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あれから一週間。華夜はこの世界が「ALL」によく似た異世界だと結論付ける。
体はアバターのカツミヤだと言うことにはすぐ気が付いた。元々姿形はリアルと同じだったが、せっかくゲームなのだからと髪を白、眼の色を水色に変えていたのだ。
この世界で自分の姿を初めて見たとき黒髪黒目ではない自分が見慣れなかった。
コンテニューは無い。ゲームでは光属性である回復系の魔法に蘇生があったが、死んだ魔物に使用しても発動しなかった。ステータス画面が出ないなどゲームと全く一緒ではないらしく、命はひとつだけだ。
元の世界に戻りたいかと聞かれれば大した未練はない。血縁者はおらず、親しい人も少なかった為戻りたいとも思えなかった。
「はい、依頼の薬草です」
「ぴったり100枚ですね。お疲れ様でした」
今日の依頼品である薬草を規定数揃えギルドのカウンターへと持っていく。
ギルドの中は入って左側が受付カウンター、右側には待ち合い場所だろうか、木で出来た丸椅子やテーブルが設置されており、体格の良い冒険者たちが依頼の話や報酬の受け取りを待っている。
そんな冒険者達を少し怖がりつつ、カツミヤは採取専用の窓口へ。ここではこの一週間で顔見知りになった職員、リールが労いの言葉と共に報酬を支払ってくれた。
「カツミヤさん。そろそろギルドランクが上がりますよ」
藍色の髪は耳辺りで揃えて切られ清潔感ある髪形。同色の冷たい印象を受ける瞳は睫毛が長くクールだ。やや低めの声は落ち着いており、話し方は丁寧。座っているためハッキリとは解らないが、身長はカツミヤより圧倒的に高いだろう。服の上からでも鍛えられていることが解る。
依頼を終えてもすぐに新しい依頼を受けようと、カツミヤが様々な依頼が貼り付けられている依頼ボードの前に立つ。そんなまだまだ初心者であるカツミヤに職員であるリールが声を掛けた。
内容は最近ギルド登録したカツミヤのランクが最低ランクのFからEに上がるといったものだ。
「本当ですか?」
「ええ、もう1つか2つ依頼をこなせば確実でしょう」
被っているフードが邪魔しカツミヤの顔は見えないが、それでも彼が喜んでいることがよく解る。
リールは僅かに目を細めるようにしてそんなカツミヤを優しく見ていた。
「ふふっ、ランクが上がれば少しだけゆっくりできるなぁ」
最低ランクのFは一週間に一度依頼を受けなければギルドカード剥奪になってしまう。ランクが上がれば上がるほどその期間は延びるため、登録したばかりの冒険者たちは一先ずEランクを目指すのだ。
「教えてくれてありがとう、リールさん」
「いえ、頑張ってください」
Fランクの依頼など殆どが子供の小遣い稼ぎか雑用だ。勿論報酬の金額もたかが知れているものばかり。
日々生活するには心許ない金銭しか手に入れられないのは困るため、カツミヤは教えてもらったランクアップ目指して気合いを入れるのだった。
「よぉーし、じゃあこれお願いします!」
「ラビッツの討伐ですね。怪我しないようお気をつけください」
「はーい」
喜びと期待のままクスクスと笑うカツミヤ。楽しそうな、嬉しそうな足取りでカツミヤがギルドを出て行くと、途端にギルドに残っていた冒険者たちが騒ぎ始める。
「カツミヤちゃん可愛いなぁちくしょう!!」
「ちっさい!! ちっさい!!」
「恋人になってくれねぇかなぁ……」
ダンッとテーブルを叩き悶える者、自らの顔を抑えて声をあげる者、ぼんやりと呟きをこぼす者。騒いでいる彼らは皆カツミヤがリールと話している間、背後でじっとその姿を見ていた。
一週間ほど前、いつも騒々しいギルドに一人のギルド登録希望者が現れた。
子供のように低い身長。顔が隠れるほどすっぽりとフードを被り、ローブを羽織っていても解る体の薄さ。肩幅は狭く、声の高さはギリギリ声変わりしているだろうと解る程度。
『あの、ギルド登録はここですか?』
厳つい、人相の悪い人間が多い中、どこか怯えたようにカウンターの職員へ話しかける姿は日々殺伐とした生活を送る彼等に癒しを与えた。
なんだあれ妖精か。小さい。カウンターギリギリ届いてる?背伸びしてた。可愛い。守ってやりたい。
この世界の男女比は圧倒的に男が多い。魔物が存在する世界では男女どちらとも肉体的に逞しく、気の強いものばかりだ。それなのに好きなタイプは小さく庇護欲をそそる者だというのだから需要と供給が合ってなさすぎる。
そんな彼等がカツミヤを見てどう思ったのか。それは勿論顔が見えずとも気になってしょうがない。
「カツミヤちゃん絶対顔可愛いよなぁ……」
「いや、綺麗かもしれないぞ?」
「あー……脱がせてぇ」
「喘がせてぇ」
ギルド内にある待ち合い椅子に腰掛け欲望を口にする男達。顔はだらしなく、一部の者は欲望が口から零れている。
「すみませんが営業妨害ですので即刻退去願います」
いつの間にいたのか。カツミヤを見た喜びを共有しようとテーブルで盛り上がっていた冒険者たちの背後で、ギルド職員であるリールが無表情のまま静かに立っていた。
何人かの冒険者がそんなリールに食って掛かろうとしたが、流石にギルド内で問題を起こすのは不味いと思い、渋々ギルドを出ていく。
「……彼は私とだけ話せば良いんですよ」
冒険者が居なくなり静かになったギルド内。カウンター業務へ戻る際リールがぼそりと呟いた。
その言葉に同僚がどうした?と反応したが、彼は何でもないと首を振りいつものように無表情で仕事を開始する。