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翌日。カツミヤはこの世界の平均ではあるが自分の体と比べて大きすぎるベッドで目覚めると、自らの装備を確認し宿から出る。
(持ち物はゲームのデータそのままだったから助かってるんだよね)
ゲームのデータはカツミヤのサイズに合わせたままらしく、着替えの服、短剣などの武器、装飾品や防具、道具など買い替えずとも良さそうだった。
早朝、と言ってもこの世界の活動は早く、既にあちこちの店は開店し人々は動き始めている。カツミヤが歩いている通りでは、さっそく朝食を売ろうと良い匂いを漂わせている店が目立った。
肉を焼いているのだろう、じゅうじゅうという音を響かせている店には既に客が数人並んで待っている。カツミヤもつい並んで買おうかと思ったが、昨晩の夕飯がまだお腹の中に残っているため全て食べきれそうにない。
(うーん、何のソースなんだろう?串焼き?肉が大きいなぁ、僕の手のひらくらいありそう。美味しそうだなぁ)
カツミヤが迷っている間にも、眺めている店の前では少しずつ客が増えている。
どうせお腹一杯で食べられなくともアイテムボックスがあるのだからなんとかなるだろうと、結局カツミヤは匂いの誘惑に負けて人の列に並んだ。
「おじさん、それ三本ちょうだい」
「はいよ、240カロな」
ぶつ切りにされた肉の大きさは一本80カロらしい。小銅貨4枚と大銅貨2枚を売り手のおじさんに渡して店から離れる。カツミヤは温かい内にとさっそくその肉にかぶり付いた。
「んー、おいしい」
夕飯に出てくる謎の肉ステーキより断然美味かった。あれは値段の都合上仕方ないのかもしれないが、美味しいものを食べるとついつい比較してしまう。
鶏肉なのだろうか、脂は少ないがジューシーでやや歯応えがある。
何の肉が材料なのかと買った露店を隅々まで眺めて調べていると、同じ商品を買って食べていた冒険者らしい二人組が答えを話していた。
「ちょっと高いがやっぱここの串焼きうめぇな」
「今度俺達もハリースネーク獲りに行こうぜ」
「獲り行ってどうすんだよ、お前料理出来んの?」
「無理」
(蛇肉だったんだ。始めて食べたなぁ。そういえばまだ一度も蛇の魔物を見たことなかったかも)
今までの依頼で倒した魔物はラビッツとラッツの二種類。それぞれウサギとネズミだ。
戦闘能力はそこまで高くないが繁殖力が強いらしく、噂ではあのゴブリンよりも繁殖力が強いのではないかと言われている。食物連鎖のヒエラルキーで生き残るための1つの手段として、繁殖力が強くなったのだろう。
作物被害などが多く、ランクは違うがゴブリンと同じように数を減らすためギルドの常駐依頼ともされている。
「うう、やっぱりお腹一杯……」
昨日買った大きな瓶より高い値段なだけあってとても美味しい。しかし人間には胃袋の限界というものがあり、これ以上は入らない。
仕方ないため手付かずの二本はアイテムボックスから取り出した、笹の葉のようなサノ葉に包んでしまっておくことに。時間は経過しないので取り出した時はまだ出来たてのように暖かいはずだ。
食べ掛けの一本は冷えてしまうが時間をかけて食べてしまおう。
「どこか座れる場所……うわっ」
何処かで落ち着いて食べるためカツミヤが周囲を見回していると、ドンッと誰かが勢いよくカツミヤを突き飛ばした。
完全に油断し、意識もしていなかったため、カツミヤはレンガで舗装された地面にドサリと倒れ込んでしまう。
「いたた……」
両手を付きゆっくりと上体を起こす。倒れた際手を衝いたので手のひらがジリジリと痛かった。数秒見つめているとカツミヤの白い手のひらから赤い血がじんわりと滲み出る。
その血から視線を外し、カツミヤは先程ぶつかって行った人物が走り去った方向を見てみたが、既に犯人の姿はどこにも見当たらなかった。
「……お肉取られちゃった」
「おい、何があった?!」
「あ、門番さん」
突然のことに驚き呆然としていると、比較的カツミヤの近くに立っていた人たちを掻き分け、一人の男がカツミヤの元に走り寄ってきた。
短い茶髪は赤色に近く、普段はキリッとしている黄緑色の瞳はは心配そうにこちらを見ている。深い緑色の軍服らしき服装の上からでも解るしっかりとした体格。腰に提げているのは一本の長剣。
彼はカツミヤが毎回門を通る際に色々と心配してくれる門番で、すぐ側までカツミヤに近寄ると、いまだ地面に座り込んでいるカツミヤを子供のように抱え上げる。
「こんなとこにいつまでも座っているんじゃない。どうした?何があった?俺に言ってみろ」
「あ、えっと」
「全く、せっかくのローブに砂が付いてるじゃないか」
「あの、下ろして」
門番はカツミヤを片腕で抱えたまま、反対の手で着ていたローブの砂を叩き落としてくれた。
それは有り難い。しかし早朝でまだ人が少ないとはいえ、周囲の目がある場所で子供のように抱えられるのはカツミヤの羞恥心を酷く刺激する為やめて欲しい。
「お前は小さいんだから転ばないようにとあれほど注意しただろう」
「あの、僕」
「なんだ、朝食を食べに来ていたのか?俺が奢ってやろう。店主、その串焼きを五本売ってくれ」
「すいません下ろしてくださいいぃ!!」
カツミヤは限界だと伝えるため泣きそうな声でなんとか門番にそう伝えたのだった。