旅人という名の職業人になろうとしている人間がこれではいけない。出発直前に必ず塗ろうと思っていたのに。まさかその物自体をベットの隙間に転がしたままだったのだ。あれを忘れていた。そう、トロルガエルのガマ油である。

 幼い頃から祖母がよく塗ってくれたのだ。私は肌が乾燥しやすい体質で、特に首筋と二の腕周りは乾燥度の強い箇所であったため、保湿が乏しくなると痒みや荒れを引き起こしていた。あまり悪化させてしまうと菌が入りやすくなり高熱を出すこともあった。そんな私に祖母は丁寧に愛用のガマ油を塗ってくれた。心配そうな眼差しはとても優しさに溢れ、私はその祖母の眼差しをじっと見つめていることで、乾燥の痛みや違和感が緩和していくのが好きだった。ただ、トロルガエルのガマ油はじっとりした独特の匂いが漂うため、その油を好んで塗りたいとは思っていなかったのである。あくまでも祖母が塗ってくれる時だけ。しかし、その思い出がこのガマ油を私の愛用品と位置づけてくれた。特別なモノはいつだって自分のそばに置いておきたいものだから、、、だからベッドと壁の隙間に転がっているのだ。私の寝相の悪さから、就寝と共に決まって枕元に置いておく大事なそれは、毎朝そうなってしまう。入念に肌に油をすり込んで、平たいブリキ缶に入ったガマ油は革のカバンにしまった。出発前にやるべき事はこれで終わりだ。だが私は、戸口の前で座ったままなのだ。 立ち上がり、戸を開き、その身を一歩前に進めたなら、出発だというのに・・・。



 戸口の前で座ったまま、私は頬を手で覆って少し俯いていた。この世界には、物語がちゃんとあるのだろうか。その物語は正確に進行し、結末に至るまでのディティールはしっかり練り込まれているのだろうか。物語に登場する全ての生命は、自分達の役割を充分に認識しているだろうか。物語が結末を迎えるためには、それらの要素が決してブレないこと、最重要なのはこの一点のみだと私は思う。いや違う、私がそう思うか思わないかは全く関係無い。その一点さえ守られれば、物語の結末は保証される。物語の歯車は、不確定要素や介入要素によってそのスピードを早めたり遅延させたり、もしくは停滞させたりするだろう。構わない。それは全く問題の無いことなのだ。結末は変わらない。いや、物語は結末を変えるものではないということだ。もしあるとしたら、結末が消失してしまう、ということが考えられるだろう。何万分の一という確率であるかもしれない。あくまでも確率を呼び寄せるのであって、基本的には確率すら元々は存在しない。結末が変えられない、あるいは例外があるとしたら迎えるはずであって結末に至らなかった、物語にはこの二通りしかない。この事から認知可能な話は、物語には常に選択肢が2通りしかないということ。これにて導き出される解釈は、この世界に存在する選択肢は常に2通りしか用意されていない。なんてことだ。あまりにも窮屈で束縛の度を遥か超えてしまう密度、だって2通りしかないというのだから。私は今まさに始まろうしている旅を目の前にして、あまりにも自由の無い物思いに耽ってしまった。脳内の下層部に固く収まっているシャフトを早く廻さねば。切り替えよう。 


旅とは何か、それは冒険であり探検である。私は私を知らなくていい。知りたいのはこの世界であり物語だ。探しに行くのは自分ではない。探し当てたいのは物語の結末だ。立ち上がり戸口を出る。



“ラルフ=ローゼ”、私はポストの横に手を伸ばし、私の名が記された表札を遠くへ投げ捨てた。これでやっと旅が始まる、そして私は出発を迎えた。




=pixiv、小説家になろう同時掲載中=

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