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「引ったくりだと?」
カツミヤは取り合えず何処かで落ち着いて話しましょうと門番の彼にそう言うと、屋台の並ぶ通りから一本横道に逸れた。
太陽が真上に昇っていないため両隣の建物が壁となって道を暗くしている。時折外に出されているゴミの間から普通の、と言っても元の世界より大きいネズミが二人の存在に気付いて逃げていく。
落ち着いて話そうと自分から場所の移動を提案したが、カツミヤは特に会話するための良い場所を知っているわけではない。カツミヤは未だ街の地理は門やギルド、宿に店など必要な部分しか覚えていないのだから。
「それで、お前は何を盗られたんだ?」
「食べかけの串焼きです」
歩いている途中が沈黙になるはずもなく、門番は事情聴取とばかりに根掘り葉掘りカツミヤに質問してくる。状況を話し、質問にひとつづつ答えていく度、カツミヤを見る門番の視線が段々と生温くなっていった。
まるで兄弟喧嘩でおやつを取られたのだと告げ口する子供を見ているような視線である。
「そうか、大変だったな。食べ足りなければまた俺が買ってやるから安心しろ」
「いえ、もうお腹いっぱいなので……」
両手に一本づつ買ってもらった串焼きを手に、カツミヤは門番の言葉を断るためゆるりと首を振る。これ以上食べられない。
結局相手の勢いに押され串焼きを貰ってしまったのだ。因みに手の傷は回復済みである。
隣では既に三本の串焼きを食べ終わった門番が首を振るカツミヤの事を少食だと思い、先程とは違って心配そうに見下ろしていた。
「引ったくりをしたのは多分、スラム街の住人だろう」
「この街にスラム街があるんですか?」
「あぁ、お前はこの街に来て日が浅いんだったな。街の東には職を失った者や犯罪を犯した者が集まっている場所があってな……お前は危ないから近付くんじゃないぞ」
「これでも僕、成人してるんですけど……」
カツミヤは言われなくとも理解していると言いたげに、自分が成人していることを主張する。
この世界の成人は16歳からだ。身体の成長が早く、未成年でもカツミヤより身長が高い子供もいる。寿命は種族や魔力の多さに左右されるが、基本的に軽く100歳は越えるらしい。
「そう拗ねるな。未だに信じられないがお前が成人しているのは知ってるさ」
「拗ねてません、子供扱いを怒ってるんです」
「おっと、そろそろ時間だ。俺は仕事に戻るがくれぐれも周囲に気を付けろよ? 周りは皆魔物だと思え、いいな?」
「なんですかそれ……」
何を言っても門番の子供扱いは治りそうにない。カツミヤは既に諦め気味だ。
「全く、襲われてからじゃ遅いんだぞ? そうだ、今回のようなことがあれば……いや、何か問題があればすぐに俺を呼ぶと良い」
「門番さんを?」
「門番さんではなくカーライルと呼んでくれ」
「カーライルさんですね。僕はカツミヤです」
カツミヤも一応自己紹介したがカーライルは既に名前を知っていたらしい。あれだけ門で声を掛けていたのだからやはりと言えばやはりだろう。
その後カーライルは本当に時間がないのか、互いに名前を教え合うとすぐに踵を返し何処かへ歩いて行った。カツミヤは何となくそれを最後まで見送ると、歩いている道をそのまま真っ直ぐ進み広場へと辿り着く。
「へぇ、ここら辺はこんな感じかぁ」
もっと街を知るため、少しの間冒険者を休業しようと決めたカツミヤ。
ゲームデータがそのまま残っているためお金や物資には余裕がある。
楕円形状の広場の中心には花壇があり、周囲に暮らす人々の憩いの場となっているようだ。その花壇の側を通り過ぎ広場を更に抜けていくと、カツミヤの目にひとつの看板が見えた。
シンプルな文字で書かれていたのは「マック不動産」。中を覗けば人の良さそうな男性が一人椅子に座っている。
(不動産かぁ。ちょっと入ってみようかな?良い物件があれば買ってもいいし、無かったら別の方法を考えよう)
「あの、こんにちは」
「はいはいいらっしゃいませ。ようこそマック不動産へ。本日はどのような物件をお探しで?」
昨晩考えていたように自分の家が欲しいカツミヤは、取り合えずこの世界の物件価格がどれくらいなのか調べてみようと思った。
「家が欲しいんです。広さは狭くても良いので、出来るだけ安い家が」
「ふむ、そういった部屋ならかなりの数があります。できればもう少し条件があるとありがたい。予算は幾らほどで?」
そう言ってすぐに資料を待ってきた店員の手には言葉通り大量の物件資料が握られている。
「うーん……それならキッチンが広くて作業場がある家、ですかね。予算は大金貨5枚くらいです」
「ふむふむ、それならこの三つがお勧めですな」
そう言って店員は書類の中から三枚の資料を取りだして見せた。
一枚目は狭いが条件に合った物件。街の正門付近に建っており、店やギルドが近い。価格は予算ギリギリの大金貨5枚。
二枚目は条件に合っている上、結構な広さをもつ物件。正門からは遠いが西の門には近い。価格は予算オーバーの大金貨6枚。
三枚目は一番狭く、スラム街に近い位置に建っている物件。条件のキッチンは狭い。あまり治安がよくないためか、門からは遠かった。価格は一番安い大金貨3枚。
カツミヤはそれぞれの資料をじっくり見比べると、店員に今から下見は可能か聞いてみた。
「ええ、構いませんよ。それでは早速見に行きましょう」
そう言って案内された最初の物件は大金貨5枚の家だ。近い場所から案内するつもりなのだろう、歩いている途中もカツミヤは店員から世間話のように物件の説明をされつつ、目的の物件に辿り着いた。