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6月下旬。
石田君をフッたという話がものすごい勢いで広まり、私はめんどくさいことになっていた。
相手はクラスのお調子者。
ファンの女の子も多かったようで。
「石田くんかわいそー」
「あたしなら絶対OKよ」
こう言った声がしょっちゅう耳に入ってくる。
実害はないし、無視無視。
***
「2-C絶対優勝!」
「おー!!」
岡本先生の掛け声でクラスが一致団結した。
今日は体育祭。
クラス対抗のチーム戦だ。
ジャージ姿の先生は今日も格好よく、女子生徒がきゃぁきゃぁいっている。
私も遠くから先生を見つめた。
格好よすぎて倒れそう。
今日、私達は女子100m競争に参加予定。
美嶺もなぜか女子のほうに参加するらしい(どうやったのかは不明)
開会式も終わり、男子の玉入れから競技が始まった。
「みんな、頑張ってー」
美嶺が大声で応援する。
「美嶺ちゃんが応援してくれてる!」
「俺らやるしかない!」
アイドル的存在の美嶺。
男子のやる気が上がったようだ。
美嶺のことがバレる気配は全く無さそう。
続いて女子玉入れ。
「頑張ってー!」
「ふぁいとー!」
美嶺と一緒に応援する。が。
「……」
選手のみんなはこちらをちらりと見て、嫌そうな顔をした。
「あ、態度悪い」
「美嶺、聞こえるわよ」
結がなだめる。
それに美嶺が頬を膨らました。
「だって事実でしょ?」
「まぁどうかとは思うわね」
「きっと私の人気に嫉妬してるのかしら」
美嶺の発言もどうかと思うけど。
きっと私を気遣って明るくしてくれてるんだよね。
ありがと、二人共。
私は二人の会話に苦笑しながら思った。
***
お昼ごはんを挟んで、3人が出場する種目も無事終わり。
(男子だけ応援してくれた)
競技は一番最後。
学園名物とまで言われている、教師対抗借り物競走が行われようとしていた。
私たちのクラスは現在学園2位。
この競技で勝てば優勝ということもあり、クラスの盛り上がりも最高潮。
走るのはもちろん、岡本先生。
「センセ、ファイトーっ!」
「岡本先生! 負けんじゃねーぞっ!」
みんなが応援している声が届いたのか、スタートラインから岡本先生が手を振る。
その姿は俺に任せとけと言ってるようで。
「先生、かっこいいー」
「やっぱ俺、岡本先生のクラスでよかったわ」
「他の先生じゃこうはならないわよねー」
みんなのテンションが更にあがったみたい。
私もテンションがあがってみんなに混ざって応援する。
その声に美嶺が続く。
「頑張れーっ!」
「センセ、がんばっ♪」
「……」
結はどこまでも我が道を行くようだ。
「よーいっ」
合図役の生徒がピストルをあげる。
出場する全先生が真剣な表情になった。
応援する生徒も息を呑んでスタートを見守る。
ぱぁんっ!
ピストルの音に先生たちが走りだす。
生徒たちの応援する声が大きくなる。
岡本先生はやはり早かった。
若い体育の先生と僅差で競いながら、指令が書かれた紙を拾い上げる。
クラスから歓声が上がった。
「いまのとこ1番か2番か……微妙なとこだな」
「さすが、岡本先生っ」
「なにが書かれてるんだろうな?」
「がんばれーがんばれー」
「……なんかこっち向かって走ってきてねぇ?」
クラスの誰かのつぶやきにみんなが戸惑う。
確かに先生はクラスの方に走ってきていた。
「え!? なんなの!?」
「と、とりあえずバナナ渡す準備しとくか!」
「いや、そのバナナどこから出てきたのよ」
「じゃぁみかん」
「そういう問題じゃない!」
プチパニック状態だ。
そんな間にも先生はクラスのみんなのもとに到着して。
「安藤さんっ」
私に向かって手を差し出した。
「え、ええっ!?」
な、なに?
おもわず声がでる。
それに岡本先生は必死な表情で言った。
「早く! 俺と来て!」
周りがざわめく。
「え? どういうこと?」
「とにかく、安藤さん、早く!」
先生がなにを言っているのかわからない。
わかるのは先生が私に向かって手を差し出していることだけ……
私をみんながグラウンドに押し出す。
岡本先生は手を取ると言った。
「ちょっとごめんね」
先生がそういうと同時に宙に浮く感覚。
周りからきゃぁーっと悲鳴が上がる。
お姫様抱っこされている、と気づいたのは先生が走りだしてからだった。
「なっ、な、な」
なんなの~!?
叫びたいが声にならない。
「突然ゴメンね」
走りながら先生が話しかけてくる。
「俺の本気の気持ちだから」
ほ、本気の気持ちって何!?
私を抱いて、岡本先生はゴールに向かう。
私のクラスのみでなく、全校生徒に見られている気がする。
「あのこ誰!?」
「可愛い……じゃなくてどういうことだよ!?」
……気のせいじゃなさそう。
「はい、ゴールっと」
先生はダントツ一位でテープを切った。
静かに優しく私を降ろしてくれる。
「一位は岡本先生です! 女生徒を連れてきた先生、さぁ借り物は何だったのでしょうかっ!」
放送部の生徒が駆け寄る。
先生は、自信満々にマイクを受け取ると、特に息を切らす事無く言った。
「俺の仲良しな安藤サン。あ、借りてくるものは『仲良しな人』ね」
「ふぇ!?」
思わず驚きで変な声が出た。
でもそれをかき消すような凄い悲鳴と歓声が辺りから聞こえてくる。
「た、確かに紙にはそう書かれています! 我々がお遊びで書いた紙がまさか岡本先生のもとに行くとは!」
「いやー、俺は楽しかったよ」
「岡本先生!優勝!」
どーもどーも、と手を振りながら、岡本先生は私に小声で呟いた。
「俺は、君と仲良くなりたいんだよ、愛奈ちゃん」
「え……」
「よろしくね?」
***
応援席に戻ると、美嶺と結が駆け寄ってきた。
「よかったね、愛奈!」
「……大丈夫?」
「うん……」
とりあえず返事をしたが、完全に私は放心状態。
頭の中はぐしゃぐしゃ。
なんで先生は私を選んだの……?
仲良くなりたいって何なの……?
疑問符だらけでよくわからない。
だから……前以上に冷めた目で見つめる集団がいることに、私は気づかなかった。