異変、そして時間の変調
視点:霧雨魔理沙
真冬で、魔法の森は人里とはくらべものにならないほど、厳しい寒さが、少ない住人を襲う。
霧雨魔理沙は「霧雨魔法店」の店員にして、友人兼同居人の牧瀬紅莉栖を養っている。
真冬も終わりに近づく頃だった、紅莉栖の研究が、一つの完成を見たようだった。
そして、同時に紅莉栖から話があるの、と言われ、今現在、机を挟んで相対している。
「これを、貴女にあげるわ」
牧瀬紅莉栖が、黒い光を放つあめ玉を3つ、机の上に置く。
「これは?」
紅莉栖はあたり一帯に情報隠蔽の魔法を展開する。
紅莉栖自身は会ったことはないが、悪名高いスキマ妖怪の八雲紫、妖怪の賢者を警戒しての行動であった。
「これは、食べると24時間までの間に、誰かに殺されるか寿命以外で死んだ際に、食べた瞬間まで時間を遡ることのできる魔法の道具」
「っっ・・・」
魔理沙は言葉を失う。
この紅莉栖という少女は、最近は何かに取りつかれたように研究に没頭していた。
それの結果が、今目の前にあるこの黒い糖質の塊なのだろう。
「死ぬ間際の魂を燃やして、過去の体内にある同一のあめ玉を飲んだ主に、死ぬ間際までの記憶を転送する」
紅莉栖はどこか憑き物が落ちたような、そんな数日前までの鬼気迫る勢いは消えている。
春から夏頃までの”賞味期限”というものを設定してあるらしく、その頃になると自然消滅するらしい。
「使い方は、噛まずに飲み込むこと。一回、効果を発揮したら、既に”飲んだことになっている”飴玉は消滅してしまう。効果を発揮しなかった場合も、食べてから24時間で消滅してしまうわ」
魔理沙、と紅莉栖が呼びかける。
「貴女は最近、けがをして帰ってくることが多い。この前は、スペルカードで喧嘩を吹っかけた妖怪相手に、ルール無視で追いかけられて死ぬ間際でここに飛びかえってきたこともあった」
お願い。そう言って紅莉栖は続ける。
「貴女のことが、友人として心配なの、だから・・・・」
--受け取って欲しいの。
魔理沙はこの時の事を、後に忘れることはない。
友人として、同居人として、牧瀬紅莉栖のことは嫌いではなく、むしろ同性の人間の友人としては霊夢に次ぐ程度には、良く思っている。
だけど、この時の事を、魔理沙は恨まずにはいられない。
牧瀬紅莉栖という天才が生み出すのは、常に悲劇なのだということを、牧瀬紅莉栖は理解していない。
魔理沙は紅莉栖にきっかけを与えるだけで、何を理解し、どういうことになるのか、幻想の世界で初めて理解することになるのだった。
この冬、真冬の寒さは明けることを知らなかった。
それに気づいたのは、皆が明らかに冬が長いと感じた時だった。
それが、後に「春雪異変」と呼ばれることになるのだと、その時点で知っているのは、首謀者とその周囲の人たちだけであった。